〜非違行為が発覚してから処分を決めるまでに確認すべき,調査・弁明・処分選択の実務〜
懲戒解雇は,重大な非違行為に対する制裁として行う解雇であり,懲戒処分の中で最も重い処分です。労働契約法第15条(懲戒)と第16条(解雇)の両方の規制を受けるため,就業規則上の根拠,懲戒事由への該当性,処分の相当性,手続の適正が,順に審査されます。非違行為が発覚した直後は,懲戒解雇をすぐに決めるのではなく,証拠の保全,就業規則の確認,本人の弁明の聴取を経て,懲戒解雇・諭旨解雇・より軽い処分・退職勧奨のいずれを選ぶかを判断することが重要です。無効と判断された場合には,解雇期間中の賃金(バックペイ)の支払い,退職金の請求,損害賠償への対応を迫られるおそれがあります。また,解雇予告の除外認定や退職金の不支給・減額には,懲戒解雇の有効性とは別の判断が必要です。本記事は,調査から通知までの実務の流れと,判断を誤りやすい点を,裁判例を踏まえて整理します。
- 懲戒解雇は,懲戒処分(労働契約法第15条)であると同時に解雇(同法第16条)でもあります。就業規則上の根拠,懲戒事由への該当性,処分の相当性,手続の適正を,順に確認します。
- 就業規則に懲戒の種類と事由が定められ,労働者に周知されていることが前提です。形式的に懲戒事由に当たるだけでは足りず,精神的な不調など本人の事情への配慮や,処分時に把握した事実の特定も問われます。
- 懲戒解雇であっても,解雇予告や退職金の不支給が当然に許されるわけではありません。予告なしの即時解雇には労働基準監督署長の除外認定が必要であり,退職金の不支給・減額は,背信性の程度から別途判断されます。
- 無効とされると,バックペイ,退職金の請求,損害賠償への対応が必要になるおそれがあります。ただし,無効であることから直ちに不法行為が成立するわけではありません。
- 退職勧奨で合意退職を目指す選択肢もありますが,「応じなければ懲戒解雇にする」と告げるには,懲戒解雇が現実に有効と見込める事案であることが前提です。告げ方を誤ると,退職の意思表示が強迫や錯誤を理由に争われるおそれがあります。
- 通知や面談の前に,就業規則の根拠,証拠,弁明の機会,相当性を確認してください。予備的な普通解雇の意思表示を併せて行うかどうかも,通知前に決める必要があります。
目次
- 1 懲戒解雇とは何か|普通解雇・諭旨解雇との違い
- 2 懲戒解雇が有効となるための要件
- 3 解雇予告と除外認定の実務
- 4 退職金の不支給・減額
- 5 懲戒解雇が無効となったときの企業のリスク
- 6 裁判例に学ぶ判断の分かれ目
- 7 懲戒解雇か退職勧奨(合意退職)か
- 8 実務の流れ|調査・弁明・処分選択・通知
- 9 よくある失敗・NG対応
- 10 自己点検チェックリスト
- 11 弁護士へ相談すべき場面と依頼できる業務
- 12 よくある質問(FAQ)
- 13 まとめ
根拠法令・参照資料
※労働契約法(平成19年法律第128号。以下「労契法」といいます。)第15条(懲戒),第16条(解雇)。労働基準法(昭和22年法律第49号。以下「労基法」といいます。)第19条第2項,第20条,第22条,第89条第9号,第91条。民法(明治29年法律第89号)第95条,第96条,第536条第2項,第709条。
厚生労働省「労働契約法の施行について」(平成24年8月10日付け基発0810第2号)。
解雇予告除外認定に関する通達(昭和23年11月11日付け基発第1637号,昭和31年3月1日付け基発第111号。事務所から提供された本文で確認)と,厚生労働省の解説(「スタートアップ労働条件」,岩手労働局の解説資料)。
厚生労働省「確かめよう労働条件」の裁判例解説(退職金不払い,退職勧奨,中間収入の控除)。厚生労働省「解雇を不法行為と構成する損害賠償請求に係る裁判例」(2016年(平成28年)6月6日,第7回透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会資料No.2)。
裁判所ウェブサイトの判決原文で確認した裁判例:最高裁判所第二小法廷2003年(平成15年)10月10日判決(平成13年(受)第1709号),同2012年(平成24年)4月27日判決(平成23年(受)第903号),同1960年(昭和35年)3月11日判決(昭和30年(オ)第93号)。判例データベースの判決全文(事務所から提供された資料)で確認した裁判例:最高裁判所第一小法廷1996年(平成8年)9月26日判決(平成8年(オ)第752号),同1980年(昭和55年)7月10日判決(昭和52年(オ)第405号),同2025年(令和7年)4月17日判決(令和6年(行ヒ)第201号),最高裁判所第二小法廷1962年(昭和37年)7月20日判決(昭和36年(オ)第189号,同第190号),東京高等裁判所2003年(平成15年)12月11日判決(平成14年(ネ)第6224号),東京地方裁判所2002年(平成14年)11月15日判決(平成14年(ワ)第2003号),静岡地方裁判所2005年(平成17年)1月18日判決(平成15年(ワ)第22号),大阪地方裁判所2013年(平成25年)11月19日判決(平成23年(ワ)第12952号),東京地方裁判所2024年(令和6年)10月22日判決(令和5年(ワ)第9422号)。
本文で紹介する裁判例は,いずれも判決原文で確認しています。
上記は,2026年(令和8年)10月20日時点で確認した内容に基づきます。
この記事はこんな方におすすめです
- 従業員の非違行為が発覚し,懲戒解雇を検討している経営者の方や人事・総務担当者の方
- 懲戒解雇,諭旨解雇,退職勧奨のうち,どれを選ぶべきかの判断基準を知りたい法務担当者の方
- 懲戒解雇が無効となった場合の,バックペイや退職金などのリスクを把握したい経営者の方
- 就業規則の懲戒規定や退職金規程が,処分に耐えられるかを点検したい人事担当者の方
- 退職勧奨や退職合意書を進める際の注意点を確認したい管理職の方
主要用語の定義
懲戒解雇とは,従業員の企業秩序違反に対する制裁として,使用者が一方的に労働契約を終了させる懲戒処分をいいます。
