〜辞職・解雇との違いと,撤回や無効を主張されないための手続・記載事項〜
合意退職は,使用者と労働者の合意によって労働契約を将来に向かって終了させることをいいます。解雇と異なり,労働契約法第16条の制限は直接及びませんが,退職の意思表示の撤回,意思表示の瑕疵,退職勧奨の態様が,後から争われることがあります。
- 合意退職は,労使の合意で労働契約を終了させることです。労働者が一方的に行う辞職,使用者が一方的に行う解雇とは区別されます。
- 退職勧奨は,労働者が自由な意思で応じるか否かを決められる働きかけです。態様が社会通念上の限度を超えると,不法行為として損害賠償責任を負うことがあります。
- 使用者の承諾の意思表示がされる前は,退職願の撤回が認められる場合があります。承諾後は,撤回が認められません。承諾する権限をもつ者を,社内で明確にしてください。
- 退職合意書には,退職日,金銭の条件,清算条項及び離職理由を明記します。
- 離職理由は事実に基づいて記載してください。最終的な判定は,ハローワークが行います。
目次
- 1 合意退職とは
- 2 合意退職が後から争われる場面
- 3 退職勧奨の進め方
- 4 退職合意書に定める事項
- 5 離職理由・失業給付の取扱い
- 6 よくある失敗・NG対応
- 7 自己点検チェックリスト
- 8 よくある質問(FAQ)
- 9 弁護士に相談すべき場面
- 10 まとめ
根拠法令・参照資料
※民法(明治29年法律第89号)第95条・第96条・第627条,労働契約法(平成19年法律第128号)第16条,雇用保険法(昭和49年法律第116号)。
大隈鐵工所事件(最高裁判所第三小法廷1987年(昭和62年)9月18日判決),白頭学院事件(大阪地方裁判所1997年(平成9年)8月29日判決),下関商業高校事件(最高裁判所第一小法廷1980年(昭和55年)7月10日判決,広島高等裁判所1977年(昭和52年)1月24日判決,山口地方裁判所下関支部1974年(昭和49年)9月28日判決),日本アイ・ビー・エム事件(東京地方裁判所2011年(平成23年)12月28日判決,東京高等裁判所2012年(平成24年)10月31日判決)(2項参照)。
厚生労働省・ハローワークの公表資料(離職票の離職理由欄の区分,ハローワークのパンフレット「離職されたみなさまへ」,職業安定分科会雇用保険部会第197回資料1(令和6年雇用保険制度改正(令和7年4月1日施行分)),同第211回資料3(令和6年雇用保険法等改正について))。
上記は,2026年(令和8年)10月21日時点で確認した内容に基づきます。雇用保険法第33条第1項の給付制限(1箇月以上3箇月以内)は条文本文で確認しました。給付制限の原則1箇月への短縮及び過去5年間に3回以上の場合の3箇月は,法律本文になく通達の改正によるもので,厚生労働省の審議会資料(職業安定分科会雇用保険部会第197回資料1,2024年(令和6年)8月27日及び第211回資料3,2026年(令和8年)9月4日)で確認しました。退職日による適用関係は,ハローワークのパンフレット等で確認しました。裁判例4件は,判決文(判例秘書登載)で確認しました。
この記事はこんな方におすすめです
- 成績不良や勤務態度不良のある労働者に,退職勧奨を検討している経営者や人事・総務担当者の方
- 退職届を受け取った後の撤回や,退職強要の主張を避けたい法務担当者の方
- 退職合意書に何を定めるべきか,確認したい方
- 離職票の離職理由や失業給付の扱いを,整理したい方
主要用語の定義
合意退職とは,使用者と労働者が合意により,労働契約を将来に向かって終了させることをいいます。
退職勧奨とは,使用者が労働者に対し,合意による退職を働きかけることをいいます。
辞職とは,労働者が使用者の承諾を要せず,一方的に労働契約を解約することをいいます。
1 合意退職とは
この項の結論
合意退職は,使用者の承諾があって初めて成立します。
