パワーハラスメント対策|企業が講ずべき法的義務と実務対応

パワーハラスメント対策|企業が講ずべき法的義務と実務対応

~相談窓口の設置から事後対応・懲戒処分,カスハラ・フリーランス法対応まで~

パワーハラスメント(パワハラ)の防止措置は,労働施策総合推進法第30条の2第1項に基づき,企業規模を問わずすべての事業主の法的義務です。パワハラは,(1)優越的な関係を背景とした言動,(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの,(3)労働者の就業環境が害されるもの,の3要素をすべて満たす言動をいいます。事業主は,方針の明確化,相談体制の整備,事実確認と事後対応等の措置を講ずる義務を負い,2024年11月にはフリーランス新法,2026年10月には改正労働施策総合推進法によるカスタマーハラスメント対策も新たに義務化されます。

※労働施策総合推進法第30条の2(パワハラ防止措置義務,令和元年改正・令和2年6月1日施行,中小企業は令和4年4月1日施行)

厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)

特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス新法)第14条第1項(令和6年11月1日施行)

労働施策総合推進法改正法(令和7年6月11日公布,カスハラ対策義務化・令和8年10月1日施行)

東京都カスタマー・ハラスメント防止条例(令和6年東京都条例第140号,令和7年4月1日施行)

【この記事の結論】
  • パワハラの防止措置は,労働施策総合推進法第30条の2第1項に基づき,企業規模を問わずすべての事業主の法的義務です。中小企業への適用猶予(令和4年3月31日まで)はすでに終了しています。
  • パワハラは,(1)優越的な関係を背景とした言動,(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの,(3)労働者の就業環境が害されるもの,の3要素をすべて満たす言動をいいます(同法第30条の2第1項,令和2年厚生労働省告示第5号)。
  • 事業主は,方針の明確化,相談体制の整備,事実確認と事後対応,プライバシー保護,不利益取扱いの禁止等,指針が定める雇用管理上の措置を講ずる義務を負います。事実関係が確認できなかった場合でも,再発防止に向けた措置は必要です。
  • 2024年11月1日施行のフリーランス新法第14条第1項により,フリーランスに対するハラスメント防止措置も事業主の義務となりました。また,2026年10月1日には,改正労働施策総合推進法(令和7年6月11日公布)により,カスタマーハラスメント対策も新たに事業主の義務となります(東京都では条例による規制が2025年4月1日から先行して施行されています。)。
  • 措置義務を怠り,労働者の心身の健康を害した場合,企業は安全配慮義務違反(労働契約法第5条)や使用者責任(民法第715条)に基づく損害賠償責任を負うおそれがあります。行政指導に従わない場合は企業名の公表対象にもなり得ます(労働施策総合推進法第33条第2項)。

この記事はこんな方におすすめです

  • パワハラ防止体制をこれから整備しようとしている経営者・法務・人事担当者の方
  • 既存のハラスメント防止規程や相談窓口の運用に法的リスクがないか点検したい方
  • パワハラの相談・申告を受け,事実確認や懲戒処分の進め方を検討している方
  • 2025年から2026年にかけての法改正(フリーランス新法・カスハラ対策義務化)が自社にどう影響するかを把握したい方

主要用語の定義

パワーハラスメント(パワハラ)とは,職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって,業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより,労働者の就業環境が害されるものをいいます(労働施策総合推進法第30条の2第1項)。

職場環境調整義務とは,使用者が安全配慮義務(労働契約法第5条)の一環として,パワハラの訴えがあった場合に事実関係を調査し,その結果に基づき加害者への指導や配置転換等の適切な措置を講ずる義務をいいます。

カスタマーハラスメント(カスハラ)とは,顧客等の言動であって,労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより,労働者の就業環境が害されることをいいます(改正後の労働施策総合推進法第33条)。

1.はじめに

📌 この章の結論

パワハラ防止措置は,企業規模を問わず,すべての事業主に課された法的義務です。加えて,2024年から2026年にかけて,対象範囲を広げる複数の法改正が施行・予定されています。

