業種別カスハラ対応マニュアル|小売・医療・コールセンター等の実務ポイント

業種別カスハラ対応マニュアル|小売・医療・コールセンター等の実務ポイント

~厚労省業種別マニュアル準拠の当てはめ方/自社の業種に応じた対応の分岐点~

カスハラの態様と実務対応は業種によって大きく異なりますが,厚生労働省の指針及び業種別マニュアルが求める4つの措置義務(方針明確化・相談体制・事後対応・不利益取扱い禁止)と抑止措置の骨格は,業種を問わず共通です。小売業では緊急通報ボタンと複数名体制,コールセンターでは即時転送・切断ルールと録音,医療・介護では応召義務との調整,飲食・宿泊業では酔客対応と宿泊拒否事由,金融機関では反社対応部門との連携,BtoB取引では取引先担当者からの言動も対象となる点が,それぞれの業種における実務対応の特徴です。

※労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律(令和7年法律第63号,2025年(令和7年)6月11日公布,2026年(令和8年)10月1日施行,以下改正後の労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律を「改正法」といいます。)

厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」及び業種別マニュアル(スーパーマーケット業編等)

甲府地方裁判所2018年(平成30年)11月13日判決(甲府市・山梨県〔市立小学校教諭〕事件)

制度の詳細は①制度編,実務対応の進め方は②実務編を参照

【この記事の結論】
  • 業種によって想定されるカスハラの態様や取りうる対応の選択肢は異なりますが,指針が求める4つの措置義務(方針明確化・相談体制・事後対応・抑止措置)は,2026年10月1日から法律上の義務となります。
  • 医療・宿泊・金融・自治体等,業種特有の法的制約(応召義務,宿泊拒否事由,説明義務等)がある業種では,一般的な対応方針をそのまま適用できない場合があり,個別の確認が必要です。
  • BtoB取引先からの言動も改正法上のカスハラの対象となりえ,取引先対応の実務にも注意が必要です。
  • 本記事は8業種を例示するものであり,自社の業種が完全に一致しない場合も,記録化・複数名対応・エスカレーション体制という共通原則を自社の業務フローに当てはめて検討してください。
  • 制度の全体像は①制度編,実務対応の進め方は②実務編,警告文等の文例は④文例集をご覧ください。

この記事はこんな方におすすめです

  • 自社の業種特有のカスハラ場面と対応のポイントを具体的に把握したい経営者の方や現場責任者の方
  • 医療・宿泊・金融・自治体等,業種特有の法的制約がある分野でカスハラ対応マニュアルを整備したい担当者の方
  • BtoB取引先からの過度な要求への対応方針を検討したい法務・調達担当者の方
  • 厚生労働省の業種別マニュアルの内容を自社マニュアルに反映したい人事・総務担当者の方

主要用語の定義

応召義務とは,医師が正当な事由なく診療を拒んではならないとされる医師法上の義務をいいます。

宿泊拒否事由とは,旅館業法上,宿泊施設の経営者が宿泊を拒むことができる場合として定められた事由をいいます。

反社会的勢力とは,暴力団員等,暴力,威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団又は個人をいいます。

1.業種別対応の考え方(共通原則)

📌 この章の結論

業種によって顧客との接触形態や被害の生じやすい場面は異なりますが,共通の4措置を業種の実情に応じて具体化するという考え方は共通しています。

厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」及び業種別マニュアル(スーパーマーケット業編等)は,業種によって顧客との接触形態(対面・電話・訪問等),被害の生じやすい場面,可能な対応手段が異なることを前提に,共通の4措置を業種の実情に応じて具体化することを求めています。以下の8業種は例示であり,自社の業種がこれらに完全に一致しない場合も,共通原則(記録化・複数名対応・エスカレーション体制の整備)を自社の業務フローに当てはめて検討してください。東京都内においては,全国に先駆けて2025年4月1日から「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」が施行されています。

2.小売業の対応例

📌 この章の結論

小売業では,緊急通報ボタン等の設置による一人対応の回避と,出入り禁止基準の事前共有が実務上のポイントです。

小売業では,レジ対応・返品交換・接客時のクレームが典型的な場面です。

  • 緊急通報ボタンやインカムの設置により,店舗スタッフが一人で対応を抱え込まない体制を整える
  • 「明らかに欠陥のない商品の交換要求」「土下座の要求」等,指針が例示する典型的なカスハラ行為を接客マニュアルに明記し,現場での判断基準とする
  • 深夜・早朝等,人員が手薄になる時間帯は複数名体制やエリアマネージャーへの即時連絡ルートを確保する
  • 悪質な迷惑行為の常習者や威嚇的な顧客については,出入り禁止措置の判断基準をあらかじめ店舗運営部門と法務部門で共有しておく