使用者が退職を働きかける行為が退職勧奨であり,労働者がこれに応じて合意に至れば,合意退職となります。成績不良や勤務態度不良のある問題社員への対応でも用いられます。退職勧奨は,労働者が自由な意思で応じるか否かを決められる働きかけです。解雇の可否とは別に,退職を求める理由と条件を整理して進めてください。
辞職は,期間の定めのない雇用では,申入れから2週間の経過で終了します(民法第627条第1項)。解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当と認められない場合は無効となります(労働契約法第16条)。
| 項目 | 合意退職 | 辞職 | 解雇 |
|---|---|---|---|
| 終了の仕組み | 労使の合意 | 労働者の一方的な意思表示 | 使用者の一方的な意思表示 |
| 使用者の承諾 | 必要 | 不要 | 該当しない |
| 主な規律 | 意思表示の有効性(民法),退職勧奨の態様 | 民法第627条第1項(期間の定めがない場合) | 労働契約法第16条,労働基準法第20条 |
| 争われやすい点 | 撤回,錯誤・強迫,退職強要 | 退職の意思表示の有無 | 客観的合理性と社会通念上の相当性 |
退職届や退職願が提出された場合に,辞職なのか,合意解約の申込みなのかによって,撤回の可否が変わります。使用者の承諾を待つ形で提出される退職願は,合意解約の申込みと整理されることがあります(2項)。
2 合意退職が後から争われる場面
この項の結論
争われる場面は,撤回,意思表示の瑕疵,退職強要の3つです。
- 撤回退職願が合意解約の申込みである場合,使用者の承諾の意思表示がされる前は,撤回が認められることがあります。承諾後は,合意が成立しているため,撤回が認められません。誰が承諾する権限をもつのかを,あらかじめ明確にしておく必要があります。
- 意思表示の瑕疵退職の意思表示に,錯誤,詐欺又は強迫があった場合は,取り消されるおそれがあります(民法第95条,第96条)。例えば,退職に応じなければ解雇すると告げて退職届を提出させた場合は,その告知の内容と根拠が問われ,瑕疵が主張されるおそれがあります(当事務所の整理)。
- 退職強要退職勧奨の態様が社会通念上の限度を超えると,不法行為として損害賠償責任を負うことがあります。他方,条件を示して説得を続けても違法とされなかった例もあります。
関連する裁判例は,次のとおりです。
| 判決 | 事案・判断 | 実務への示唆 |
|---|---|---|
| 最高裁判所第三小法廷1987年(昭和62年)9月18日判決(上告審) 大隈鐵工所事件 | 退職願の提出後に,労働者が撤回を求めた事案です。原審は,人事部長の意思のみでは会社の意思は形成されないとして撤回を認めました。最高裁は,人事部長に退職願の承認権限があるのであれば,退職願の受理により承諾の意思表示がされ,合意解約が成立するのがむしろ当然であるとして,原審の判断を経験則違反等と判断し,上告人敗訴部分を破棄して名古屋高等裁判所へ差し戻しました(承認権限の有無は,差戻審の判断事項です。)。 | 承諾する権限をもつ者と,承諾の時期を明確にします。 |
| 大阪地方裁判所1997年(平成9年)8月29日判決 白頭学院事件 | 教員が退職願を提出した約2時間後に撤回した事案です。判決は,使用者の承諾の意思表示が到達する前であり,不測の損害を与えるなど信義に反すると認められる特段の事情もないとして,撤回を有効とし,合意解約の成立を否定しました。承諾が対話者間でされた大隈鐵工所事件とは異なる事案であるとしています。なお,予備的にされた懲戒解雇は有効とされ,地位確認は認められていません。 | 承諾の意思表示は,到達させた時期を記録します。 |