今日の企業経営において,パワーハラスメント対策は,任意の取り組みではなく法令上の義務です。2019年(令和元年)の法改正により,労働施策総合推進法にパワハラ防止のための措置義務が新設され,2020年(令和2年)6月1日から大企業に,2022年(令和4年)4月1日から中小企業にも適用されました。現在は,猶予期間が終了し,企業規模を問わずすべての事業主が措置義務の対象です。

義務化から数年が経過した現在も,パワハラをめぐる労働相談は高水準で推移しており,対応を誤れば,民事訴訟・労働審判への発展,行政指導,企業名の公表,SNS等を通じたレピュテーション毀損に直結します。加えて,2024年11月1日には,フリーランスへのハラスメント防止措置を事業主に義務づけるフリーランス新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)が施行され,2025年4月1日には東京都カスタマー・ハラスメント防止条例が,2026年10月1日には改正労働施策総合推進法によるカスハラ対策の全国的な義務化が予定されています。パワハラ対策を検討する企業は,これらの周辺規制の動向も併せて把握しておく必要があります。

本稿では,パワハラの法的定義から企業が負う法的責任,講ずべき具体的措置,発生時の実務対応,重要判例,そして関連法改正までを,企業の法務・人事担当者の視点から整理して解説します。

2.パワハラの法的定義

📌 この章の結論

パワハラは,(1)優越的な関係を背景とした言動,(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの,(3)労働者の就業環境が害されるもの,の3要素をすべて満たす言動をいいます。適正な業務指導との境界は,個別の事情を総合的に考慮して判断されます。

2-1.定義の3要素

労働施策総合推進法第30条の2第1項及び厚生労働省の指針(令和2年厚生労働省告示第5号,正式名称「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」)によれば,職場におけるパワハラとは,次の3つの要素をすべて満たす言動をいいます。

  • 職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であること(職務上の地位に限らず,人間関係や専門知識等の職場内の優位性を含みます。)
  • 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであること
  • 労働者の就業環境が害されるものであること

2-2.「就業環境を害する」の判断基準

「就業環境を害する」に該当するかどうかは,行為者と同様の状況で当該言動を受けた場合に,社会一般の労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるかどうか,すなわち「平均的な労働者の感じ方」を基準に判断されます。該当性の判断にあたっては,言動の目的,行われた経緯や状況,業種・業態,業務の内容・性質,言動の態様・頻度・継続性,労働者の属性(経験年数,年齢,障害の有無等)や心身の状況,行為者との関係性などを総合的に考慮する必要があります。特定の労働者の属性に応じた配慮が求められる点は,実務上見落とされやすいため留意が必要です。

2-3.代表的な6類型

厚生労働省の指針は,代表的な言動として以下の6類型を示しています。これらはあくまで代表例であり,限定列挙ではありません。

類型内容の例
身体的な攻撃暴行・傷害
精神的な攻撃脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言
人間関係からの切り離し隔離・仲間外し・無視
過大な要求業務上明らかに不要なこと・遂行不可能なことの強制
過小な要求業務上の合理性なく,能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じること,仕事を与えないこと
個の侵害私的なことに過度に立ち入ること

2-4.適正な業務指導との違い

客観的にみて業務上必要かつ相当な範囲で行われる指導や注意は,パワハラには該当しません。もっとも,労働者に問題行動があった場合でも,人格を否定するような言動に及べば,指導の域を超えてパワハラと評価されるリスクがあります。管理職に対しては,「何を指導してよいか」ではなく「どのような伝え方であれば許容されるか」という観点からの教育が有効です。

3.パワハラが企業にもたらす法的リスク

📌 この章の結論

パワハラを放置すると,企業は民事上の損害賠償責任,安全配慮義務違反に基づく責任,行政的制裁という複数のリスクに直面します。強い言動のすべてが直ちに違法となるわけではなく,違法性の有無は判例上の枠組みに従って判断されます。