諭旨解雇(諭旨退職)とは,懲戒解雇に相当する事案で,本人に退職届の提出を促し,応じた場合は退職として扱う懲戒処分をいいます。具体的な内容は,会社の就業規則によって異なります。
解雇予告除外認定とは,労働者の責に帰すべき事由に基づく解雇などについて,解雇予告を要しないことを,労働基準監督署長が認定する手続をいいます(労基法第20条第1項ただし書・第3項)。
バックペイとは,解雇が無効と判断された場合に,解雇日以降の賃金として使用者が支払うべき賃金をいいます。
退職勧奨とは,使用者が労働者に対し,自発的に退職するよう促す行為をいい,労働者は応じる義務を負いません。
予備的普通解雇とは,懲戒解雇が無効と判断された場合に備え,懲戒解雇の意思表示と併せて,予備的に行う普通解雇の意思表示をいいます。
1 懲戒解雇とは何か|普通解雇・諭旨解雇との違い
この項の結論
懲戒解雇とは,重大な企業秩序違反に対する制裁として行う解雇であり,懲戒処分の中で最も重い処分です。懲戒処分としての規制(労契法第15条)と,解雇としての規制(同法第16条)の両方を受けるため,要件を一つずつ確認する必要があります。
1-1 懲戒解雇の位置づけ
懲戒解雇は,従業員が企業秩序に違反したときに,その制裁として使用者が行う解雇です。戒告,減給,出勤停止,降格などの懲戒処分の中で,最も重い処分とされています。横領,重大なハラスメント,長期の無断欠勤,経歴詐称,情報漏洩といった悪質な非違行為が発覚したとき,経営者の方がまず思い浮かべる処分でしょう。
懲戒解雇には,懲戒処分としての側面と,解雇としての側面があります。懲戒処分としては,労契法第15条により,行為の性質及び態様その他の事情に照らして,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,権利の濫用として無効とされます。解雇としては,同法第16条が,同じ基準で解雇権の濫用を規制しています。
厚生労働省の通達(平成24年8月10日付け基発0810第2号)は,労契法第15条の「懲戒」が,労基法第89条第9号の「制裁」と同義であると説明しています。同号により,懲戒の定めをする場合には,その種類及び程度を就業規則に記載する必要があります。
実務上,懲戒解雇には,予告期間を置かない即時解雇や,退職金の不支給・減額が伴うことが多いとされます。ただし,懲戒解雇であることから,即時解雇や退職金の不支給が当然に許されるわけではありません。いずれも,別個に要件を確認する必要があります(3項,4項)。
なお,経営上の理由による人員削減のための解雇(整理解雇)は,本人の非違行為を理由としない点で,懲戒解雇とは性質が異なります。整理解雇については,「整理解雇」をご覧ください。
1-2 普通解雇・諭旨解雇との比較
懲戒解雇,諭旨解雇,普通解雇は,目的も,根拠も,本人への影響も異なります。次の表は,一般的な整理です。諭旨解雇の内容は,会社の就業規則によって異なります。
| 項目 | 懲戒解雇 | 諭旨解雇 | 普通解雇 |
|---|---|---|---|
| 性質 | 企業秩序違反に対する制裁として行う解雇 | 懲戒解雇に相当する事案で,本人に退職届の提出を促し,応じた場合は退職として扱う処分 | 債務不履行(能力不足,勤務不良等)などを理由とする労働契約の解約 |
| 根拠 | 就業規則の懲戒の種類・事由(労契法第15条) | 就業規則の懲戒の種類・事由(労契法第15条) | 就業規則の解雇事由(労契法第16条) |
| 予告 | 即時解雇も可能。ただし,除外認定等の要件がある(3項) | 退職届による退職か,解雇かで異なる。就業規則を確認する | 原則として30日前の予告又は予告手当 |
| 退職金 | 不支給・減額とする定めを置くことが多いが,当然には認められない(4項) | 一部を減額する定めを置く例がある | 規程に従って支給されるのが通常 |
| 本人への影響 | 再就職に重大な不利益が生じる | 懲戒解雇より小さいが,処分歴は残る | 比較的小さい |
懲戒解雇は,本人の再就職にも重大な影響を及ぼすため,有効性は厳しく審査されます。普通解雇との使い分けは「普通解雇」,諭旨解雇の制度設計は「諭旨解雇」で整理しています。
2 懲戒解雇が有効となるための要件
この項の結論
懲戒解雇が有効となるには,①就業規則上の根拠,②懲戒事由への該当性,③処分の相当性,④手続の適正の4点を満たす必要があります。いずれかを欠くと,無効とされるおそれがあります。
2-1 判断の枠組み
懲戒解雇の有効性は,労契法第15条を中心に判断され,解雇としての性質から,第16条の規制も受けます。実務で確認すべき主な要件は,次のとおりです。
- 就業規則上の根拠懲戒の種類と事由が,あらかじめ就業規則に定められ,労働者に周知されていること。
- 懲戒事由への該当実際の行為が,定められた懲戒事由に当たること。
- 相当性行為の内容,程度,動機,被害の大きさ,本人の反省,過去の処分例などに照らして,懲戒解雇という最も重い処分が重すぎないこと。
- 手続の適正事実調査を尽くし,本人に弁明の機会を与えること。
このほか,同じ行為について二度処分しないこと(二重処罰の禁止)や,同種の事案との均衡を保つこと(平等取扱い)も,懲戒の一般的な原則として重視されます。
2-2 就業規則上の根拠と周知
使用者が労働者を懲戒するには,あらかじめ就業規則に懲戒の種類と事由を定めておく必要があります。最高裁は,懲戒解雇の事案で,「使用者が労働者を懲戒するには,あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する」と述べました。あわせて,就業規則が拘束力を生ずるためには,「その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要する」と判示しています(最高裁判所第二小法廷2003年(平成15年)10月10日判決,フジ興産事件)。同事件で最高裁は,就業規則の周知の手続が採られたことを認定しないまま懲戒解雇を有効とした原審の判断を是認できないとして,原判決を破棄し,差し戻しました。
就業規則を点検するときは,次の点を確認します。
