〜施行後に整備すべき相談窓口の設計と抑止措置の発動フローを実務目線で整理〜
カスハラ防止措置は,2026年(令和8年)10月1日に施行され,現在は,労働者を1人でも雇用する全ての事業主の法的義務です。未整備の項目がある事業主は,方針の明確化・周知と相談窓口の設置から着手し,抑止措置の対処方針,顧客対応マニュアル,就業規則等の規程,研修を並行して整えてください。相談窓口は,一次・二次・外部の3段階で役割を分担する設計が運用しやすいと当事務所は考えます(指針が3段階を求めているわけではありません。)。特に悪質な言動への抑止措置は,記録→一次評価→二次評価→実施→事後フォローという発動フローをあらかじめ明文化しておくことが重要です。カスハラを直接の争点とした裁判例は限られますが,対応ルールや相談・健康確保の体制が整っていた事案では,安全配慮義務違反が否定されています。一方,対応を誤って責任が認められた例もあります。
- 法第33条の措置義務は,2026年(令和8年)10月1日の施行により,すでに課されています。未整備の場合は,方針の明確化・周知と相談窓口の設置から着手し,規程整備を並行して進めてください(着手の順序は当事務所の提案であり,法定のものではありません。)。
- 相談窓口は,設置しただけでは足りません。実質的な対応が可能な窓口を設け,担当者が相談の内容や状況に応じて適切に対応できる体制が必要です(指針4⑵)。一次・二次・外部の3段階は,当事務所の設計例です。
- 抑止措置は,特に悪質と考えられる言動への対処の方針をあらかじめ定めて周知し,その対処を行える体制を整えることが求められます(指針4⑷)。悪質な事案でも出入り禁止等を必ず講じなければならないわけではなく,方針に基づいて事案ごとに判断します。
- 就業規則に新たな規定を設けることは,法律上一律には義務付けられていません。ただし,方針の明確化・周知と,相談等を理由とする不利益取扱いをしない旨の周知は,必ず講じなければなりません(指針4⑴イ,⑸ロ)。
- 録音・録画では,利用目的の特定と通知又は公表が必要です。その場で録音・録画を伝える義務までは含まれませんが,本人が取得を容易に認識できない場合は,掲示等の措置が必要です(解釈事項問9・10)。
- 裁判例では,対応ルールや相談・健康確保の体制が整っていた事案で責任が否定された一方,不適切な対応により責任が認められた例もあります。いずれも施行前の事案です。
- 制度の対象範囲と4つの措置の全体像は,「カスハラ防止措置の義務化とは|2026年10月施行・対象事業者と4つの措置」をご覧ください。
目次
- 1 実務対応ステップ(施行後の進め方)と就業規則等の整備
- 2 相談窓口の設計比較表
- 3 抑止措置の発動フロー(詳細)
- 4 研修プログラムの設計例
- 5 研修効果の測定方法
- 6 相談記録票のフォーマット例・プライバシー保護
- 7 パワハラ対応との違い早見表
- 8 施行後の対応スケジュール例
- 9 自己点検チェックリスト
- 10 裁判例に学ぶ対応の分水嶺
- 11 弁護士に依頼するメリット
- 12 よくある質問(FAQ)
- 13 まとめ
根拠法令・参照資料
※労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律(令和7年法律第63号,2025年(令和7年)6月11日公布,2026年(令和8年)10月1日施行。以下「改正法」といいます。)による改正後の労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(昭和41年法律第132号。以下「法」といいます。)のうち,カスハラ防止措置に関する規定(法第33条・第34条)
事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年厚生労働省告示第51号,2026年(令和8年)2月26日公布。以下「指針」といいます。)
厚生労働省雇用環境・均等局雇用機会均等課「ハラスメント防止措置義務規定等における解釈事項について」(令和8年(2026年)4月24日,同年9月30日改訂,令和8年10月1日適用。以下「解釈事項」といいます。)
令和8年4月24日付け雇均発0424第2号「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律第10章の規定等の運用について」(以下「施行通達」といいます。)
厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(令和8年度改訂版,令和8年(2026年)9月作成。以下「厚労省マニュアル」といいます。)
事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号。令和8年厚生労働省告示第53号による改正後のもの,令和8年10月1日適用。以下「パワハラ指針」といいます。)
労働契約法第5条,労働基準法第89条・第90条・第106条,民法第166条・第167条・第724条・第724条の2,民事保全法,刑事訴訟法第197条第2項,労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律第47条の4,障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律,旅館業法,航空法,医師法第19条第1項
個人情報の保護に関する法律(以下「個人情報保護法」といいます。)第17条・第20条〜第22条・第27条,個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」(令和6年12月一部改正。以下「通則ガイドライン」といいます。),同「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン」に関するQ&A(Q7-17),厚生労働省「雇用管理に関する個人情報保護に関するガイドライン」(平成24年厚生労働省告示第357号)
なお,個人情報保護法は,確認日時点の現行条文によっています。2026年(令和8年)7月17日に公布された改正法(個人情報保護委員会公表)は,一部を除き,公布から2年以内で政令で定める日に施行されます。
厚生労働省「あかるい職場応援団」裁判例解説(第70回,NHKサービスセンター事件)
上記は,2026年(令和8年)10月4日時点で確認した内容に基づいています。
この記事はこんな方におすすめです
- 施行日(2026年(令和8年)10月1日)を過ぎ,未整備の項目から優先して対応したい経営者の方や人事・総務担当者の方