3.コールセンター・電話対応業務の対応例

📌 この章の結論

コールセンターでは,即時転送・通話終了ルールの事前策定と,録音による証拠保全が実務上のポイントです。

コールセンターでは,わいせつ発言・暴言・長時間拘束が典型的な場面です。

  • わいせつ発言や暴言と判断した場合の即時転送・通話終了ルールをあらかじめ策定し,オペレーターの判断負担を軽減する
  • 通話の録音(社内規程に基づく告知の要否を含む)を行い,後日の事実確認・証拠保全に備える
  • 長時間の入電が続いた場合の対応時間の上限目安を定め,上長への引き継ぎ基準を明確化する
  • 専門カウンセラーによるメンタルヘルス相談やストレスチェック後の産業医面接など,オペレーターの心理的負荷に対するケア体制を整備する

4.医療・介護の対応例

📌 この章の結論

医療・介護では,患者側の疾患・障害特性への配慮と,応召義務との関係整理が他業種と異なる特有の論点です。

医療・介護の現場では,患者・利用者本人からの言動に加え,その家族からの言動も問題となりやすく,また患者側の疾患・障害特性への配慮が必要な場面もある点が他業種と異なります。

  • 患者・利用者からの言動が,疾患や障害の症状に起因するものか,それ以外の要因によるものかを見極めたうえで対応方針を検討する(症状に起因する場合は,カスハラとしての対処よりも医療・ケア上の対応が優先される場合がある)
  • 暴言・暴力を受けた場合の報告ルートを,通常の医療安全管理体制(インシデントレポート等)と連携させる
  • 家族からの過度な要求・クレームについては,事務部門・相談員が窓口となり,現場の医療・介護従事者が単独で対応しない体制とする
【要確認】 著しい暴言や暴力がある場合,医師法上の応召義務における「正当な事由」として受診を拒否できる可能性があることが厚労省指針等で示されています。ただし,サービスの性質上,一律の提供拒否は困難な場合が多いため,個別の事案については,当事務所の弁護士等の専門家へ相談することを強くお勧めします。

5.飲食・宿泊業の対応例

📌 この章の結論

飲食・宿泊業では,酔客対応の基準策定と,宿泊拒否の判断における旅館業法との関係整理が実務上のポイントです。

飲食・宿泊業では,対面での接客時間が長く,アルコールが関係する場面や,口コミ・レビューサイトへの投稿をちらつかせた威圧が典型的な場面です。

  • 酔客対応については,提供の中止・退店を求める基準をあらかじめ定め,複数名で対応する体制を整える
  • 「低評価レビューを投稿する」等の言辞で不当な値引き・無償サービスを要求された場合の対応方針(要求に応じない旨の周知)を明確化する
  • 宿泊業では,フロント対応者が一人にならない時間帯(深夜等)の体制や,警備員・セキュリティとの連携ルートを確保する
【要確認】 常習的な迷惑行為を行う利用者について,2023年12月に施行された改正旅館業法に基づき,特定要求行為を繰り返す者への宿泊拒否が可能です。宿泊を拒否した場合は,理由や日時等を記した記録を3年間保存する法的義務があります。個別の事案は当事務所の弁護士等の専門家にご確認ください。

6.金融機関の対応例

📌 この章の結論

金融機関では,説明義務との関係の見極めと,反社会的勢力対応の切り分けが実務上のポイントです。

金融機関(銀行・証券・保険等の窓口業務)では,手続の可否をめぐるクレームや,長時間の居座り,複数回にわたる同一内容の電話が典型的な場面です。

【要確認】 正当な指摘かカスハラかの見極めは,改正法指針が示す「3要素(職場・言動・社会通念)」の基準に照らして判断します。個別の事案は当事務所の弁護士等の専門家にご確認ください。
  • 法令・社内規程上,対応できない手続について,その理由を明確に説明できるよう,窓口担当者向けのトークスクリプトを整備する
  • 店舗内での長時間の居座りについては,警備員への連絡基準や,対応時間の目安をあらかじめ定める
  • 反社会的勢力との関係が疑われる場合は,通常のカスハラ対応フローとは別に,反社対応部門・専門機関(警察,暴力追放運動推進センター等)への連携ルートを確保する