3-1.民法上の不法行為責任・使用者責任

行為者本人は民法第709条に基づく不法行為責任を負い得るほか,企業も民法第715条に基づく使用者責任を問われる可能性があります。加害者が代表取締役である場合には,会社法第350条に基づく損害賠償責任も生じ得ます。もっとも,強い言動のすべてが直ちに不法行為となるわけではなく,職務上の地位・権限を逸脱・濫用し,社会通念に照らし通常人が許容し得る範囲を著しく超える圧力を加えたと評価される場合に限り違法性が認められるという判断枠組みが裁判例上示されています(後記6-1参照)。

3-2.安全配慮義務違反と職場環境調整義務

使用者は,労働契約法第5条に基づき,労働者がその生命,身体等の安全を確保しつつ働けるよう必要な配慮をする義務(安全配慮義務)を負います。この義務には,パワハラを未然に防止する義務にとどまらず,パワハラの訴えを受けた場合に事実関係を調査し,その結果に基づいて加害者への指導や配置転換等の人事管理上の適切な措置を講ずる義務(職場環境調整義務)が含まれると解されています(後記6-2参照)。相談を受けたにもかかわらず放置した場合,この義務違反自体が独立の損害賠償責任の根拠となり得る点に注意が必要です。

3-3.労働施策総合推進法違反による行政的制裁

労働施策総合推進法違反そのものに対する罰則規定はありませんが,厚生労働大臣による助言・指導・勧告の対象となり,勧告に従わない場合には企業名が公表されます(同法第33条第2項)。また,措置の実施状況について報告を求められた際に,報告をせず,又は虚偽の報告をした場合は,20万円以下の過料に処されます(同法第36条第1項,第41条)。行政指導や企業名公表は,金銭的な制裁以上に企業の信用・採用活動に打撃を与える実務上のリスクといえます。

3-4.経営リスク(生産性低下・人材流出・レピュテーション)

パワハラを放置した職場では,従業員のモチベーション低下,離職率の上昇,優秀な人材の社外流出が生じます。加えて,SNS等を通じた情報拡散により,法的責任の有無が確定する前の段階で企業イメージが毀損されるリスクもあります。中堅・中小企業では一人の離職が事業運営に与える影響が大きいため,早期の対応が特に重要です。

4.企業が講ずべき雇用管理上の措置

📌 この章の結論

厚生労働省の指針は,事業主が必ず講ずべき雇用管理上の措置として10項目を求めています。これに加え,2024年以降の法改正により,フリーランスやカスタマーハラスメントへの対応も措置義務の対象に広がっています。

労働施策総合推進法第30条の2第1項及び前記指針は,事業主が必ず講ずべき「雇用管理上の措置」として,以下の10項目を求めています。

4-1.方針の明確化と周知・啓発

  • パワハラの内容及びパワハラを行ってはならない旨の方針を明確化し,管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること
  • 行為者に対して厳正に対処する旨の方針及び対処の内容を就業規則等の文書に規定し,周知・啓発すること

4-2.相談体制の整備

  • 相談窓口をあらかじめ定め,労働者に周知すること
  • 相談窓口の担当者が,内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること

相談窓口は,パワハラに該当するか微妙な場合であっても広く相談に応じ,セクハラや妊娠・出産等に関するハラスメントと一元的に対応できる体制とすることが望ましいとされています。

4-3.事後の迅速・適切な対応

  • 事実関係を迅速かつ正確に確認すること
  • 事実確認ができた場合には,速やかに被害者に対する配慮の措置(配置転換,謝罪の実施,労働条件上の不利益の回復等)を適正に行うこと
  • 事実確認ができた場合には,行為者に対する措置(懲戒処分等)を適正に行うこと,及びあらためて方針を周知し再発防止に向けた措置を講ずること
【見落としがちな点】 事実関係の確認ができなかった場合であっても,再発防止に向けた措置を講じなければならない点は見落とされがちですので,注意が必要です。