| 最高裁判所第一小法廷1980年(昭和55年)7月10日判決(上告審) 広島高等裁判所1977年(昭和52年)1月24日判決(控訴審) 山口地方裁判所下関支部1974年(昭和49年)9月28日判決(第一審) 下関商業高校事件 | 市立高校の教諭2名に対し,市が多数回にわたり退職を勧奨した事案で,国家賠償法に基づく慰謝料が請求されました。第一審は,被勧奨者の任意の意思形成を妨げ,又は名誉感情を害する言動は許されず,違法な権利侵害として不法行為になる場合があるとし,本件の勧奨は許容限度を超えるとして,市に慰謝料(4万円及び5万円)の支払を命じました。控訴審はこれを維持し,最高裁は上告を棄却しました(反対意見が2名あります。)。 | 公立学校の事案ですが,民間企業の退職勧奨でも,回数,期間,態様が問われる点で参考になります(当事務所の整理)。 |
| 東京地方裁判所2011年(平成23年)12月28日判決(第一審) 東京高等裁判所2012年(平成24年)10月31日判決(控訴審) 日本アイ・ビー・エム事件 | 業績評価が低い従業員4名が,退職勧奨は違法な退職強要であるとして慰謝料を求めた事案です。第一審は,退職勧奨の手段・方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱しない限り,使用者の正当な業務行為であるとし,相手が消極的な意思を示しても,直ちに説得を終える義務はなく,在籍を続ける場合のデメリットや退職のメリットを説明し,再検討を求めることは許されるとして,請求を棄却しました。控訴審も,違法な退職強要はなかったとして控訴を棄却しました。 | 説得自体が直ちに違法となるわけではなく,条件の説明と態様が問われます。 |
3 退職勧奨の進め方
この項の結論
目的と条件の整理,面談の準備,面談,検討期間,書面化の順に,任意性を保って進めます。
- 目的と条件の整理退職を求める理由,提示できる条件(金銭,退職日等),応じない場合の対応を整理します。解雇の可否も,別に検討します。
- 面談の準備担当者,場所,時間,回数,説明資料,記録の方法を決めます。面談の回数と時間は,あらかじめ限定します。
- 面談退職を求める理由と条件を説明し,応じるか否かは自由であることを伝えます。威圧的な発言や,長時間・多数回の面談は避けます。
- 検討期間の付与労働者が持ち帰って検討する期間を与えます。家族や専門家に相談する機会も確保します。
- 合意と書面化承諾する権限をもつ者が承諾し,退職合意書を取り交わします。承諾の時期と方法を記録します。
- 退職手続離職票,源泉徴収票等の交付,貸与物の返還,社会保険の手続,引継ぎを進めます。
4 退職合意書に定める事項
この項の結論
退職日,金銭の条件,清算条項及び離職理由を,書面で明記します。
合意退職の成立に特定の書面が法律上求められているとは確認できませんが,合意の内容を後日証明するため,退職合意書を作成するのが実務の基本です。骨子の例は,次のとおりです。本例は一般例です。実際には企業ごとの実情に応じた調整が必要です。
- 合意退職である旨と,退職日
- 退職金や解決金の額,支払期日,支払方法
- 年次有給休暇の取扱い,引継ぎ,貸与物の返還
- 離職票に記載する離職理由
- 秘密保持,競業避止,誹謗中傷の禁止(必要な範囲に限ります。)
- 清算条項(本合意書に定めるほか,債権債務がないことの確認)
清算条項に未払賃金や残業代等の労働債権を含める場合は,その効力が争われるおそれがあるため,内容を個別に確認してください。競業避止の定めは,範囲,期間及び代償の有無によって,有効性が問題となります。
5 離職理由・失業給付の取扱い
この項の結論
離職理由は事実に基づいて記載し,合意書と整合させます。
離職票の離職理由欄は事業主が記載しますが,特定受給資格者に当たるか等の最終的な判定は,ハローワークが行います。退職勧奨に応じた退職は,離職理由欄で「事業主からの働きかけによる離職」に分類される場合があります(希望退職の募集や,人員整理に伴う退職勧奨に応じた場合)。実態と異なる記載は,後日の紛争や労働者の不利益につながるおそれがあります。