- 懲戒の種類(戒告,減給,出勤停止,降格,諭旨解雇,懲戒解雇など)が定められているか
- 懲戒解雇の事由が具体的に定められ,問題となる行為がこれに当たると読めるか
- 非違行為の時点で,その規定が存在し,周知されていたか(事後に新設した規定を遡って適用していないか)
- 周知の方法(掲示,イントラネットへの掲載,書面の配布など)と時期を,記録で示せるか
常時10人未満の労働者を使用する事業場には,労基法第89条の就業規則の作成・届出義務はありません。しかし,懲戒をする以上は,あらかじめ懲戒の種類と事由を定め,周知しておく必要があると考えられます。
2-3 懲戒事由への該当性
就業規則に規定があっても,問題の行為が懲戒事由に当たらなければ,懲戒解雇はできません。「横領の疑い」の段階ではなく,調査で認定できた事実が,どの条項に当たるのかを特定する必要があります。
懲戒事由の当てはめが問題となった最高裁の事案として,日本ヒューレット・パッカード事件があります。精神的な不調から,加害者集団による盗撮や盗聴などの嫌がらせを受けていると認識した労働者が,業務への支障や情報漏洩の危険を理由に,有給休暇を消化した後も約40日間欠勤し,会社が「正当な理由のない無断欠勤」を理由に諭旨退職の懲戒処分をした事案です。最高裁は,使用者は「精神科医による健康診断を実施するなどした上で」,「その診断結果等に応じて,必要な場合は治療を勧めた上で休職等の処分を検討し,その後の経過を見るなどの対応を採るべきであり」,上記欠勤は「正当な理由のない無断欠勤に当たらないものと解さざるを得ず」,処分は「就業規則所定の懲戒事由を欠き,無効である」と判断しました(最高裁判所第二小法廷2012年(平成24年)4月27日判決)。
懲戒解雇ではなく諭旨退職の事案ですが,非違行為の背景に健康上の問題がうかがわれる場合は,処分の前に受診や休職の検討を行う必要があることを示す点で,懲戒解雇の判断にも参考になります。
また,処分の時点で使用者が認識していなかった非違行為を,後から懲戒の理由として加えることは,原則として認められません。懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は,特段の事情のない限り,その懲戒の理由とされたものではなく,その存在をもって懲戒の有効性を根拠付けることはできないとされています(最高裁判所第一小法廷1996年(平成8年)9月26日判決,山口観光事件)。下級審にも,従業員を下請職人からの金銭の授受(82万円)を理由に懲戒解雇した後,訴訟で,その後の金銭の流用という別の事由を追加して主張したのに対し,解雇理由証明書に記載のない事由の追加を認めなかったものがあります(大阪地方裁判所2013年(平成25年)11月19日判決,退職金等請求事件)。処分の時点で把握している事由は,通知書に具体的に記載することが重要です。
2-4 処分の相当性
懲戒事由に当たる行為があっても,懲戒解雇という最も重い処分が,その行為に見合っているかが問われます。相当性は,次の要素を総合して判断されます。確認する事項と,用いる資料の例を整理しました。
| 考慮要素 | 確認する事項 | 確認に用いる資料の例 |
|---|---|---|
| 行為の内容 | 行為の態様,期間,回数,金額,被害の大きさ | 調査報告書,会計資料,メール,ログ |
| 動機・悪質性 | 私的な利益を得る目的か,隠蔽や虚偽の説明があったか | ヒアリング記録,客観的な証拠 |
| 結果・影響 | 会社の損害,信用への影響,返還や弁償による回復の状況 | 損害額の算定資料,取引先への対応記録 |
| 本人の事情 | 反省の有無,勤続年数,これまでの勤務態度,健康状態 | 人事記録,弁明書,産業医の意見 |
| 使用者の対応 | 事前の注意・指導,教育,管理体制の整備状況 | 指導の記録,研修の記録,社内規程 |
| 先例との均衡 | 同種の事案での処分内容,他の従業員との取扱いの差 | 懲戒処分の台帳(賞罰の記録) |
相当性を欠くとされた例として,前記の大阪地方裁判所2013年(平成25年)11月19日判決は,82万円の授受について,対外的な信用の低下が軽微であること,金額が82万円にとどまり返還の請求もされていないことなどから,懲戒解雇を無効としました。同じ行為であっても,金額,期間,隠蔽の有無,返還の状況によって評価は大きく変わります。主な裁判例は6項で整理します。
「悪いことをしたのだから,懲戒解雇は当然」という発想は,裁判では認められにくいといえます。証拠の質と,処分の相当性が,結論を分けます。
2-5 手続の適正|調査と弁明の機会
処分の前に,事実関係を調査し,本人に弁明の機会を与えることが重要です。就業規則に,懲戒委員会(賞罰委員会)の開催や,労働組合との協議などの手続が定められている場合は,その手続も踏む必要があります。
就業規則に弁明の定めがない場合でも,特段の支障がない限り,弁明の機会を与えることが望ましいと考えられます。他方で,弁明の機会を欠いたことだけで常に懲戒が無効となるわけではないとする裁判例も多く,非違行為や処分の相当性が認められる事案では,無効とするほど重大な手続の違反かどうかが問題になるとされています。もっとも,弁明の機会を欠くことは,相当性を否定する方向の事情になります。弁明の機会は,確実に設けてください。
調査の不十分さは,処分の無効に直結することがあります。事実関係の調査に加えて,前記の日本ヒューレット・パッカード事件のように,本人の健康状態といった背景事情への配慮も求められます。
3 解雇予告と除外認定の実務
この項の結論
懲戒解雇であっても,30日前の予告又は30日分以上の平均賃金(予告手当)が,原則として必要です。予告期間を置かない即時解雇ができるのは,労働者の責に帰すべき事由があり,労働基準監督署長の認定を受ける場合です。
3-1 原則と例外
労基法第20条第1項は,使用者が労働者を解雇しようとするときは,少なくとも30日前にその予告をするか,30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払わなければならないと定めています。ただし,「労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合」には,この義務を負いません(同項ただし書)。この場合は,その事由について,労働基準監督署長の認定(解雇予告除外認定)を受けなければなりません(同条第3項,第19条第2項)。