金融商品の勧誘・説明義務との関係で,クレームが正当な指摘(説明不足等)に基づくものかどうかを慎重に見極める必要があります。

7.教育機関の対応例

📌 この章の結論

教育機関では,管理職同席の原則化と,「その場しのぎ」の謝罪要求への対応が実務上のポイントです。

学校・教育機関では,保護者からの過度な要求や,部活動・進路指導等をめぐる長時間のクレームが典型的な場面です。

甲府地方裁判所2018年(平成30年)11月13日判決(甲府市・山梨県〔市立小学校教諭〕事件)
校長が教諭に対して正当な理由なく保護者への謝罪を強いた行為を違法(不法行為)と認定した重要な事案です。
  • 教員個人が単独で保護者対応を抱え込まないよう,管理職(校長・教頭等)が同席する体制を原則とする
  • 「その場しのぎ」の謝罪要求に応じることが,かえって不適切な対応と評価されうる点を管理職研修で共有する
  • 面談の際は,日時・場所をあらかじめ調整し,必要に応じて複数名で対応する運用とする

私立学校では労働施策総合推進法上の措置義務の対象,公立学校では設置者(自治体等)による同様の体制整備が求められる点に留意してください。

8.公共サービス窓口(自治体等)の対応例

📌 この章の結論

公共サービス窓口では,サービス提供の一方的な停止が困難な場合が多く,2026年10月の改正法施行を見据えた組織的な体制整備と記録の統一が実務上のポイントです。

自治体窓口等の公共サービスでは,「顧客等」に相当する住民等からの言動について,サービスの性質上,提供の一方的な停止が難しい場面がある点が特徴です。

【要確認】 2026年10月の改正法施行により,自治体も正式にカスハラ防止措置義務の対象となります。行政サービスの公共性を踏まえつつ,職員の安全を確保するため,窓口の分離や警備員の配置など,組織的な体制整備を優先してください。
  • 住民票交付等,行政サービスの性質上,利用(サービス提供)自体を拒否することが困難な場合が多く,抑止措置は警察通報や窓口対応の分離が中心となる
  • 複数の職員による対応,庁舎内の警備員・警察官OB等の配置など,組織的な体制整備を優先する
  • 住民対応記録の様式を統一し,同一人物による反復的な迷惑行為を組織的に把握できるようにする

地方公共団体は労働施策総合推進法上の「事業主」として本義務の対象になりますが,行政サービスの公共性から,抑止措置の内容(サービス提供の停止等)は民間事業者と異なる考慮を要する場合があります。

9.BtoB取引先対応の対応例

📌 この章の結論

BtoB取引では,「顧客」ではなく取引先の担当者からの言動も対象になりうる点,及び契約解除時の信義則上の制約が実務上のポイントです。

BtoB取引では,「顧客」ではなく取引先の担当者からの言動が問題となる点が特徴です。

  • 改正法上のカスハラは「顧客等」に取引の相手方を含むため,発注者・取引先からの過度な叱責や理不尽な要求も対象となりえます
  • 自社が被害を防ぐだけでなく,自社の役員・従業員が取引先の従業員に対してカスハラを行わないよう注意を払う責務も改正法指針で示されています
  • 下請取引がある場合は,中小受託取引適正化法(取適法)等の規律とも重複しうるため,法務部門による横断的な確認が必要です
  • 取引先との関係悪化を懸念して社内で対応を先送りしない体制(相談したことを理由とする不利益取扱いの禁止を含む)を整える
【注意】 契約解除や取引停止は,取引基本契約上の解除条項や継続的取引の解消に関する裁判例上の制約(信義則上の予告期間等)との関係で慎重な検討を要します。実施前に必ず弁護士へご相談ください。

10.業種別比較表

業種典型的な場面特徴的な対応特に留意すべき点
小売業レジ対応,返品交換緊急通報ボタン,複数名体制,出入り禁止基準深夜・早朝の人員体制
コールセンターわいせつ発言,長時間拘束即時転送・切断ルール,録音,メンタルケア録音の告知要否の社内ルール
医療・介護患者・利用者及び家族からの言動医療安全管理体制との連携,家族窓口の分離応召義務との関係(4章)
飲食・宿泊業酔客対応,レビュー投稿による威圧退店基準の明確化,複数名対応,深夜体制宿泊拒否事由との関係(5章)
金融機関手続可否クレーム,長時間居座りトークスクリプト整備,警備員連携,反社対応部門との連携説明義務との関係の見極め(6章)
教育機関保護者からの過度な要求,長時間クレーム管理職同席の原則化,複数名対応「その場しのぎ」対応の回避(7章)
公共サービス窓口住民等からの反復的な迷惑行為組織的な体制整備,警備員・警察OB配置サービス提供停止の困難性(8章)
BtoB取引先発注者からの叱責・過度な要求法務部門による横断確認,不利益取扱い禁止の徹底契約解除時の信義則上の制約(9章)