なお,正当な理由がなく自己の都合によって退職した場合の基本手当の給付制限は,雇用保険法第33条第1項に基づき,1箇月以上3箇月以内の範囲で公共職業安定所長が期間を定めます。通達の改正により,退職日が2025年(令和7年)4月1日以降の場合は原則1箇月とされ,同年3月31日以前の場合は原則2箇月です。ただし,退職日から遡って5年間に,正当な理由なく自己の都合で退職して受給資格決定を受けたことが2回以上ある場合(今回を含めて3回以上)は,3箇月とされています。離職理由をどう記載するかは,合意書に明記するか,協議の経過を記録しておくと,後日の食い違いを防げます。
6 よくある失敗・NG対応
この項の結論
面談の態様,承諾権限の不明確さ,書面の不備が,典型的な失敗です。
| NG対応 | 何が問題か・リスク | 改善の方向 |
|---|---|---|
| 長時間・多数回の面談で,退職届への署名を迫る | 退職強要として損害賠償責任を負うおそれがあり,意思表示の瑕疵も主張されるおそれがあります(下関商業高校事件)。 | 回数,時間,人数をあらかじめ限定します。応じない意思が明確な場合は,継続の可否を再検討します。 |
| 退職願の承諾権限者と承諾時期が不明確 | 撤回の可否をめぐって紛争になるおそれがあります(大隈鐵工所事件,白頭学院事件)。 | 承諾する権限をもつ者を決め,承諾の意思表示を書面等で到達させます。 |
| 口頭の合意のみとし,離職票の理由と合意書が食い違う | 合意の内容や離職理由をめぐって紛争になるおそれがあります。 | 退職合意書を作成し,離職理由を整合させます。 |
7 自己点検チェックリスト
この項の結論
「いいえ」がある項目は,面談の前に補ってください。
- 退職を求める理由と,提示する条件を整理した
- 解雇の可否を,退職勧奨とは別に検討した
- 面談の回数,時間及び担当者を,あらかじめ決めた
- 応じるか否かは自由であることを,労働者に伝える
- 労働者が持ち帰って検討する期間を設けた
- 退職願を承諾する権限をもつ者が,決まっている
- 承諾の時期と方法を,記録する
- 退職合意書に,退職日,金銭の条件及び清算条項を明記した
- 離職票の離職理由と,合意書の記載が整合している
- 面談の内容を,記録している
8 よくある質問(FAQ)
この項の結論
撤回,面談の回数,勧奨を断られた場合,解決金,合意書の要否を整理します。
9 弁護士に相談すべき場面
この項の結論
解雇との判断に迷う場合,退職強要や撤回の主張が予想される場合は,面談の前に相談してください。
弁護士は,退職勧奨の可否と進め方の法的評価,退職合意書の作成,面談の記録や証拠の整理,労働者側との交渉,労働審判・訴訟への対応で関与できます。スポット相談で個別の案件を確認する方法と,顧問契約で平時から相談できる体制を整える方法があります。人事労務の体制整備については,「労務体制を整備し,企業を強くするためのサポートプラン」をご覧ください。
10 まとめ
合意退職は,使用者の承諾によって成立し,撤回,意思表示の瑕疵,退職強要の3点が争われやすい場面です。面談の態様を整え,承諾権限者を明確にし,退職合意書と離職理由を整合させてください。次の一歩として,7項のチェックリストで面談前の準備を確認してください。処分による退職を検討する場合は,「諭旨解雇とは|懲戒解雇との違いと有効性の判断基準」もご覧ください。解雇や退職勧奨の全体像は,解雇・退職勧奨のページで確認できます。
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退職勧奨や退職合意に関するご相談を検討される場合は,次の資料を手元にご用意いただくと,状況の整理が進めやすくなります。
- 就業規則(退職に関する規定及び退職金規程を含みます。)
- 対象となる労働者の雇用契約書と人事記録(個人情報に配慮したもの)
- 退職を求める理由に関する経過の記録
- 面談の記録(日時,出席者,内容)
- 退職願・退職届(提出日,受領者)
- 提示を予定している条件(金銭,退職日等)