通達(昭和23年11月11日付け基発第1637号,昭和31年3月1日付け基発第111号)は,「労働者の責めに帰すべき事由」とは,労働者の故意,過失又はこれと同視すべき事由であり,労働者の地位,職責,継続勤務年限,勤務状況等を考慮して総合的に判断するとしています。その上で,認定の対象は,法第20条の保護を与える必要のない程度に重大又は悪質で,30日前に予告させることが当該事由と比較して均衡を失するようなものに限られます。通達が認定すべき事例として挙げるものは,次のとおりです。
- 原則として極めて軽微なものを除き,事業場内における盗取,横領,傷害等の刑法犯に当たる行為(事業場外の行為でも,事業場の名誉・信用を著しく失墜させるなどの場合を含む。)
- 賭博,風紀紊乱等により職場規律を乱し,他の労働者に悪影響を及ぼす場合
- 雇入れの際の採用条件の要素となる経歴の詐称
- 他の事業場への転職
- 原則として2週間以上,正当な理由なく無断で欠勤し,出勤の督促にも応じない場合
- 出勤不良又は出欠常ならず,数回にわたって注意を受けても改めない場合
認定は,就業規則に定める懲戒解雇事由に拘束されず,総合的かつ実質的に判断されるとされています。通達の事例に当たる事実があっても,上記の均衡を欠くときは認定されません。したがって,「懲戒解雇事由に当たること」と「除外認定の対象となること」は,別の判断です。また,認定を受けたからといって,解雇が民事上有効であることが保証されるわけではありません。
3-2 認定を受けずに即時解雇をした場合
予告期間を置かず,予告手当も支払わないで解雇の通知をした場合について,最高裁は,その通知は「即時解雇としては効力を生じない」としています。ただし,使用者が即時解雇に固執する趣旨でない限り,通知後30日の期間を経過するか,通知後に予告手当を支払ったときに,そのいずれかの時点から解雇の効力が生ずるとしています(最高裁判所第二小法廷1960年(昭和35年)3月11日判決,細谷服装事件)。
認定を受けないまま即時解雇を強行すると,予告手当の未払いや,解雇の効力が生ずる時期をめぐって,紛争になるおそれがあります。除外事由が客観的に存在すれば,認定がなくても予告手当が不要となるかについては,事案によって争いが生じ得ます。確実性を重視するなら,次のいずれかで対応することが,実務上の安全策です。
- 解雇の前に,労働基準監督署長へ除外認定を申請し,認定を受けてから通知する(調査に時間を要する場合があるため,申請の時期に留意する。)
- 認定を待たずに解雇する場合は,予告手当を併せて支払うか,30日前に予告する
なお,予告手当を支払っても,懲戒解雇そのものの有効性が補われるわけではありません。予告に関する対応と,処分の相当性の検討は,別に行う必要があります。
4 退職金の不支給・減額
この項の結論
退職金を不支給又は減額とするには,退職金規程等に根拠が必要です。懲戒解雇が有効でも,不支給が当然に認められるわけではなく,過去の勤続の功を抹消又は減殺するほどの重大な背信行為があるかどうかで判断されます。
4-1 判断の枠組み
退職金には,賃金の後払い的な性格と,功労報償的な性格があるとされています。そのため,就業規則や退職金規程に「懲戒解雇の場合は不支給とする」と定めていても,その規定に該当する事実があるだけでは足りず,それまでの勤続の功を抹消するほどの重大な背信行為があるかどうかが問われます。懲戒解雇の有効性と,退職金の不支給の可否は,別々に判断されます。
4-2 裁判例にみる不支給・減額の判断
私生活上の非違行為が問題となった事案では,電鉄会社の社員が,過去に同種の行為で処分を受けていたにもかかわらず,痴漢行為に及んで逮捕・起訴され,懲役4月(執行猶予3年)の判決を受けて懲戒解雇されました。会社は退職金規程に基づき退職金を全額不支給としましたが,東京高等裁判所は,懲戒解雇自体は有効としつつ,全額の不支給は認めず,退職金(9,208,451円)の3割(2,762,535円)を支給すべきと判断しました(東京高等裁判所2003年(平成15年)12月11日判決)。同判決は,全額を不支給とするには「永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為」が必要であり,職務外の非違行為の場合は,会社の名誉信用を著しく害し,現実的な損害を生じさせるなど,犯罪行為に匹敵するような強度な背信性が必要であるとの考え方を示しています。第一審の東京地方裁判所(2002年(平成14年)11月15日判決)は,全額不支給を有効としており,審級によって判断が分かれました。
また,保険営業職員が名義借契約等を理由に懲戒解雇され,退職金が不支給とされた事案で,東京地方裁判所は,懲戒解雇を有効としつつ,退職金の全額不支給は認めず,退職金(9,997,000円)の3割に当たる2,999,100円の請求を認めました。判決は,退職金には賃金の後払い的性格があるため,不支給とするには「それまでの勤続の功を抹消又は減殺するほどの著しい背信行為」が必要であり,本件はその勤続の功を一定程度減殺するにとどまると判断しています(東京地方裁判所2024年(令和6年)10月22日判決,退職金等請求事件)。
なお,公務員の事案ですが,最高裁は,市営バスの運転手が乗客5人分の運賃のうち1,000円を着服し,電子たばこを乗務中に5回使用したことなどを理由に懲戒免職となり,退職手当等(12,114,214円)が全部不支給とされた事案で,退職手当の不支給は管理者の裁量に委ねられており,「社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したと認められる場合」に違法となるとした上で,全部不支給を違法とした原審の判断に,法令の解釈適用の誤りがあるとしました(最高裁判所第一小法廷2025年(令和7年)4月17日判決)。公務員の退職手当に関する判断であり,民間企業の退職金規程の効力判断に,そのまま当てはまるものではありません。