- 相談窓口の設計や抑止措置の発動基準を自社に即して整備したい法務・コンプライアンス担当者の方
- 就業規則や顧客対応マニュアルに何を定めればよいかを確認したい人事・総務担当者の方
- 裁判例を踏まえた「対策の実効性」の考え方を把握したい経営者の方や管理職の方
- 研修プログラムや施行後の対応スケジュールの具体例を知りたい人事担当者の方
主要用語の定義
抑止措置とは,特に悪質と考えられる顧客等に対する警告・サービス提供の停止・出入り禁止・警察通報等,被害の継続や拡大を防ぐための対処をいいます(指針4⑷)。
安全配慮義務とは,労働契約法第5条に基づき,使用者が労働者の生命,身体等の安全を確保しつつ労働できるよう,必要な配慮をする義務をいいます。
エスカレーションとは,一次対応者が単独で判断できない事案を,あらかじめ定めた基準に従って上位の窓口(二次窓口・外部窓口)へ引き継ぐことをいいます。
関係部門とは,施行通達が例示する,人事部門,カスタマーサービス部門,法務部門等をいいます。
1 実務対応ステップ(施行後の進め方)と就業規則等の整備
この項の結論
カスハラ防止措置は,2026年(令和8年)10月1日に施行済みです。未整備の事業主は,現状点検を起点に,方針の明確化・周知と相談窓口の設置を先行させ,抑止措置の方針・マニュアル・規程・研修を並行して整備する8ステップで進めてください。就業規則の改定は一律の義務ではありませんが,方針と不利益取扱いの禁止の周知は必須です。
措置義務は施行日から課されています。施行通達が改正法附則について示すのは,施行の際に係属しているあっせんの手続に関する特例(附則第4条)であり,措置義務の適用を猶予するものではありません。パワハラ防止措置のような中小企業向けの適用猶予も,カスハラについては確認できません。すでに一部を整備している事業主は,ステップ1で未整備の項目を特定し,該当するステップだけを実施すれば足ります。
1-1 8ステップの進め方
次の順序は,当事務所が実務上の優先度を踏まえて整理した進め方であり,法定の順序ではありません。
- 現状点検施行日時点で講じている措置を,指針4⑴〜⑸の各項目に照らして点検し,未整備の項目を特定します。あわせて,過去のクレーム・カスハラ事案を棚卸しし,発生頻度が高い部門・業務を特定します。
- 方針の明確化・周知「カスハラには毅然とした態度で対応し,労働者を保護する」旨の方針を,社内報,社内ホームページ,トップメッセージ等で,管理監督者を含む全労働者に周知します(指針4⑴イ)。顧客対応のない部署を含め,所属部署や雇用形態を問わず全労働者への周知が必要です(解釈事項問8)。顧客等への周知は義務ではありませんが,被害の防止に効果的とされています(同問7)。未整備の場合も,最初に着手しやすい項目です。
- 相談窓口の設計窓口をあらかじめ定め,労働者に周知します(指針4⑵イ)。一次・二次・外部の役割を分担する設計例は,2項を参照してください。周知の媒体(社内掲示,イントラネット等)も併せて検討します。
- 抑止措置の対処方針の策定警告文の発出,サービス提供の停止,出入り禁止,警察通報等の判断基準と発動フローを定めます(3項)。
- マニュアル・就業規則等の整備現場の初動対応(管理監督者への報告,複数名対応,録音・録画,退店要求・電話切断の基準,警察通報)と,記録保存・報告ルートをマニュアルに明記します。就業規則等の整備は,1-2を参照してください。業種別の当てはめは,「業種別カスハラ対応マニュアル|小売・医療・コールセンター等の実務ポイント」をご覧ください。
- 相手方事業主との連携ルートの整備行為者が他の事業主の労働者等である場合に,その事業主へ事実確認への協力を求める連携ルートを定めます(指針4⑶イ)。自社の労働者が他社の労働者にカスハラを行い,協力を求められたときは,応じる努力義務があります(法第33条第3項)。協力を求める範囲は,他の事業主の雇用管理上の措置が及ぶ範囲です。行為者が私的な場面で行った言動にまで協力を求めることは想定されていません(施行通達,解釈事項問13)。
- 研修・周知の実施と記録管理職向け,現場向け,相談窓口担当者向けで内容を分けて研修を実施します(4項)。規程・マニュアルの配布記録や研修の受講記録も残しておきます。
- 運用状況の把握・定期見直し相談件数を集計し,定期的に(当事務所の例として年1回程度),対応状況とマニュアルの実効性を見直します(8項)。指針は,労働者や労働組合の参画を得たアンケート調査・意見交換等による運用状況の把握と,必要な見直しを望ましい取組としています(指針6⑵)。衛生委員会の活用も例示されています。
1-2 就業規則等の整備(設計手順)
就業規則に新たな規定を設けることは,法律上一律には義務付けられていません。信用失墜行為や服務規律違反に対する既存の懲戒規定で必要な措置を講じることができる場合は,カスハラ独自の規定を新設する必要はありません(解釈事項問18,施行通達)。ただし,これは「就業規則の改定が不要」という意味にとどまります。方針の明確化・周知,対処の内容の周知,相談窓口の周知,相談等を理由とする不利益取扱いをしない旨の周知は,改定の有無にかかわらず,必ず講じなければなりません。
指針が措置の例として就業規則に言及するのは,相談等を理由とする不利益取扱いをしない旨を,就業規則その他の服務規律を定めた文書に規定する場合です(指針4⑸ロ①)。施行通達は,パワハラ防止措置について,「その他の職場における服務規律等を定めた文書」の例として,従業員心得,必携,行動マニュアル等,就業規則の本則ではないが就業規則の一部を成すものを挙げています。カスハラ防止措置でも同様に考えられます(当事務所の整理)。方針や対処の内容は,マニュアル,社内ホームページ,研修等で周知する方法も認められます。規程に置くか,マニュアルに置くかは,周知の確実性と改定の手間を比較して選びます。
- 現行の規程を棚卸しする就業規則本則,服務規律を定めた文書,顧客対応マニュアルのうち,方針・対処の内容・相談窓口・不利益取扱いの禁止に当たる記載の有無を確認します。
- どの文書に何を置くかを決める方針の宣言と不利益取扱いの禁止は,就業規則等の規程に置くことを推奨します(当事務所の意見)。現場の初動対応や発動基準は,改定頻度の高いマニュアルに置きます。
- 自社の労働者が取引先等にカスハラを行った場合の懲戒を確認する既存の懲戒規定で対応できるか,懲戒事由に当たる行為が明確かを確認します。懲戒を定める場合は,その種類及び程度を就業規則に記載する必要があります(労働基準法第89条第9号)。