11.自己点検チェックリスト

  • 自社の業種における典型的なカスハラの場面を洗い出しているか
  • 業種特有のリスク(応召義務,宿泊拒否事由,説明義務,取引継続性等)を踏まえた対応方針を検討しているか
  • 業種別マニュアル(厚労省公表分)を確認し,自社マニュアルに反映しているか
  • 反社会的勢力対応など,通常のカスハラ対応フローとは別ルートが必要な事案の切り分け基準があるか

12.よくある質問(FAQ)

Q1.業種別マニュアルはどこで入手できますか。
A.厚生労働省が業種別(スーパーマーケット業編等)のカスタマーハラスメント対策企業マニュアルを順次公表しています。最新の公表状況は厚生労働省のウェブサイトでご確認ください。
Q2.医療機関で悪質な患者の受診を断ることはできますか。
A.著しい暴言や暴力がある場合,医師法上の応召義務における「正当な事由」として受診を拒否できる可能性があることが厚労省指針等で示されています。ただし,サービスの性質上,一律の提供拒否は困難な場合が多いため,個別の事案については,当事務所の弁護士等の専門家へ相談することを強くお勧めします。
Q3.取引先の担当者からの過度な要求もカスハラになりますか。
A.改正法上のカスハラは「顧客等」に取引の相手方を含むため,要件を満たせば該当しえます。詳細は本記事9章をご覧ください。
Q4.宿泊業で問題のある利用者の次回予約を断ることはできますか。
A.改正旅館業法に基づき,特定の迷惑行為(カスハラ)を繰り返す利用者については,宿泊を拒否することが可能です。具体的な対応は,当事務所の弁護士等の専門家にご相談ください。
Q5.金融機関の窓口対応が反社会的勢力に関わる場合,通常のカスハラ対応フローで足りますか。
A.反社会的勢力への対応は,通常のカスハラ対応とは別に,専門部署や警察,暴力追放運動推進センター等との連携が必要になる場合が多く,両者を区別した社内フローの整備をお勧めします。
Q6.保護者からの理不尽な要求に対し,教員が個人的に謝罪してしまった場合はどうなりますか。
A.管理職が「その場しのぎ」で謝罪を求めた事案では,後の裁判例で不法行為と評価された例があります(②実務編10章参照)。個人の謝罪ではなく,組織としての事実確認と対応を優先する体制が重要です。
Q7.自治体窓口で迷惑行為を繰り返す住民に,サービス提供を拒否できますか。
A.行政サービスの根幹に関わる利用を完全に拒否することは原則として困難ですが,著しい迷惑行為に対しては,組織的な対応や庁舎管理権に基づく制限(退去命令等)が可能です。具体的な対応は,当事務所の弁護士等の専門家にご相談ください。

13.弁護士へ相談すべき場面・相談のタイミング

📌 この章の結論

業種特有の法的制約(応召義務,宿泊拒否事由,説明義務,契約解除の制約等)が絡む場面では,一般的な対応方針だけでは判断できないため,個別事案の発生前後を問わず早期の専門家関与が有効です。

本記事は業種別の当てはめの考え方を整理したものであり,個別の事案への適用は自社の契約関係・業界規制によって結論が異なりえます。次のような場面では,特に早期の弁護士相談をお勧めします。

  • サービス提供の停止・契約解除・出入り禁止等,相手方との関係を断つ措置を検討する場面
  • 反社会的勢力が疑われる事案で,通常のカスハラ対応フローとは別の専門的対応が必要な場面
  • BtoB取引先との契約解除・取引停止を検討する場面

制度の全体像は①制度編,実務対応の進め方は②実務編,警告文・契約解除通知の文例は④文例集で解説しています。

14.まとめ

業種によってカスハラの態様や取りうる対応は異なりますが,指針が求める4つの措置義務は,2026年10月1日から法律上の義務となります。自社の業種が本記事の8業種に完全に一致しない場合も,記録化・複数名対応・エスカレーション体制という共通原則を自社の業務フローに当てはめて検討することが出発点となります。

医療・宿泊・金融・自治体・BtoB取引等,業種特有の法的制約がある場面では,一般論だけで判断せず,個別の事案ごとに専門家へ相談することをお勧めします。就業規則の規定例・警告文の文例は④文例集をご覧ください。

免責事項

本記事は,掲載時点の法令,指針,裁判例等に基づき,一般的な法的情報を提供することを目的として作成しています。個別の事案では,事実関係や証拠等によって結論が異なるため,本記事は法的助言を目的とするものではありません。また,法令の改正,裁判例の変更等により,掲載内容が変更される場合があります。具体的な事案については,当事務所の弁護士へお気軽にご相談ください。

執筆・監修

日本橋法律特許事務所 代表弁護士 中山泰章(第二東京弁護士会所属)

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