4-3 規程の整備と運用のポイント
退職金の不支給・減額を実効性のあるものとするには,規程の設計と,個別の事案での運用の両方が重要です。
- 根拠条項の明確化懲戒解雇の場合に,退職金の全部又は一部を支給しない旨を,退職金規程(又は就業規則)に明記します。
- 全部不支給と一部不支給の区別全部を不支給とする場合のほか,一部を支給する場合や,諭旨解雇の場合の取扱いを分けて定めておくと,事案に応じた判断がしやすくなります。
- 退職後に判明した非違行為在職中の懲戒解雇に相当する行為が退職後に判明した場合の不支給・減額や,支給済みの退職金の返還請求を,規程に定める例があります。ただし,実際の適用には,背信性についての個別の判断が必要です。
- 賃金の後払い的性格との関係退職金が基本給や勤続年数に基づいて機械的に算定され,賃金の後払い的性格が強い場合は,不支給や減額が制限されるおそれがあります。
- 不支給の理由の記録不支給や減額とする理由(行為の内容,勤続年数,損害の程度,返還の状況など)を,決定の過程とともに記録に残します。
5 懲戒解雇が無効となったときの企業のリスク
この項の結論
懲戒解雇が無効とされた場合,企業は,解雇期間中の賃金(バックペイ)の支払い,労働契約上の地位の回復,退職金の請求への対応を迫られるおそれがあります。損害賠償責任は,無効であることから直ちに生じるわけではなく,別途判断されます。
5-1 バックペイの支払いと復職
解雇が無効であれば,労働契約は継続しているため,解雇日以降の賃金(バックペイ)の支払いを命じられます。民法第536条第2項は,債権者(使用者)の責めに帰すべき事由によって債務(労務の提供)を履行できなくなったときは,債権者は反対給付(賃金の支払い)を拒むことができないと定めています。復職の問題も生じ,訴訟が長期化するほど,支払うべき賃金は積み上がります。
解雇期間中に,労働者が他社で収入(中間収入)を得ていた場合は,その一部を控除できます。最高裁は,控除の範囲について,平均賃金の6割は保障されるべきものとして控除の対象とならず,控除は平均賃金の4割を限度とする考え方を示しています(最高裁判所第二小法廷1962年(昭和37年)7月20日判決(昭和36年(オ)第190号),同日判決(昭和36年(オ)第189号))。実際の控除額は,個別の計算が必要です。
5-2 損害賠償責任(不法行為)
懲戒解雇が無効とされても,そのことから直ちに不法行為が成立するわけではありません。諭旨解雇が権利の濫用で無効と確定し,復職した労働者が,解雇から復職までの精神的苦痛について慰謝料1,000万円を請求した事案で,静岡地方裁判所は,権利の濫用の法理は行為の権利行使としての正当性を失わせる法理であり,そこから直ちに不法行為の要件としての過失や違法性を導くものではないとしました。その上で,懲戒解雇(この判決は諭旨解雇を含めて論じています。)が不法行為に当たるのは,解雇が不当,不合理であるというだけでは足りず,次のいずれかに当たる場合であるとの考え方を示しました(静岡地方裁判所2005年(平成17年)1月18日判決)。
- 懲戒解雇すべき非違行為が存在しないことを知りながら,あえて懲戒解雇した場合
- 通常期待される方法で調査すれば解雇事由のないことが容易に判明したのに,杜撰な調査,弁明の不聴取等によって非違事実を誤認し,解雇した場合
- 使用者の裁量を考慮してもなお,懲戒処分の相当性の判断に明白かつ重大な誤りがある場合
この事案で同地裁は,原告に軽微とはいえない就業規則違反(旅行クーポン券の換金など)があり,解雇が原告らへの事情聴取を経て行われていたことなどから,相当性の判断に明白かつ重大な誤りはなく,過失は認められないとして,請求を棄却しました。
調査をおろそかにし,弁明を聴かないまま処分すると,無効に加えて,不法行為の責任も問われるおそれがあります。調査と弁明の記録を残す重要性は,ここにもあります。
5-3 社会的信用への影響|処分の公表
懲戒解雇の事実や理由を,他の従業員や取引先に広く知らせると,名誉毀損やプライバシーの侵害を主張されるおそれがあります。公表が必要な場合も,範囲は必要な関係者に限り,事実に基づいた簡潔な内容にとどめるなど,公表の範囲と方法を慎重に判断してください。処分の公表について,就業規則に定めがあるかも確認が必要です。
6 裁判例に学ぶ判断の分かれ目
この項の結論
裁判例では,就業規則の根拠と周知,懲戒事由への当てはめ,本人の事情への配慮,処分時に把握していた事由,退職金の扱いが,結論を分ける場面になっています。主な裁判例を,判断の分かれ目ごとに整理しました。
| 裁判例 | 事案 | 判断 | 実務上の示唆 |
|---|---|---|---|
| 最高裁判所第二小法廷2003年(平成15年)10月10日判決 フジ興産事件 | 就業規則に基づく懲戒解雇の効力が争われた事案 | 懲戒には,あらかじめ就業規則に懲戒の種別と事由を定め,労働者に周知させる手続が採られていることが必要。周知の認定がないまま有効とした原判決を破棄し,差し戻した | 規定の存在に加えて,周知の方法と時期を記録しておく |
| 最高裁判所第二小法廷2012年(平成24年)4月27日判決 日本ヒューレット・パッカード事件 | 精神的な不調から約40日間欠勤した労働者に対する,無断欠勤を理由とした諭旨退職処分 | 精神科医による健康診断の実施などの対応を採らないまま行った処分は,懲戒事由を欠き無効 | 背景に健康上の問題がうかがわれるときは,処分の前に受診や休職を検討する |
| 最高裁判所第一小法廷1996年(平成8年)9月26日判決 山口観光事件 | 休暇の請求や応接態度等を理由とする懲戒解雇の後に,当時は認識していなかった年齢詐称を,解雇の有効性の根拠として主張した事案(賃金請求事件) | 懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は,特段の事情のない限り,当該懲戒の理由とされたものではなく,その存在をもって有効性を根拠付けることはできない。上告を棄却した | 処分の時点で把握している事由を,通知書に漏れなく具体的に記載する |