- 変更手続を行う就業規則を変更する場合は,常時10人以上の労働者を使用する事業場で,過半数組合又は過半数代表者の意見聴取(労働基準法第90条)と,所轄労働基準監督署長への届出(同法第89条)が必要です。変更後は,労働者への周知(同法第106条第1項)も行います。
- 周知と記録規程・マニュアルの配布日,掲示場所,研修の受講記録を保存します。業界団体のマニュアルを配布するだけでは措置を講じたことにならず,自社の実情に応じて調整したうえで,方針と対処の内容を定めて周知する必要があります(解釈事項問20更問)。派遣労働者を受け入れている場合は,派遣先も措置義務を負います(指針2⑶)。
就業規則等に定める事項の骨子は,次のとおりです。本例は一般例です。実際には企業ごとの実情に応じた調整が必要です。規定例は,「カスハラ対応文例集|警告書・契約解除通知・示談書・就業規則のひな形」をご覧ください。
- カスハラには毅然とした態度で対応し,労働者を保護する旨の方針
- カスハラの内容(指針の定義に沿った判断基準)
- 相談窓口の名称・担当者・連絡先
- 相談したこと,事実関係の確認に協力したこと等を理由とする不利益取扱いの禁止
- 自社の労働者が他社の労働者等にカスハラを行ってはならない旨と,他の事業主から協力を求められたときの対応
- 懲戒事由(既存の規定で足りるかを確認したうえで,必要な場合に限る。)。
2 相談窓口の設計比較表
この項の結論
指針は,相談窓口をあらかじめ定めて労働者に周知し,担当者が相談の内容や状況に応じて適切に対応できることを求めています(指針4⑵)。一次(現場・人事)・二次(法務)・外部(弁護士等)の3段階は,当事務所が推奨する設計例であり,指針上の要件ではありません。
指針が求める点は,次の2つです。
- 窓口の事前設定と周知担当者の指名,相談対応の制度化,外部機関への委託のいずれも可能です(指針4⑵イ)。窓口を形式的に設けるだけでは足りず,実質的な対応が可能な窓口を設け,窓口の部署又は担当者を周知する必要があります(施行通達)。他のハラスメントの窓口と一体的に設置する必要はなく,上司に当たる管理監督者を担当者とすることも認められています(指針4⑵,解釈事項問11)。カスハラは事案が発生したその場で相談することや,現場に精通した上司に相談することが適切な場合もあるためです。その場合は,管理監督者等が相談できる窓口を別途設けることも考えられます(施行通達)。
- 担当者の適切な対応カスハラが現実に生じている場合だけでなく,発生のおそれがある場合や,該当するか微妙な場合も,広く相談に対応する必要があります(指針4⑵ロ)。関係部門との連携の仕組み,留意点を記載したマニュアル,担当者向け研修が例示されています。「発生のおそれがある場合」には,当初は正当な申入れだったものの要求が増え,対応が著しく困難な要求に発展するおそれがある場合等があります。被害を受けた本人だけでなく,それを把握した周囲の労働者からの相談にも応じる必要があります(施行通達)。
| 窓口区分 | 主な役割 | 対応者の例 | 留意点 |
|---|---|---|---|
| 一次窓口 | 初期受付・一次確認 | 上司,人事 | 二次窓口へつなぐ基準を明確化する |
| 二次窓口 | 法的評価・方針決定 | 法務,コンプライアンス | 抑止措置の要否を判断する |
| 外部窓口 | 専門的助言・重大事案 | 顧問弁護士,委託先の外部相談機関 | 労災・訴訟のおそれがある場合は早期に関与を求める |
- 事実関係の確認が困難な場合は,法第37条に基づく調停(都道府県労働局の紛争調整委員会による調停)など,中立な第三者機関に紛争処理を委ねる方法があります(指針4⑶イ③)。
- 指針が例示する「法務部門等との連携」には,社会保険労務士等との連携も含まれます(施行通達)。
人員が限られる事業主は,現場管理職を一次窓口とし,二次窓口を顧問弁護士等の外部専門家に一本化する「ハイブリッド型」が現実的です。この場合も,担当者が適切に対応できる体制(マニュアル,研修,関係部門との連携)を備える必要があります。厚労省マニュアルも,比較的規模の小さい企業では,経営者等が相談窓口を担い,外部機関との連携も経営者等が行う例を示しています(同マニュアル4.2.2(3))。
3 抑止措置の発動フロー(詳細)
この項の結論
指針4⑷は,特に悪質と考えられるものへの対処の方針をあらかじめ定め,管理監督者を含む労働者に周知し,その対処を行える体制を整備することを求めています。実施の判断を誤ると新たな紛争を招くおそれがあるため,記録→一次評価→二次評価→実施→事後フォローという発動フローを明文化しておくことが重要です。
3-1 発動フローの全体像
法第33条第1項は,事業主が講ずべき措置として,相談に応じ適切に対応するために必要な体制の整備と並べて,対応の実効性を確保するために必要な「抑止のための措置」を明示しています(施行通達)。指針が挙げる対処の例は,①警察への通報,②警告文の発出,③法令の制限内での商品の販売・サービスの提供等の停止,④店舗・施設等への出入り禁止,⑤民事保全法に基づく仮処分命令の申立ての5つです(指針4⑷)。契約の解除は,指針に明記された例ではありません。当事務所は,③の延長として検討し得る措置と整理しますが,根拠となる契約条項・約款・法令の確認が前提です。
対処の方針は,対処の内容(指針4⑴ロ)と別の文書にする必要はありません(解釈事項問16)。次の5段階は,当事務所が整理した社内運用上のモデルであり,指針が定める段階構成ではありません。
①記録 → ②一次評価 → ③二次評価 → ④措置の実施 → ⑤事後フォロー
- 一次対応・記録現場対応者が,言動の内容・日時・具体的な発言を可能な限り正確に記録します(録音・録画,メモ,防犯カメラ映像の保全を含みます。)。可能な限り,一人で対応させません(指針4⑴ロ)。
- 悪質性の一次評価一次対応者が,あらかじめ定めた判断基準(3-2)に照らし,二次窓口へのエスカレーションの要否を判断します。現場での対応が困難な場合は,本社・本部等へ情報共有し,指示を仰ぎます。行為者が立ち去り連絡先も不明なときは,行為者からの聴取は不要で,周囲の労働者からの聴取や録音・録画等の客観的証拠で確認します(解釈事項問12)。
- 二次窓口による法的評価法務・コンプライアンス部門が,行為の継続性・悪質性・被害の程度を総合評価し,警告文の発出,サービス提供の停止,出入り禁止,警察通報,仮処分の申立てのいずれを取るかを決定します。法的な手続が必要な場合は,弁護士に相談します(指針4⑴ロ)。措置は,あらかじめ定めた対処の方針に基づいて実施の可否を判断します。悪質な事案でも,出入り禁止等を必ず講じなければならないわけではありません(解釈事項問15)。