4-4.併せて講ずべき措置

  • 相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ,その旨を周知すること
  • 相談したこと,事実確認に協力し事実を述べたことを理由として,解雇その他の不利益な取扱いを行ってはならない旨を定め,周知・啓発すること
  • 職場におけるパワハラの原因や背景となる要因を解消するための取組(コミュニケーション活性化のための研修,適正な業務目標の設定等)を行うこと

労働施策総合推進法第30条の2第2項により禁止される不利益取扱いは,相談者本人に限られず,事実確認調査に協力した労働者も対象となります。「理由として」とは,相談等と不利益取扱いとの間に因果関係があることを指すと解されます。また,労働契約が成立したと認められる場合には,採用内定者も保護の対象になり得ます。

4-5.派遣労働者・社外の労働者への配慮

派遣労働者については,労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律第47条の4により,派遣元だけでなく派遣先事業主も「雇用管理上及び指揮命令上」の措置を講ずる義務を負います。また,自社の労働者でない者(取引先の労働者,就職活動中の学生等)に対しても,同様の方針を示すなど必要な配慮を行うことが指針上望ましい取組とされています。

4-6.フリーランスへの配慮(フリーランス新法)

2024年(令和6年)11月1日に施行された特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス・事業者間取引適正化等法,いわゆるフリーランス新法)第14条第1項により,フリーランス(特定受託事業者)に業務委託を行う事業者(特定業務委託事業者)は,ハラスメント行為により特定受託業務従事者の就業環境を害することのないよう,相談対応のための体制整備その他の必要な措置を講じなければなりません。対象となるハラスメントには,パワハラのほか,セクシュアルハラスメント,妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントが含まれます。具体的な措置の内容は,雇用する労働者向けの措置に準じたものとされており,既存の相談窓口・体制を活用して対応することが可能です。フリーランスへの業務委託を行っている企業は,就業規則やハラスメント防止規程の対象範囲にフリーランスとの取引が含まれているかを点検する必要があります。

4-7.カスタマーハラスメントへの対応(新設の措置義務)

顧客等からの著しい迷惑行為(カスタマーハラスメント,いわゆるカスハラ)についても,法規制が急速に整備されています。東京都では,2024年(令和6年)10月11日に東京都カスタマー・ハラスメント防止条例(令和6年東京都条例第140号)が公布され,2025年(令和7年)4月1日から施行されています。同条例は,カスハラの一律禁止を定める一方,罰則規定は設けられておらず,都・顧客等・就業者・事業者それぞれの責務やカスハラ防止指針の策定等を定める理念条例としての性格を持ちます。

さらに,労働施策総合推進法の改正法は2025年(令和7年)6月11日に公布され,2026年(令和8年)10月1日から,カスハラ対策が全国のすべての事業主に対する法的な措置義務となります(改正後の同法第33条)。同条にいうカスハラとは,職場において行われる顧客,取引の相手方,施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者の言動であって,労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより,当該労働者の就業環境が害されることをいいます。施行に際しては,中小企業向けの経過措置(適用猶予)は設けられていません。パワハラと同様に,方針の明確化,相談体制の整備,事後の迅速・適切な対応が求められるほか,改正後の同法第33条第3項により,カスハラの加害者側の事業主に対しては,被害者側の事業主から調査等への協力を求められた場合に応じる努力義務が課されています。自社の労働者が他社の労働者に対してカスハラを行った場合,加害者側の事業主としての対応も求められる点に留意してください。

4-8.中小受託取引適正化法との関係

2026年(令和8年)1月1日に施行される中小受託取引適正化法(以下「取適法」)は,現行の下請代金支払遅延等防止法(下請法)を改称・強化した法律であり,代金の支払遅延の防止や買いたたきの禁止といった取引の経済的条件の適正化を目的とするものです。

ハラスメント防止措置については,フリーランス新法第14条には直接の義務規定があるのに対し,取適法には同様の規定は設けられていません。したがって,ハラスメント対策の体制整備については,取引相手に応じて次のとおり整理されます。