| 大阪地方裁判所2013年(平成25年)11月19日判決 退職金等請求事件 | 従業員が,下請職人の報酬として請求させた金銭のうち82万円を自己の口座に送金させたことを理由に懲戒解雇され,賃金と退職金の差額を請求した事案 | 解雇理由証明書に記載のない事由(その後の金銭の流用)の追加を認めず,対外的な信用の低下は軽微で,損害が生じたとしても解雇を正当化するほど重大ではないとして,解雇は相当性を欠き無効。賃金と退職金の差額の支払を命じた | 後から事由を追加する前提に立たず,行為の結果の重大性を踏まえて処分を選ぶ |
| 静岡地方裁判所2005年(平成17年)1月18日判決 損害賠償請求事件 | 無効が確定した諭旨解雇について,復職した労働者が,慰謝料1,000万円を請求した事案 | 解雇が無効でも,直ちに不法行為は成立しない。調査と事情聴取を経ており,相当性の判断に明白かつ重大な誤りもないとして,請求を棄却した | 調査と弁明の聴取を尽くし,記録を残す |
| 東京高等裁判所2003年(平成15年)12月11日判決(控訴審) 東京地方裁判所2002年(平成14年)11月15日判決(第一審) 退職金請求事件 | 電鉄会社の社員が,過去に同種の行為で処分を受けていたにもかかわらず,私生活上で痴漢行為に及んで逮捕・起訴され,懲戒解雇と退職金の全額不支給を受けた事案 | 控訴審は,懲戒解雇は有効としつつ,退職金の全額不支給は認めず,退職金(9,208,451円)の3割(2,762,535円)の支払を命じた。第一審は,全額不支給を有効として請求を棄却した | 懲戒解雇の有効性と退職金の可否は別に判断される。私生活上の行為では,特に背信性が問われる |
| 東京地方裁判所2024年(令和6年)10月22日判決 退職金等請求事件 | 保険営業職員が,名義借契約(契約者に加入の意思がないのに,名義だけを借りて契約を成立させる行為)等を理由に懲戒解雇され,退職金が不支給とされた事案 | 懲戒解雇は有効。ただし,退職金の不支給には「それまでの勤続の功を抹消又は減殺するほどの著しい背信行為」が必要であり,本件は勤続の功を一定程度減殺するにとどまるとして,退職金(9,997,000円)の3割(2,999,100円)の請求を認めた。不法行為の請求は棄却した | 懲戒解雇が有効でも,退職金の全額不支給は,背信性の程度に照らして慎重に判断される |
| 最高裁判所第一小法廷1980年(昭和55年)7月10日判決(上告審) 広島高等裁判所1977年(昭和52年)1月24日判決(控訴審) 国家賠償請求事件 | 公立高校の教諭が,市教育委員会から,長期にわたり繰り返し退職を勧奨された事案 | 控訴審は,回数や期間,発言の内容等から,退職勧奨として許容される限度を超えて退職を強要したものとして,市の賠償責任を認めた。最高裁は,この判断を是認して上告を棄却した | 退職勧奨は任意。面談の回数,期間,態様に留意する(7項) |
整理すると,懲戒解雇の可否は,「規定があるか」だけではなく,「規定が周知されているか」「その事実が事由に当たるか」「処分時にその事由を把握していたか」「重すぎないか」を順に問われます。退職金や損害賠償は,さらに別の判断になります。
7 懲戒解雇か退職勧奨(合意退職)か
この項の結論
悪質な非違行為があっても,まず退職勧奨を行い,合意退職を目指す対応は,実務上珍しくありません。ただし,合意退職を選ぶ場合も,本人の自由な意思が確保されていることが前提であり,懲戒解雇の可能性の示し方には注意が必要です。
7-1 処分の選択肢の比較
非違行為が認定できた場合の主な選択肢は,次のとおりです。過去の処分例との均衡も確認した上で選びます。
| 選択肢 | 位置づけ | 主なメリット | 主な留意点 |
|---|---|---|---|
| 懲戒解雇 | 最も重い懲戒処分 | 企業秩序の維持を明確に示せる | 無効となるリスクが最も大きい。予告と退職金は別に判断が必要(3項,4項) |
| 諭旨解雇 | 退職届の提出を促す懲戒処分 | 本人が受け入れれば,紛争を避けやすい | 応じない場合の取扱いを,就業規則で定めておく必要がある |
| 軽い処分 | 戒告,減給,出勤停止,降格など | 相当性の面でリスクが小さい | 減給には労基法第91条の制限がある。重大な事案では,他の従業員との均衡を欠くと評価されるおそれがある |
| 退職勧奨 | 合意による退職 | 解雇の有効性が争点になりにくく,条件の調整もできる | 自由な意思の確保が必要。応じる義務はなく,拒否されることもある |
7-2 合意退職を選ぶ実務上の意味
退職勧奨によって合意退職を目指すことには,次のような意味があります。
- 紛争リスクの低減合意退職が有効に成立すれば,解雇の有効性が争点となるリスクを下げられます。ただし,合意の有効性(強迫,錯誤など)が争われるおそれは残ります。
- 退職までの期間の短縮訴訟になれば長期化し,その間の対応の負担がかさみます。合意によって早期に決着できれば,経営の負担を軽減できます。
- 条件面の調整懲戒解雇であれば退職金を不支給とするところ,一部を支給する,自己都合退職として扱うなど,事案に応じた落としどころを設計できます。その代わりに,損害賠償や返還の取り決め,再発防止の誓約,守秘義務などを合意書に盛り込めます。
- 本人の将来への配慮懲戒解雇は,本人の再就職に大きく影響します。合意退職であれば,本人も受け入れやすくなります。
損害賠償や返還の取り決めを合意書に定める場合は,従業員に対する使用者の損害賠償請求が,信義則上,一定の限度に制約されるとの考え方があることにも留意が必要です。
7-3 退職勧奨の限度と,懲戒解雇の告げ方