- 措置の実施決定した措置を実施します。警告文の発出では,書面の保存と発送記録を残します。サービス提供の停止・出入り禁止では,根拠となる契約条項・利用規約・法令上の制限を確認します。
- 事後フォロー被害を受けた労働者へのケア(担当者の変更,配置転換,産業保健スタッフ等によるメンタルヘルス相談)と,再発防止策の社内共有を行います(指針4⑶ロ・ハ)。被害者が休業した場合は,本人が希望するときに,原職又は原職相当職へ復帰できるよう積極的に支援することも含まれます(施行通達)。
3-2 悪質性判断の考慮要素
指針2⑸は,社会通念上許容される範囲を超えるか否かを,「言動の内容」と「手段や態様」に着目して総合的に判断するとしています。いずれか一方のみが許容範囲を超える場合も該当し得ます。考慮要素は,次のとおりです。
- 言動の目的
- 言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む,言動が行われた経緯や状況(事業主や労働者側の不適切な対応が,言動の原因や背景になっていないか)
- 業種・業態,業務の内容・性質(各業法上のサービス提供義務の有無等)
- 言動の態様・頻度・継続性(強い苦痛を与える言動は,1回でも就業環境を害し得ます〔指針2⑹〕。)。
- 労働者の属性や心身の状況,行為者との関係性
次の事情は,指針が列挙する要素ではなく,当事務所が実務上の検討事項として加えるものです。他の顧客・従業員への影響の程度,録音・記録等の客観的証拠の有無,過去の同種の言動の有無です。
3-3 記録・証拠保全と個人情報保護法
録音・録画は,指針が対処の例として挙げています(指針4⑴ロ)。個人情報保護法との関係は,次の4点に整理できます。
- 利用目的の特定と通知・公表録音に氏名が含まれる等,特定の個人を識別できる場合は個人情報に当たります。この場合は,利用目的をできる限り特定し,本人に通知又は公表する義務があります(個人情報保護法第17条第1項,第21条第1項)。事実関係の確認に使う場合があることも,利用目的として特定し,通知又は公表する必要があります(解釈事項問9)。
- 公表の方法プライバシーポリシー等に利用目的を記載し,自社ホームページのトップページから1回程度の操作で到達できる場所に掲載する方法が示されています(解釈事項問9)。施行通達は,個人情報保護法等を遵守した録音・録画の例として,「サービス品質の向上」「通話内容の確認」などお客様対応等のためであることを伝えたうえで電話の内容を録音すること,「防犯カメラ作動中」と掲示したうえで防犯カメラを設置すること(顔識別機能付きカメラの場合は,顔識別機能を用いていることも明示すること)を挙げています。
- その場での告知と同意録音・録画していることを,その場で顧客等に伝える義務までは含まれません。ただし,偽りその他不正の手段による取得は禁止されます(個人情報保護法第20条第1項)。カメラの設置状況等から,本人が取得を容易に認識できない場合は,認識できる措置(掲示等)が必要です(解釈事項問10)。その場で同意を得て録音・録画することも,遵守した対応の例とされています(同問)。
- 要配慮個人情報顧客等が自ら口頭で述べた要配慮個人情報は,本人から適正に直接取得する場合,提供をもって取得への同意があったと解されます(通則ガイドライン3-3-2)。本人の同意なく取得・第三者提供できる例外(個人情報保護法第20条第2項,第27条第1項)の当てはめは,個別に確認してください。
そのほか,記録・証拠保全では,次の点に留意します。
- 対面対応は,可能な範囲で複数名で行い,後日の「言った言わない」の争いを防ぎます。
- 警告文・サービス提供停止の通知等は,配達証明付き郵便等,送付の事実を客観的に証明できる方法で送付します。
- 記録は,労災請求・訴訟に発展した場合の重要な証拠となります。個人情報保護に配慮しつつ,一定期間保存するルールを定めます(保存期間は,12項のFAQを参照してください。)。
3-4 実施上の留意点
- 障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律上の不当な差別的取扱いの禁止と合理的配慮の提供義務にも留意が必要です。顧客等との建設的対話を重ねる対応が求められます(指針4柱書)。
- 顧客等からの苦情の全てがカスハラに当たるわけではありません(指針2⑴)。「悪質」かどうかは,要求の内容,手段・態様及び就業環境への影響を踏まえて判断します。
- 実施の可否は,事案ごとに法的評価を行う体制(二次窓口)で慎重に判断してください。特に重大な事案では,実施前に弁護士等の専門家へご相談ください。
警告文・契約解除通知の文例は,1-2で案内した文例集をご参照ください。
3-5 よくある失敗・NG対応3例
| NG対応 | 何が問題か・リスク | 改善の方向 |
|---|---|---|
| 現場の独断で出入り禁止を告げる | 契約条項や業法上の義務の確認がないため,債務不履行や逆提訴を招くおそれがあります。 | 二次窓口が,方針と根拠を確認したうえで決定し,書面で通知します。 |
| その場を収めるため,労働者に謝罪や土下座を求める | 労働者の尊厳を損ない,使用者の責任が問われるおそれがあります(10項の甲府市・山梨県事件)。 | 対象を限定した謝罪にとどめ,非を認める判断は事実確認後に行います(厚労省マニュアル4.2.2(1))。 |
| 窓口を設けたが,相談を受けても事実確認や措置を行わない | 窓口の形骸化により,雇用主の責任が問われるおそれがあります(10項のイビケン事件)。 | 相談受付後の期限と担当を定め,対応経過を記録します。 |
4 研修プログラムの設計例
この項の結論
研修は,管理職向け,現場向け,相談窓口担当者向けで内容を分けて設計すると,対象ごとの役割に即した内容になります。座学に加え,ロールプレイ等で対応を体験させる方法は,社内研修の一例として検討できます。
指針は,方針と対処の内容を周知するための研修・講習等(指針4⑴イ②,ロ③)と,相談窓口の担当者に対する研修(指針4⑵ロ③)を,措置の例として挙げています。研修の頻度を定めた規定は確認できません。方針や対処の内容の周知は,顧客対応のない部署を含む全ての労働者が対象です(解釈事項問8・更問)。施行通達は,効果的な研修の方法として,定期的に実施する,調査を行う等職場の実態を踏まえて実施する,部門に分けて実施する,労働者の経験年数や顧客対応の頻度に応じて実施方法を工夫する,といった例を挙げています。
4-1 管理職向け研修の内容例
- カスハラの定義(3つの要素)と,正当な申入れとの区別
- エスカレーション判断(一次→二次窓口への引き継ぎ基準)