  • 取引相手がフリーランス(個人)の場合:フリーランス新法に基づき,ハラスメント防止措置を講じる義務が生じます。
  • 取引相手が法人(中小受託事業者)の場合:取適法上の義務はありませんが,業界別のガイドラインや,取引上の優越的地位の濫用防止の観点(下請中小企業振興法を改称した受託中小企業振興法が定める「振興基準」等,取適法と同じく2026年1月1日施行)から,適切な対応が求められることに留意が必要です。

5.パワハラ発生時の実務対応フロー

📌 この章の結論

相談を受けた際は,感情的な対応や即断を避け,事実確認→リスク整理→交渉方針の検討という順序を踏むことが,過大な対応や紛争の長期化を防ぐ鍵となります。

5-1.相談・通報への初期対応

相談を受けた際は,被害者の安全確保と二次被害の防止を最優先とし,相談者のプライバシーに配慮しながら事実関係の把握に努めます。相談内容・日時を記録に残すことは,後の調査及び万一の紛争対応の基礎資料となります。

5-2.事実関係の調査

公平・中立な立場から,被害者,行為者とされる人物,関係者へのヒアリングを行い,メール,業務記録,勤怠記録等の客観的証拠と照らし合わせます。行為者にも十分な弁明の機会を与え,一方的な調査とならないよう留意します。

調査の信用性を高める観点からは,対象部署内だけでなく,人間関係にとらわれにくい他部署の従業員からもヒアリングを行うことが有効です。辻・本郷税理士法人事件(東京地方裁判所2019年(令和元年)11月7日判決)では,顧問弁護士が対象部署以外の従業員からもヒアリングを行った調査手法について,中立性・公平性を欠く事情がうかがわれないこと等を理由に,調査報告書の信用性が認められています。事案の性質によっては,外部の弁護士等の専門家に調査を委嘱し,中立性・専門性を担保することも有効です。

5-3.行為者への措置・懲戒処分の留意点

懲戒処分を行うには,就業規則に懲戒事由が規定され,かつその規則が労働者に周知されていることが前提となります。就業規則が法的規範としての拘束力を有するには労働者への周知が必要とされ,周知を欠く規則に基づく懲戒処分は無効とされるリスクがあります(後記6-5参照)。また,労働契約法第15条により,懲戒処分は,行為の性質・態様等に照らして客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当と認められない場合には権利濫用として無効となります。処分の相当性は,事案の重大性,過去の同種事例との均衡性,本人の反省の程度等を総合的に考慮して判断されるため,戒告・けん責から懲戒解雇に至る処分の軽重を段階的に検討する必要があります。重い処分を科す場合には,就業規則に弁明の機会の付与に関する規定がなくとも,格別の支障がない限り,本人に弁明の機会を付与するなど適正な手続を履践することが,事実誤認の防止及び後の紛争予防の観点から実務上強く推奨されます。

5-4.再発防止策の実施

個別事案への対応にとどまらず,管理職研修の強化,業務プロセスの見直し,定期的な従業員アンケートの実施等を通じ,組織全体としての再発防止に取り組むことが求められます。

6.裁判例にみる企業責任の判断傾向

📌 この章の結論

パワハラの有効性・違法性は,言動の内容だけでなく,企業の事後対応の適否まで含めて総合的に判断されます。次の裁判例は,いずれも実務対応に直結する視点を示しています。裁判例の評価は事案ごとの個別事情に左右されるため,自社の事案への当てはめは弁護士にご相談ください。

6-1.違法性の判断基準を示した裁判例

東京地方裁判所2012年(平成24年)3月9日判決(ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件)
パワハラが不法行為となるためには質的・量的に一定の違法性が必要であるとし,「職務上の地位・権限を逸脱濫用し,社会通念に照らし客観的にみて,通常人が許容し得る範囲を著しく超えるような有形・無形の圧力を加える行為」と評価される場合に限られると判示しました。
福岡高等裁判所2008年(平成20年)8月25日判決(海上自衛隊事件)
他人に心理的負荷を過度に蓄積させる行為は原則として違法であるが,「合理的理由」に基づき「一般的に妥当な方法と程度」で行われた場合には,例外的に正当な職務行為として違法性が阻却されるとの枠組みを示しています。