退職勧奨は,労働者に自発的な退職を促す行為であり,労働者は応じる義務を負いません。応じなかったからといって,それだけで労働契約が終了することもありません。公立高校の教諭に対する退職勧奨について,広島高等裁判所は,勧奨の回数が多く長期にわたり,退職するまで勧奨を続けると述べるなど,自由な意思の形成を妨げるものは,退職勧奨として許容される限度を超えるとして,市の損害賠償責任を認め,最高裁判所もこの判断を是認しました(最高裁判所第一小法廷1980年(昭和55年)7月10日判決,広島高等裁判所1977年(昭和52年)1月24日判決,いずれも国家賠償法に基づく請求の事案)。公務員の事案ですが,民間企業の退職勧奨でも,面談の回数,時間,人数,言動の態様が問われ,社会通念上の相当性を超えれば不法行為となります(民法第709条)。
「退職しなければ懲戒解雇にする」と告げて退職を促す場合は,特に注意が必要です。その懲戒解雇が現実に有効と見込める事案でなければ,告知を受けて行った退職の意思表示が,強迫(民法第96条第1項)や錯誤(民法第95条第1項)を理由に取り消されるおそれがあります。
懲戒解雇の可能性を示す場合は,次の点を区別して説明することが望ましいと考えます。
- 現時点で認定できている事実と,該当する可能性がある就業規則の条項
- 懲戒処分の内容は,弁明の聴取を経て決まること(懲戒解雇もあり得るが,決定していないこと)
- 退職するかどうかは,本人が自由に決められること
- 検討のための時間を設け,退職届や合意書の内容を説明すること
面談で伝える内容の一例は,次のとおりです。本例は一般例です。実際には企業ごとの実情に応じた調整が必要です。
「調査の結果,○月○日の行為は,就業規則第○条に当たる可能性があると考えています。会社としては懲戒処分を検討しており,その中には懲戒解雇もあり得ますが,処分の内容は決めていません。あなたの言い分は,別にお聞きします。また,退職するかどうかは,ご自身で決めていただいて構いません。」
なお,非違行為が明らかであるのに,何の処分もしないことは,他の従業員との不公平や,規律の弛緩を招きます。処分の軽重は,社内の公平性とのバランスで決めます。
7-4 合意退職とする場合の合意書
合意退職とする場合も,退職条件について本人の自由な意思が確保されていることが前提です。合意に至る経緯,合意書の内容,退職金その他の給付,清算条項などを具体的に整え,後日の意思表示の瑕疵や合意の範囲をめぐる紛争を避けます。合意書に盛り込む項目の例は,次のとおりです。
- 非違行為の内容と,事実の確認(一定の事実の承認)
- 懲戒解雇の撤回(通知後の場合),合意解約又は自己都合退職の成立と,退職日
- 退職金・解決金の取扱い
- 損害賠償・返還の取り決め
- 再発防止の誓約,清算条項,秘密保持条項,競業避止条項
- 離職理由の取扱い
合意退職の設計と注意点は,「合意退職」で詳しく整理しています。
8 実務の流れ|調査・弁明・処分選択・通知
この項の結論
非違行為が発覚した後は,処分を急いで決めるのではなく,証拠の保全,就業規則の確認,本人の弁明,事実認定,処分の選択,通知の順に進め,各段階で記録を残します。
次の流れは,当事務所が実務上の判断順序として整理したものであり,法定の手順ではありません。本例は一般例です。実際には企業ごとの実情に応じた調整が必要です。
- 事実調査と証拠の保全関係者へのヒアリング,メール・ログ・会計資料の確認,防犯カメラ映像の確保など,客観的な証拠を速やかに集めます。初動で証拠が散逸すると,後から立証できなくなるおそれがあるため,原本の保全を優先します。担当は人事・法務が中心ですが,対象者の上司や関係者は調査から外し,対象者のアクセス権限の制限や自宅待機の要否も,この段階で検討します。自宅待機の命令は,賃金の取扱いが問題となるため,就業規則上の根拠を確認します。保存すべき記録は,収集した証拠の一覧,ヒアリングの記録,調査の経過です。
- 就業規則・規程の確認懲戒の種類(戒告,減給,出勤停止,降格,諭旨解雇,懲戒解雇など)と懲戒事由,懲戒委員会や労働組合との協議などの手続,退職金規程,周知の状況を確認し,該当する条項を検討します。非違行為の時点で存在した規定かどうかも確認します。
- 本人への事情聴取と弁明の機会の付与調査で把握した事実を本人に示した上で,言い分を聴き,弁明の機会を与えます。日時と場所を事前に通知し,内容は書面や録音で記録に残します。弁明を聴いた上で事実認定を行い,不足があれば追加の調査をします。欠勤が続いているなど,健康上の問題がうかがわれる場合は,受診の勧奨なども検討します(2-3)。
- 処分の選択認定した事実を基に,7-1の表の選択肢(懲戒解雇,諭旨解雇,より軽い懲戒処分,退職勧奨)を比較して決定します。行為の内容,結果,反省の有無,これまでの勤務態度,過去の処分例との均衡を確認し,その処分を選んだ理由を書面に残します。
- 解雇予告・除外認定の検討懲戒解雇を選ぶ場合は,即時解雇とするかどうかを決めます。即時解雇とするなら,除外認定の申請,又は予告手当の支払いの方針を決めます(3項)。
- 通知書又は合意書の作成懲戒解雇とする場合は,懲戒解雇通知書に,次の内容を具体的に記載します。
- 適用する就業規則の条項と,懲戒の種類
- 懲戒事由となる事実(日時,場所,行為の内容,関係者など)
- 処分の効力が生ずる日と,退職金の取扱い
- 予告手当を支払う場合は,その旨と金額
- 通知・交付後の対応通知書は,本人に確実に交付し,交付の日時と方法を記録します。本人が解雇の理由について証明書を請求したときは,使用者は遅滞なくこれを交付しなければなりません(労基法第22条第1項。解雇の予告がされた日から退職の日までの間の請求については,同条第2項)。証明書に記載する理由は,通知書の記載と整合させます。あわせて,貸与品の回収,アクセス権限の停止,賃金・退職金の清算を進めます。社内への周知は,必要な範囲にとどめます(5-3)。本人や代理人弁護士から通知書が届いたときは,回答の前に,弁護士へ相談することをお勧めします。
9 よくある失敗・NG対応
この項の結論
調査や弁明を省いた即時の処分,断定的な退職の促し,通知書の記載の不備が,無効や紛争を招く典型例です。
| NG対応 | 何が問題か | 想定されるリスク | 改善の方法 |
|---|---|---|---|
| 疑いの段階で,調査と弁明を経ずに,懲戒解雇を通知する | 事実認定と弁明の機会が不十分である | 手続の不備や相当性の欠如により無効となるおそれがある。調査がずさんな場合は,不法行為の責任を問われるおそれもある | 調査と弁明を経て,認定できた事実だけを根拠に処分を決める |