- 被害を受けた部下への配慮(担当者の変更,配置転換,産業保健スタッフ等によるメンタルヘルス相談の案内)
- 被害を受けた部下を一方的に非難しないこと,事態の収拾のために安易に謝罪を求めないこと(10項の甲府市・山梨県事件)
- 抑止措置(警告文の発出・サービス提供の停止等)の判断プロセスと法的留意点
4-2 現場(一般従業員)向け研修の内容例
- カスハラの典型例(指針2⑸の例)の共有
- 初動対応の基準(管理監督者への直ちの報告,一定時間の経過をもって退店を求める・電話を切る基準等)
- 被害を受けた場合の報告手順・証拠保全方法
- 一人で対応を抱え込まないための社内ルールの周知
厚労省マニュアルは,拘束的な言動への対応例として,対応できない旨を告げても膠着状態に至ってから30分程度を超える場合にお引き取りを願う例を挙げています。この時間は一例で,各企業が業種・業態を踏まえて決めるものとされ,身の危険を感じた場合は,定めた時間に達する前でも警察通報等をためらわないこととされています(同マニュアル4.2.2(2))。
4-3 相談窓口担当者向け研修の内容例
- 該当するか微妙な場合やおそれの段階でも,広く相談を受け付ける姿勢(指針4⑵ロ)
- 相談者の心身の状況や受け止めへの配慮(二次被害の防止を含みます。)。
- 相談者等のプライバシー保護と,相談等を理由とする不利益取扱いの禁止
- 関係部門・外部窓口へ引き継ぐ手順
労働者が自社の商品・サービスを理解し,顧客等への対応力を高める研修も,指針が望ましい取組として挙げています(指針6⑴イ)。
5 研修効果の測定方法
この項の結論
研修は実施するだけでなく,運用状況を把握して見直すことが重要です。理解度テストや受講率の集計等は,指針が測定方法として挙げるものではなく,当事務所が提案する社内の確認方法です。
指針は,措置の運用状況の的確な把握と必要な見直しを,望ましい取組として挙げています(指針6⑵)。運用状況の把握・見直しの方法として,次のような確認を社内で設定することが考えられます。
- 研修後の理解度テスト・アンケートにより,カスハラの定義や初動対応の基準の理解度を確認する
- 研修受講率(対象者に対する受講者の割合)を集計し,未受講者へのフォローアップを行う
- 実際の相談件数・対応事例の傾向(研修前後の変化)を年次で確認する
- ロールプレイ形式の研修では,対応の適切さについて講師・法務部門からフィードバックを行う
6 相談記録票のフォーマット例・プライバシー保護
この項の結論
相談窓口が受け付けた内容を一貫した様式で記録すると,事後対応,証拠保全,集計・分析が容易になります。あわせて,相談者等のプライバシー保護と,相談等を理由とする不利益取扱いの禁止を,指針どおり定めて周知する必要があります(指針4⑸)。
指針は,必要に応じて事案の内容や対応経緯を記録し,個人情報の取扱いに留意して関係部門に共有し,再発防止に活用することを例示しています(指針4⑶ハ)。次の記録項目は,指針が列挙するものではなく,当事務所が実務上の例として整理したものです。
| 記載項目 | 記載内容の例 |
|---|---|
| 受付日時・受付窓口 | 相談を受け付けた日時,一次/二次いずれの窓口が対応したか |
| 相談者情報 | 氏名,所属部署,連絡先(プライバシーに配慮した管理を行う) |
| 事案の概要 | 発生日時・場所,相手方(顧客等)の属性,言動の具体的内容 |
| 証拠の有無 | 録音,メモ,防犯カメラ映像等の保全状況 |
| 対応状況 | 一次対応の内容,二次窓口へのエスカレーションの有無とその理由 |
| 決定した措置 | 警告文の発出,サービス提供の停止,出入り禁止,警察通報等の実施の有無と内容 |
| 事後フォロー | 相談者へのケアの内容(配置転換,メンタルヘルス相談の案内等) |
6-1 個人情報管理のポイント
- 相談記録は,苦情対応や安全配慮義務の履行という正当な業務目的の範囲内で取得・利用します。取得するときは,利用目的をできる限り特定し,あらかじめ公表していない場合は,取得後速やかに,本人に通知又は公表する必要があります(個人情報保護法第17条第1項,第21条第1項)。行為者である顧客等の情報は,利用目的を通知又は公表することにより事業者の権利又は正当な利益を害するおそれがある場合(業務妨害行為を行う悪質者の情報を取得する場合等)は,通知等が不要とされています(同法第21条第4項第2号,通則ガイドライン3-3-5(2))。
- プライバシーには,性的指向・ジェンダーアイデンティティ等の機微な個人情報も含まれます(指針4⑸イ)。アクセス権限を人事・法務の一部に限定し,漏洩防止措置を講じてください。
- プライバシー保護の措置は,マニュアルへの明記,相談窓口担当者への研修,措置を講じていることの社内周知が例示されています(指針4⑸イ)。
- 施行通達は,「相談者等の情報」に顧客等の情報は含まれないとしています。ただし,顧客等の個人情報についても,個人情報保護法及び「雇用管理に関する個人情報保護に関するガイドライン」に基づき,適切に取り扱う必要があることは当然とされています(施行通達)。
- 警察等の捜査機関からの照会(刑事訴訟法第197条第2項)や,検察官及び裁判官等からの裁判の執行に関する照会(同法第507条)への回答は,「法令に基づく場合」(個人情報保護法第27条第1項第1号)に当たり,本人の同意は不要です。要配慮個人情報を提供する場合も同様です(個人情報保護委員会Q&A Q7-17,通則ガイドライン3-1-5(1)事例1)。同Q&Aは,これらの照会が回答すべき義務を課すものと解され,同意なく回答しても民法上の不法行為を構成することは通常考えにくいため,一般に回答すべきであるとしています。ただし,本人との間の争いを防止するため,照会に応じるときは,照会した捜査官等の役職・氏名を確認し,提供したことを後日説明できるようにしておく必要があります(同Q&A)。これは,争いが生じたときに説明できるようにする趣旨であり,照会があった事実を顧客等に自発的に知らせることまで求めるものではありません(当事務所の理解)。捜査への支障のおそれがあるため,顧客等から問い合わせを受けた場合の回答方法は,あらかじめ社内で定めておくことを勧めます(当事務所の意見)。照会日時や回答内容の記録も,併せて残してください。
- 警察等の任意の求めに応じて提供する場合は,国の機関が法令の定める事務を遂行することに協力する必要があり,かつ,本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるときに限り,同意なく提供できます(個人情報保護法第27条第1項第4号,通則ガイドライン3-1-5(4)事例2)。事業主が自発的に警察へ通報して提供する場合は,人の生命,身体又は財産の保護のために必要がある場合であって,本人の同意を得ることが困難であるとき(同項第2号)に当たるかを個別に検討します。いずれの要件にも当たらない場合は,本人の同意が必要です。