これらの判断枠組みは,「指導」と「パワハラ」の境界を管理職に説明する際の実務上の指針となります。

6-2.職場環境調整義務に関する裁判例

東京高等裁判所2017年(平成29年)10月26日判決(さいたま市(環境局職員)事件)
使用者は良好な職場環境を保持するため,パワハラの訴えがあった際には事実関係を調査し,その結果に基づき加害者への指導・配置換え等を含む人事管理上の適切な措置を講ずる職場環境調整義務を負うと明示し,この義務の違反と自殺との相当因果関係を認めました。
東京地方裁判所立川支部2020年(令和2年)7月1日判決(福生病院企業団事件)
上司による叱責を受けた従業員の心理的負荷を軽減するための然るべき措置を使用者が採らなかったことを安全配慮義務違反と認定しています。
大津地方裁判所2018年(平成30年)5月24日判決(関西ケーズデンキ事件)
上司の言動自体は不法行為と評価しつつも,会社が相談窓口を実質的に機能させていたこと等を理由に会社独自の安全配慮義務違反は否定しており,実効性のある相談体制の整備が企業側の責任軽減につながることを示唆しています。

6-3.具体的な言動が争点となった裁判例

福井地方裁判所2014年(平成26年)11月28日判決(暁産業事件)
新入社員に対する人格を否定する発言について,仕事上のミスに対する叱責の域を超えるものであり,当該新入社員が自殺した事実も踏まえ,不法行為に該当するとしました。
宇都宮地方裁判所栃木支部2019年(平成31年)3月28日判決(国立大学法人筑波大学事件)
指導自体の必要性は認めつつも,大声で怒鳴り同じ内容を繰り返す態様が人格非難に類し継続的・執拗であったことから,社会通念上許容される限度を超えた違法なパワハラと認定しました。
東京地方裁判所2015年(平成27年)8月7日判決(M社事件)
成果の上がらない部下に対し教育的指導の域を超えて能力を否定し,長期間にわたり執拗に退職を迫った行為を「極めて悪質」と評価し,行為者に対する降格処分を相当としています。
東京地方裁判所2017年(平成29年)11月30日判決(いなげや事件)
知的障害を持つ従業員に対する不適切な発言を含む一連の言動について,先輩従業員の不法行為及び会社の使用者責任が認められました。もっとも,同判決は,会社が相談を受けた後の事後対応については一応の対応を行い合理的範囲の対処を尽くしたとして,会社独自の債務不履行(事後対応義務違反)や就労環境整備義務違反までは認めませんでした。この判決は,行為者による不法行為と,会社自身の事後対応の適否とが別個に評価され得ることを示す点で参考になります。会社が誠実な事後対応を行っていれば,使用者責任は免れなくとも,独自の責任拡大は防ぎ得るということです。

6-4.退職勧奨に関する裁判例

横浜地方裁判所2020年(令和2年)3月24日判決(日立製作所(退職勧奨)事件)
労働者が明確に拒否したにもかかわらず複数回にわたり執拗に退職勧奨を行い,自尊心を傷つける言動に及んだことを,社会通念上相当な範囲を逸脱した違法な退職勧奨と判断しました。退職勧奨はあくまで労働者の任意の合意を求める行為にとどまるべきであり,長時間・高頻度の面談や威迫的な言動は,それ自体が不法行為となり得ます。