| 「辞めなければ懲戒解雇にする。退職金も出さない」と断定し,退職届を出させる | 懲戒解雇が有効と見込める根拠が不明確なまま,不利益を告げている | 強迫や錯誤を理由に,退職の意思表示を取り消されるおそれがある。退職勧奨が不法行為とされるおそれもある | 事実と処分の見通しを区別して説明し,事前に弁護士へ有効性の見立てを確認する。考える時間を設ける |
| 通知書に事由や条項を具体的に書かず,後から事由を追加する | 処分の時点で特定していない事由は,処分の理由として扱われにくい | 後から加えた事由が認められず,無効となるおそれがある | 把握している事由と適用条項を通知書に特定し,予備的な意思表示の要否も決めておく |
10 自己点検チェックリスト
この項の結論
通知や面談の前に,次の項目で未整備の点がないかを確認してください。未整備の項目が多い場合は,処分を急がず,先に整えることをお勧めします。
- 懲戒の種類と事由が就業規則に定められており,非違行為の時点で存在した規定か
- 就業規則を労働者に周知した方法と時期を,記録で示せるか
- 「疑い」ではなく,客観的な証拠で裏付けられた「事実」を認定できているか
- 証拠の原本(メール,ログ,会計資料,映像など)を保全しているか
- 本人に事実を示し,弁明の機会を与えて,その内容を記録しているか
- 就業規則に定める手続(懲戒委員会,労働組合との協議など)を踏んでいるか
- 健康状態など,本人の事情を確認しているか
- 行為の内容,結果,反省,指導歴,過去の処分例との均衡から,懲戒解雇を選ぶ理由を説明できるか
- 解雇予告の方針(除外認定の申請,又は予告手当の支払い)を決めているか
- 退職金を不支給・減額とする根拠規定と,その理由を整理しているか
- 通知書に適用条項と事実を特定し,予備的な普通解雇の要否を決めているか
11 弁護士へ相談すべき場面と依頼できる業務
この項の結論
懲戒解雇は,一度の判断の誤りが大きな負担につながります。非違行為が発覚した直後,処分を決定する前,退職勧奨の面談の前が,弁護士への相談を検討する主なタイミングです。
事案が軽微で,就業規則に明確な懲戒事由と処分の先例があり,本人も事実を認めているような場合は,自社で手続を進められることもあります。一方,争いが見込まれる場合や,重い処分を検討する場合は,弁護士の関与が有用です。課題ごとの目安は,次のとおりです。
| 読者の課題 | 自社で対応できる範囲 | 弁護士が関与できる業務 | 相談の目安 |
|---|---|---|---|
| 非違行為の疑いがある | 証拠の収集,ヒアリングの実施 | 調査の進め方の助言,証拠の評価,保全方法の整理(事実調査,証拠保全) | 発覚した直後 |
| 懲戒解雇の可否を判断したい | 就業規則の条項の確認 | 就業規則の適用,相当性,予告・退職金の取扱いについての法的評価と,規程の整備 | 処分を決定する前 |
| 退職勧奨・合意退職を進めたい | 面談の実施,書面の作成 | 懲戒解雇の見通しの評価,面談方針の整理,退職合意書の作成・確認(相手方への対応) | 面談を行う前 |
| 通知書が届いた,紛争になった | 事実関係の整理 | 労働審判・訴訟・団体交渉・あっせんなどへの対応(訴訟対応) | 通知書や申立書を受け取ったとき |
懲戒規定や退職金規程の整備,繰り返し生じる人事労務の課題への対応は,平時から弁護士が関与することで,処分の場面での判断がしやすくなります。単発の判断を補う「スポット相談」と,平時から相談できる「顧問契約」のどちらが適するかは,事案の発生頻度や社内の体制によって異なります。人事労務対応については「人事労務対応コンサルティング」,継続的な体制の整備については「労務体制を整備し,企業を強くするためのサポートプラン」をご覧ください。
相談を検討する目安は,次のとおりです。
- 従業員の非違行為が発覚した直後(証拠保全の観点から,できるだけ早く)
- 懲戒解雇・諭旨解雇を決定する前
- 退職勧奨の面談を行う前
- 本人や代理人弁護士から,通知書が届いたとき
12 よくある質問(FAQ)
この項の結論
FAQでは,疑いの段階での対応,退職金,自主退職の申出,弁明の機会,通知書の記載,予告と除外認定,バックペイ,公表の範囲などの実務上の疑問を整理します。
13 まとめ
懲戒解雇は,労契法第15条と第16条に基づき,厳格に審査されます。就業規則上の根拠と周知,懲戒事由への該当性,処分の相当性,手続の適正のいずれが欠けても,無効となるおそれがあります。無効となれば,バックペイ,退職金,損害賠償など,企業の負担は大きくなります。また,解雇予告と退職金は,懲戒解雇の有効性とは別に判断が必要です。
実務では,退職勧奨による合意退職を併せて検討する例も多くみられます。その場合も,懲戒解雇の可能性を過度に示さず,本人の自由な意思を確保することが前提です。次の一歩として,まず自社の懲戒規定と退職金規程が,処分に耐えられるかを10項のチェックリストで点検してください。非違行為が発覚した場合は,8項の手順⑴から着手し,証拠の保全を優先することをお勧めします。
解雇全般の整理は,「解雇に関する取扱分野」でも行っています。
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労務体制全般の整備を継続的に支援する,サポートプランの案内です。
懲戒解雇のご相談の前に整理しておくとよい資料
懲戒解雇の可否や,退職勧奨の進め方について,専門家への相談を検討される場合は,次の資料を手元にご用意いただくと,状況の整理が進めやすくなります。
- 就業規則(懲戒規定),退職金規程,賃金規程と,周知の方法がわかる資料
- 対象者の雇用契約書と,勤続年数や過去の処分歴がわかる人事記録
- 非違行為に関する資料(報告書,メール,ログ,会計資料など。個人情報に配慮したもの)
- これまでの経緯をまとめた時系列のメモと,ヒアリングの記録
- 過去の同種の事案での処分例(賞罰の記録)
- 本人や代理人弁護士から届いた書面(通知書など)