- 弁護士への提供は,態様ごとに整理が異なります。弁護士会照会(弁護士法第23条の2)に応じる場合は,「法令に基づく場合」(個人情報保護法第27条第1項第1号)に当たります(通則ガイドライン3-1-5(1)事例5)。自社が弁護士に相談・依頼するために提供する場合は,個人データの取扱いの委託に伴う提供(同条第5項第1号)に当たるかを検討します。当たらない場合は,個人が特定できない形に整理して相談する方法も検討してください。共同利用(同項第3号)は,通常は想定されません(当事務所の意見)。
- 不審者や悪質なクレーマー等による不当要求の被害等を防止するために事業者が保有している,当該行為を行った者を本人とする個人データは,その存否が明らかになることにより違法又は不当な行為を助長し,又は誘発するおそれがあるもの(個人情報保護法施行令第5条第2号)として,保有個人データの対象から除かれる場合があります(同法第16条第4項,通則ガイドライン2-7(2)事例2)。該当性は個別に確認してください。
個人情報の提供の可否が争われた裁判例として,次のものがあります。いずれも,カスハラの事案ではありません。
| 判決 | 事案・判断 |
|---|---|
| 最高裁判所第二小法廷2003年(平成15年)9月12日判決(早稲田大学江沢民講演会事件・上告審。平成14年(受)第1656号) 東京高等裁判所2004年(平成16年)3月23日判決(同事件・差戻審。平成15年(ネ)第4719号) | 大学が,主催する講演会の参加申込者の学籍番号,氏名,住所,電話番号を,警視庁の要請に応じて,申込者の同意なく警視庁に提出した事案です。最高裁は,これらの情報もプライバシーに係る情報として法的保護の対象となると判断しました。そのうえで,開示をあらかじめ明示して承諾を求めることは容易であり,それが困難であった特別の事情がうかがわれない本件では,無断で警察に開示した行為は,プライバシーを侵害するものとして不法行為を構成するとして,原判決の該当部分を破棄し,差し戻しました(反対意見2名)。差戻審は,無断開示は不法行為を構成するとして,学生1人につき慰謝料5,000円の支払を命じました(弁護士費用は認めていません。)。開示自体に警備等の正当な理由があり,開示された情報の秘匿性が高くなかったこと,申込者に講演を妨害する目的があったと推認されることなどが,金額の判断で考慮されています。警察の要請に応じる場合でも,法令上の根拠がなく,同意を得ることが容易なときは,同意を得る必要があることを示す例です(当事務所の整理)。 |
| 最高裁判所第三小法廷1981年(昭和56年)4月14日判決(前科照会事件。昭和52年(オ)第323号) | 弁護士会照会(弁護士法第23条の2)を受けた区長が,照会事由が「中央労働委員会,京都地方裁判所に提出するため」とあるにすぎないのに,漫然と応じて前科及び犯罪経歴のすべてを報告した事案です。最高裁は,これを過失による公権力の違法な行使に当たると判断しました(上告棄却。補足意見,反対意見あり)。法令に基づく照会であっても,要配慮個人情報のように要保護性が高い情報は,照会事由と回答範囲を確認して慎重に対応する必要があることを示す例です(当事務所の整理)。 |
| 東京地方裁判所2021年(令和3年)7月19日判決(平成28年(ワ)第21338号,平成29年(ワ)第39531号) | 銀行が,捜査関係事項照会を受けて預金口座の取引履歴を提供した行為が,プライバシー侵害に当たるかが争われた事案です。判決は,照会を受けた公私の団体は,情報主体の同意を前提とせず,照会元の捜査機関に対して報告義務を負うとしました。刑事訴訟法第197条第2項の照会は,(当時の)個人情報保護法第23条第1項第1号の「法令に基づく場合」に当たるとして,銀行の提供はプライバシーを侵害するものとは認められないと判断し,請求を棄却しました。この判決に対しては,控訴がされたことが判例誌に掲載されています(金融・商事判例1656号,銀行法務21 910号)。控訴審の結果と確定の状況は,本記事作成時点で確認できていません。 |
6-2 不利益取扱いの禁止の明文化
- 労働者がカスハラの相談をしたこと,事実関係の確認等に協力したこと,都道府県労働局への相談・紛争解決の援助の求め・調停の申請を行ったこと等を理由として,解雇その他不利益な取扱いをされない旨を定め,労働者に周知・啓発する必要があります(指針4⑸ロ,法第33条第2項)。
- 就業規則その他の服務規律を定めた文書に規定する方法が例示されています(指針4⑸ロ①)。派遣労働者も対象で,派遣先事業主も不利益な取扱いをしてはなりません(指針2⑶)。
7 パワハラ対応との違い早見表
この項の結論
カスハラ対応は,既存のパワハラ防止措置と共通する部分が多い一方,相手方が組織外の「顧客等」である点に起因する相違点があります。
相手方が組織外の第三者であるため,懲戒権が及ばず,録音等の客観的記録の重要性も高まります。厚労省マニュアルも,会社と顧客等の間に雇用関係がないため,社内のハラスメントのような懲戒等の直接的な措置は取れず,警察への通報や法的な手続を行うことになると整理しています(同マニュアル4.4.3)。
旧パワハラ指針(令和2年厚生労働省告示第5号)は,顧客等からの著しい迷惑行為への対応を,第7項で「望ましい取組」と位置づけていました。令和8年厚生労働省告示第53号による改正後のパワハラ指針(令和8年10月1日適用)は,第6項までで構成され,この第7項を置いていません。顧客等の言動について事業主に措置義務を課しているのは,カスハラ指針です(法第33条第1項,指針4)。
| 観点 | パワハラ対応 | カスハラ対応 |
|---|---|---|
| 行為者との関係 | 同一事業主内の労働者間 | 顧客等(組織外の第三者) |
| 行為者への対応 | 就業規則等に基づく懲戒その他の措置を講ずることが,措置の内容に含まれる(パワハラ指針4⑴ロ,⑶ハ) | 顧客等には懲戒権が及ばず,警告文の発出・サービス提供の停止・出入り禁止等が中心。改正法は,事業主に行為者への新たな権限を与えるものではない(解釈事項問17)。行為者が他社の労働者の場合は,その事業主への協力要請等が加わる(指針4⑶イ,5) |
| 抑止措置 | パワハラ指針の措置(4⑴〜⑷)に,カスハラ指針4⑷に相当する区分はない | 対処の方針の事前策定・周知・体制整備が措置義務として明示されている(指針4⑷) |