6-5.懲戒処分の有効性・手続に関する裁判例

最高裁判所第二小法廷2003年(平成15年)10月10日判決(フジ興産事件)
就業規則が法的規範として労働者を拘束するには,その内容が労働者に周知される手続が採られている必要があると判示しました。
東京地方裁判所2005年(平成17年)1月31日判決(日本HP本社セクハラ解雇事件)
就業規則に弁明の機会の付与に関する規定がない場合,その手続を欠いても直ちに処分が無効になるとは限らないと判断しました。
大阪高等裁判所1999年(平成11年)6月29日判決(大和交通事件)
事実認定に影響を及ぼす可能性がある事案では弁明の機会の付与が求められる傾向を示しています。
最高裁判所2022年(令和4年)6月14日判決(氷見市事件)
ハラスメント加害者に対する停職処分について懲戒権者の裁量を広く認め,厳格な処分を是認しました。企業がハラスメントに毅然とした対応を取ることへの後押しとなる判断です。
東京地方裁判所2019年(令和元年)11月7日判決(辻・本郷税理士法人事件)
パワハラを理由とする懲戒処分(訓戒)の有効性が争われた事案において,顧問弁護士による社内調査の手法(対象部署以外の従業員からのヒアリングを含む多角的な調査等)を評価し,調査報告書の信用性を認めた上で,懲戒処分を有効と判断しました。

7.弁護士に相談すべき場面と活用のメリット

📌 この章の結論

パワハラ対策は,制度設計・請求対応のいずれの局面でも法的判断を要する場面が多く,初動対応を誤ると損害額が拡大しやすい分野です。早期に弁護士へ相談することで,紛争の予防と拡大防止の両方に対応できます。

7-1.予防段階における関与

就業規則・懲戒規定の整備,相談窓口の設計,管理職研修の実施など,予防段階から弁護士が関与することで,指針が求める措置を漏れなく制度化できます。フリーランス新法やカスハラ対策義務化への対応状況の点検も,予防段階の重要なテーマです。「何をどこまで指導してよいか」という現場の疑問に,裁判例に裏付けられた具体的な基準を示せる点は,社内での説得力にも直結します。

7-2.発生時の初動対応における関与

被害者から損害賠償請求や労働審判の申立てを示唆された場合,事実関係の調査が難航する場合,行為者が事実を否認する場合,被害が重大でメディア報道のリスクがある場合など,初動を誤れば紛争が長期化しかねない局面では,早期の弁護士相談が有効です。第三者である弁護士が調査を主導することで,社内調査の中立性・信頼性を高めることもできます。

7-3.顧問契約による継続的サポート

パワハラ防止規程の作成・見直し,管理職向け研修の実施,相談窓口の外部委託,法改正・裁判例に関する情報提供等を継続的に受けられる顧問契約は,専任の法務人員を確保しにくい中堅・中小企業にとって特に有用です。

8.まとめ

パワハラ対策は,紛争を避けるための守りの取り組みにとどまらず,従業員のパフォーマンス向上や人材の定着,ひいては企業価値の向上につながる経営課題です。2024年から2026年にかけて,フリーランスへのハラスメント防止措置,そしてカスタマーハラスメントへの対応が相次いで法的義務となり,企業が整備すべき範囲は従来より広がっています。制度の整備・運用・記録という地道な取り組みを,弁護士の助言を得ながら着実に進めることが,企業を守る最も確実な方法といえます。

まずは,自社のパワハラ防止規程・相談窓口が2026年10月施行のカスハラ対策義務化に対応できているか,フリーランスとの取引がハラスメント防止措置の対象範囲に含まれているかを点検することから始めてください。

日本橋法律特許事務所では,パワハラ・カスハラ問題について常時ご相談・ご依頼を承っております。企業法務に精通した弁護士が,貴社の状況に応じた実効性のある対策をご提案いたします。