| 相談窓口 | 他のハラスメントと一体的に設置し,一元的に相談に応じる体制が望ましい(パワハラ指針5⑴) | 一体的な設置は妨げられないが,必須ではない。上司等を担当者とすることも考えられる(指針4⑵,解釈事項問11) |
| 立証の困難性 | 組織内の関係者から証言を得やすい | 相手方が組織外のため,録音等の客観的記録の重要性がより高い |
8 施行後の対応スケジュール例
この項の結論
措置義務は施行日から課されているため,未整備の事業主は速やかに着手してください。下記は,着手の優先順位に関する当事務所の意見であり,法定の期限や所要期間を示すものではありません。
| 優先度 | 対応内容 |
|---|---|
| 直ちに | 現状点検,方針の明確化・周知,相談窓口の設置・周知(指針4⑴イ,⑵イ) |
| 早期に | 抑止措置の対処方針の策定,顧客対応マニュアルの整備,就業規則等の改定案の作成 |
| 次いで | 就業規則等の改定手続,研修の実施(管理職向け・現場向け・相談窓口担当者向け),規程・マニュアルの周知と記録 |
| 運用開始後 | 相談件数の集計,窓口利用の実態やアンケートによる初回のレビュー,以後の定期的な見直し(指針6⑵) |
すでに整備済みの事業主は,施行日時点の内容が指針4⑴〜⑸に沿っているかを点検し,不足分のみを補ってください。
9 自己点検チェックリスト
この項の結論
次の項目のうち,「はい」と答えられない事項は,未整備のおそれがあります。
- 方針(毅然とした対応・労働者の保護)を,顧客対応のない部署を含む管理監督者・全労働者に周知しているか
- 相談窓口を定めて周知し,該当するか微妙な場合やおそれの段階でも相談できる体制になっているか
- 窓口の担当者が適切に対応できるよう,関係部門との連携,マニュアル,研修を整えているか
- 抑止措置の発動フロー(記録→一次評価→二次評価→実施→事後フォロー)を明文化しているか
- 各業法上のサービス提供義務や,障害者差別解消法上の合理的配慮に留意した対処方針になっているか
- 悪質性判断の考慮要素を社内で共有しているか
- 相談者等のプライバシー保護と,相談等を理由とする不利益取扱いの禁止を定め,周知しているか
- 管理職・現場・相談窓口担当者向けで内容を分けた研修を実施しているか
- 録音・録画を行う場合に,利用目的を特定し,通知又は公表しているか
- 相談件数の集計と定期見直しを行う体制があるか
「いいえ」と答えた項目のうち,自社で進められるものと,弁護士への相談が有効なものの分け方は,11項で整理しています。
10 裁判例に学ぶ対応の分水嶺
この項の結論
カスハラを直接の争点とした裁判例は多くありませんが,対策の有無・実効性が安全配慮義務違反等の有無を分けた例があります。一方,対応を誤って責任が認められた例もあります。いずれも改正法の施行前の事案です。
10-1 対策の実効性が評価され責任が否定された例
| 判決 | 事案・判断 |
|---|---|
| 東京地方裁判所2018年(平成30年)11月2日判決(まいばすけっと事件) | スーパーのレジ担当の従業員が,客から暴言等を受けたとして,客と会社に損害賠償を請求した事案です(平成29年(ワ)第29254号)。請求は,客に対するもの,会社に対するものとも棄却されました。判決は,客の言動により原告が精神的な傷害を被ったとは認められないとしました。会社の責任についても,原告が主張した①正社員の配置,②深夜に正社員を急行させる体制の整備,③早期の入店拒否措置のいずれも,義務とは認めませんでした。会社は,苦情対応の具体的方法を記載した入社テキストの配布・指導,電話相談窓口(サポートデスク)の設置,緊急連絡先の掲示,緊急通報ボタンの設置と周知,深夜帯の2名以上の配置を行っていました。③については,穏便な措置から順次実施して効果を上げていた点が評価されています。なお,トラブルの原因に従業員側の応対の問題もあったこと等の個別事情も,結論に影響しています。 |
| 横浜地方裁判所川崎支部2021年(令和3年)11月30日判決(NHKサービスセンター事件・第一審) 東京高等裁判所2022年(令和4年)11月22日判決(同事件・控訴審) 最高裁判所第一小法廷2023年(令和5年)5月10日決定(同事件・上告不受理) | コールセンターの労働者が,視聴者のわいせつ発言や暴言等について,会社の安全配慮義務違反を主張した事案です。第一審は,視聴者対応マニュアルの配布に加え,「猥褻電話の対応手順」が周知され,わいせつ電話は転送指示を待たずに直ちに上司(SV)へ転送でき,同日の2回目以降は担当者の判断で即切断できることが定められていたこと,SV・CCによる通話のモニタリング,メンタルヘルス相談,ストレスチェックが行われていたことを総合考慮し,安全配慮義務違反を否定しました。原告が求めた刑事・民事の法的措置をとる義務も,認められていません。理由として,受託者の立場であることや,視聴者の反感を買いかえってクレームが増えるおそれがあること等が挙げられています。控訴審(令和3年(ネ)第5582号)は,第一審判決を相当として控訴を棄却しました。会社が,わいせつ電話はミュートのうえ直ちにSVへ転送でき,同日の2回目以降は担当者の判断で即切断できるとの対応ルールを定めていたことを認定し,法的措置をとる必要が具体的にあったのに怠ったとは認め難いと判断しています。上告審では,最高裁第一小法廷が,上告を受理しない旨の決定をしています(令和5年(受)第631号。原判決は,この東京高等裁判所令和3年(ネ)第5582号の判決です。)。なお,本件の主な争点は定年後の継続雇用の可否で,原告が視聴者に感情的に反撃したことが就業規則違反とされました。カスハラに関する判断は一部です。 |
10-2 対応の不備・不適切な対応で責任が認められた例
| 判決 | 事案・判断 |
|---|---|
| 甲府地方裁判所2018年(平成30年)11月13日判決(甲府市・山梨県(市立小学校教諭)事件) | 犬に咬まれた教諭が,児童の保護者に賠償保険の利用を求めたところ,保護者らが抗議した事案です。校長は,保護者らの要求が理不尽であるのに,事実関係を冷静に判断せず,専らその場を収めるために安易に行動し,教諭を一方的に非難して理由のない謝罪を強い,翌朝に一人で保護者宅へ謝罪に行くよう指示しました。判決は,これをパワーハラスメントに当たり不法行為を構成すると判断しました。休業中の教諭への対応(本人の了解なく主治医に照会した等),公務災害認定請求に必要な災害状況報告書を作成しなかったこと等も不法行為とされ,甲府市・山梨県に,連帯して295万9251円の賠償が命じられました(慰謝料100万円等を含みます。)。慰謝料は,教諭に既往歴があったため,請求額から減額されています。公立学校の事案であり,国家賠償法に基づく請求です。顧客等からの理不尽な要求の場面で,管理職が労働者を守らず謝罪を強いる対応が,使用者側の責任を生じさせるおそれがあることを示す例です。 |
10-3 相談窓口の位置づけに関する例(親会社の責任は否定)
| 判決 | 事案・判断 |
|---|---|
| 最高裁判所第一小法廷2018年(平成30年)2月15日判決(イビケン(旧イビデン建装)元従業員ほか事件・上告審) 名古屋高等裁判所2016年(平成28年)7月20日判決(同事件・控訴審) 岐阜地方裁判所大垣支部2015年(平成27年)8月18日判決(同事件・第一審) | カスハラの事案ではありません。グループ会社の従業員から,つきまとい等を受けた契約社員の相談への対応が争われました。第一審(岐阜地方裁判所大垣支部)は請求を棄却しましたが,名古屋高裁が請求の一部を認容し(連帯220万円),最高裁は,親会社の責任の部分について原判決を破棄しました。最高裁は,親会社が相談窓口を設けて周知し,現に対応していた場合,申出の具体的状況によっては,体制の内容や相談内容に応じて適切に対応すべき信義則上の義務を負う場合があると解されるとしました。もっとも,本件では,窓口制度が申出者の求める対応を義務づけるものではなかったこと,相談内容が退職後の事業場外の行為で職務執行に直接関係しないこと,申出時点で被害者と行為者が同じ職場になく,行為から8箇月以上経過していたことから,義務違反はないとして,親会社の責任を否定しました。一方,名古屋高裁は,上司が相談を受けながら事実確認も措置も行わなかった雇用主(契約社員の勤務先)の債務不履行責任等を認めており,この部分は最高裁の判断の対象ではありません。窓口を設けた以上,相談を形骸化させずに対応する必要があることを示唆する例として参考になります(当事務所の意見)。 |
- 法・指針の措置義務の施行後に,指針の措置の実施状況が裁判所の判断にどう影響するかは,裁判例の蓄積を待つ必要があり,現時点では不明です。
- 具体的な義務の程度は業種や職務内容により異なります。自社への当てはめは,当事務所の弁護士等の専門家にご相談ください。
11 弁護士に依頼するメリット
この項の結論
事業主は,法令・指針に沿った規程,相談対応,事実確認,被害者への配慮,再発防止及び悪質事案への対応を整える必要があります。これらの具体的な設計や,抑止措置の適法性の判断については,事案に応じて弁護士への相談を検討してください。
場面ごとに整理すると,次のとおりです。
| 場面 | 自社で進めやすいこと | 弁護士への相談が有効になりやすいこと |
|---|---|---|
| 規程・マニュアル | 現行の規程とマニュアルを棚卸しし,未整備の項目の原案を作る。 | 就業規則等の法令適合性や文言の妥当性を確認する。抑止措置の発動基準を検討する。 |
| 悪質な顧客への対応 | 言動を記録し,録音等を保全する。発動フローに沿って初動を行う。 | 警告文の発出,サービス提供の停止,出入り禁止の可否と文面を,契約条項や関係法令に照らして判断する。必要に応じて,仮処分の申立ても検討する。 |
| 相談対応・事実確認 | 窓口で相談を受け,事実確認と被害者への配慮を行う。 | 難しい事案や,労災請求の兆候がある場合に,事実調査と証拠保全の進め方を決め,対応の相当性を評価する。 |
右欄は,弁護士にしか行えない作業を示すものではありません。
自社での判断が難しい場合は,個別の法律相談をご利用いただけます。顧問契約で,平時から相談できる体制を整える方法もあります。労務体制の整備については,「労務体制を整備し,企業を強くするためのサポートプラン」をご覧ください。
12 よくある質問(FAQ)
この項の結論
FAQでは,着手の順序,窓口の設計,抑止措置の実施,録音・録画,記録の保存期間などの実務上の疑問を整理します。
13 まとめ
カスハラ防止措置は,2026年(令和8年)10月1日に施行されています。未整備の事業主は,方針の明確化・周知と相談窓口の設置から着手し,抑止措置の方針策定,顧客対応マニュアルと就業規則等の整備,研修を並行して進めてください。相談窓口は3段階の役割分担,抑止措置は5段階の発動フローをそれぞれ明文化しておくことが,紛争予防の観点から有用です。いずれも当事務所の設計例であり,指針が求める構成ではありません。
裁判例上も,対策の実効性が責任の有無を分ける傾向にあります。自社の対応状況を9項のチェックリストで点検し,不足がある場合は速やかに着手してください。次の一歩として,現行の規程とマニュアルの棚卸し(1-2の1番目の手順)から始めることをお勧めします。
ハラスメント全般への対応は,「ハラスメントに関する取扱分野」でも整理しています。
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- カスハラ防止措置の義務化とは|2026年10月施行・対象事業者と4つの措置対象事業者と4つの措置の全体像,行政指導・公表のリスクを確認できます。
- 業種別カスハラ対応マニュアル|小売・医療・コールセンター等の実務ポイント業種ごとの対応の違いと,実務上の留意点を確認できます。
- カスハラ対応文例集|警告書・契約解除通知・示談書・就業規則のひな形警告書,契約解除通知,就業規則の規定例を確認できます。
- 人事労務対応コンサルティング人事労務の課題に弁護士が関与する支援の内容を確認できます。
- 労務体制を整備し,企業を強くするためのサポートプラン労務体制全般の整備を継続的に支援する,サポートプランの案内です。
カスハラ対応のご相談の前に整理しておくとよい資料
カスハラ防止措置の整備や,個別の事案への対応について,専門家への相談を検討される場合は,次の資料を手元にご用意いただくと,状況の整理が進めやすくなります。
- 現行の就業規則,服務規律を定めた文書,顧客対応マニュアル
- 相談窓口の設置状況(担当者,周知の方法)がわかる資料
- 過去のクレーム・カスハラ事案の記録(個人情報に配慮したもの)
- 現場で想定している対処(警告,出入りの禁止等)の運用メモ
- 事業所の所在地,業種,労働者数(派遣労働者の有無を含みます。)
相談窓口・就業規則の整備のご相談
相談窓口や就業規則・マニュアルの法令適合性の確認,抑止措置の発動基準の検討について,随時ご相談を受け付けております。書面の確認など具体的な対応が必要な場合は,対応範囲及び弁護士報酬を事前にご案内いたします。
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