実務チェックリスト

  • パワハラ防止方針を明文化し,就業規則等に規定した上で労働者に周知しているか
  • 相談窓口を設置し,担当者が内容に応じた対応を行える体制にあるか
  • 相談を受けた際の事実確認の手順(ヒアリング対象,記録方法)を定めているか
  • 事実確認ができなかった場合の再発防止措置についても手順を定めているか
  • 相談者・行為者のプライバシー保護と,不利益取扱いの禁止を明文化しているか
  • 派遣労働者・フリーランスとの取引もハラスメント防止措置の対象に含めているか
  • 懲戒処分の実施にあたり,弁明の機会の付与等の手続を履践する運用になっているか
  • 管理職向けに,適正な指導とパワハラの境界に関する研修を実施しているか
  • 2026年10月施行のカスハラ対策義務化に向けた体制整備を検討しているか
  • 相談から事後対応までの記録を,改ざんのない形で保存する体制になっているか

よくある質問(FAQ)

Q1.パワハラ防止措置は,中小企業にも義務がありますか。
A.はい。2022年(令和4年)4月1日以降,中小企業への適用猶予は終了しており,企業規模を問わずすべての事業主が対象です。
Q2.パワハラの相談を受けましたが,事実確認ができませんでした。何もしなくてよいですか。
A.いいえ。事実関係が確認できなかった場合であっても,指針上,再発防止に向けた措置を講ずることが求められています。
Q3.業務上の指導とパワハラは,どのように区別されますか。
A.客観的にみて業務上必要かつ相当な範囲で行われる指導は,パワハラに該当しません。もっとも,人格を否定するような言動に及ぶ場合は,指導の域を超えてパワハラと評価されるリスクがあります。
Q4.懲戒処分を行う際の注意点は何ですか。
A.就業規則に懲戒事由が規定され,労働者に周知されていることが前提となります。また,労働契約法第15条により,処分が客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当でない場合は,権利濫用として無効となります。弁明の機会の付与等,適正な手続を履践することも実務上重要です。
Q5.フリーランスに対するハラスメント対策も必要ですか。
A.はい。2024年11月1日施行のフリーランス新法第14条第1項により,フリーランスへの業務委託を行う事業者には,ハラスメント防止のための体制整備が義務付けられています。
Q6.カスタマーハラスメントへの対応も法的義務になりますか。
A.はい。労働施策総合推進法の改正法は2025年6月11日に公布され,2026年10月1日からカスハラ対策が全事業主の法的義務となります。東京都では条例による規制がこれに先行して2025年4月1日から施行されています。
Q7.パワハラを放置すると,企業はどのような責任を負いますか。
A.民法上の使用者責任(民法第715条),安全配慮義務違反(労働契約法第5条)に基づく損害賠償責任のほか,行政指導に従わない場合は企業名の公表対象にもなり得ます(労働施策総合推進法第33条第2項)。
Q8.パワハラの調査は,誰が担当すべきですか。
A.公平・中立な立場からの調査が求められます。社内での対応が難しい場合や,中立性の確保が重要な事案では,外部の弁護士に調査を委嘱することも有効な選択肢です。
Q9.退職勧奨を行う際の注意点はありますか。
A.退職勧奨は労働者の任意の合意を求める行為にとどまるべきであり,明確な拒否にもかかわらず執拗に繰り返す行為や,威迫的な言動は,違法な退職勧奨として不法行為を構成し得ます。
Q10.パワハラ問題について,どのタイミングで弁護士に相談すべきですか。
A.予防段階(規程整備・研修)はもちろん,相談を受けた初動の段階から関与することで,事実確認の適正性を確保し,紛争の長期化を防ぎやすくなります。損害賠償請求や労働審判の申立てが示唆された場合は,特に早期の相談が重要です。
免責事項

本記事は,掲載時点の法令,指針,裁判例等に基づき,一般的な法的情報を提供することを目的として作成しています。個別の事案では,事実関係や証拠等によって結論が異なるため,本記事は法的助言を目的とするものではありません。また,法令の改正,裁判例の変更等により,掲載内容が変更される場合があります。具体的な事案については,当事務所の弁護士へお気軽にご相談ください。

執筆・監修

日本橋法律特許事務所 代表弁護士 中山泰章(第二東京弁護士会所属)