〜能力不足・勤務態度不良を理由とする解雇の判断基準,解雇予告の手続,無効時のリスクを整理〜
普通解雇は,労働契約法第16条により,客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性の双方がなければ無効となります。就業規則の解雇事由に形式的に当てはまるだけでは足りず,注意・指導,改善の機会の付与,配置転換などの検討と,その記録が判断を左右します。解雇が有効となり得る事案でも,解雇予告(又は解雇予告手当)などの手続が必要です。業務上の傷病による休業中など,法律で解雇が制限される場面もあります。解雇が無効と判断されると,解雇後の賃金(バックペイ)の支払いと職場復帰の受入れが問題となります。退職勧奨は適法に行えますが,自由な意思決定を妨げる態様は違法となるおそれがあります。本記事では,普通解雇の判断枠組み,手続,無効時のリスク,退職勧奨の限界,解雇に至る実務の流れを整理します。
- 普通解雇は,労働契約法第16条により,客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性の双方を満たさなければ無効となります。就業規則上の解雇事由に形式的に該当するだけでは足りません(2項)。
- 能力不足や勤務態度不良を理由とする場合は,注意・指導,改善の機会の付与,配置転換などの解雇回避の検討と,その記録が,相当性の判断を左右します(3項)。
- 解雇が有効となり得る事案でも,原則として30日前の解雇予告(又は30日分以上の平均賃金の支払い)が必要です。業務上の傷病による休業期間とその後30日間など,解雇が制限される場面もあります(4項,5項)。
- 解雇が無効と判断されると,解雇後の賃金(バックペイ)の支払いと職場復帰の受入れが問題となります。他社で得た収入(中間収入)は控除できる場合がありますが,控除できる範囲には限度があります(6項)。
- 退職勧奨は,それ自体は適法です。ただし,退職しない意思を示した後も繰り返し働きかけるなど,自由な意思決定を妨げる態様は違法となるおそれがあります。離職理由は,実態に即して記載してください(7項)。
- 解雇の種類ごとの違いと全体像は,「解雇の種類と全体像を整理した解説」をご覧ください。
目次
- 1 普通解雇とは|他の解雇・合意退職との違い
- 2 普通解雇が有効となる要件|労働契約法第16条
- 3 解雇理由の類型別の判断ポイント
- 4 法律上,解雇が制限・禁止される場合
- 5 解雇の手続|解雇予告・解雇理由証明書・解雇通知書
- 6 解雇が無効とされた場合の企業リスク
- 7 退職勧奨の位置づけと限界
- 8 解雇に至るまでの実務の流れ
- 9 よくある失敗・NG対応3例
- 10 解雇前の実務チェックリスト
- 11 弁護士に依頼するメリット
- 12 よくある質問(FAQ)
- 13 まとめ
根拠法令・参照資料
※労働契約法(平成19年法律第128号。以下「労契法」といいます。)第15条・第16条・第17条,労働基準法(昭和22年法律第49号。以下「労基法」といいます。)第3条・第12条・第19条〜第23条・第26条・第89条・第104条・第114条・第119条,民法(明治29年法律第89号)第95条・第96条・第536条・第627条・第709条・第715条,雇用保険法(昭和49年法律第116号)第23条・第33条
雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律第6条・第9条,育児休業,介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律第10条・第16条,労働組合法第7条,個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第4条,障害者の雇用の促進等に関する法律第35条,労働審判法第15条・第21条,公益通報者保護法第3条(平成16年法律第122号)
公益通報者保護法の一部を改正する法律(2025年(令和7年)6月11日公布,2026年(令和8年)12月1日施行)
厚生労働省「確かめよう労働条件」解雇に関する裁判例,厚生労働省・都道府県労働局・ハローワークが公表する雇用関係助成金のパンフレット(各雇用関係助成金に共通の要件等)
裁判所ウェブサイト掲載の判決(高知放送事件,細谷服装事件)
上記は,2026年(令和8年)10月20日時点で確認した内容に基づきます。裁判例のうち,高知放送事件,あけぼのタクシー事件(最高裁・高裁・地裁),細谷服装事件,下関商業高校事件(地裁・高裁・最高裁),片山組事件(最高裁・高裁・地裁),三菱樹脂事件(最高裁・高裁・地裁),日本食塩製造事件,セガ・エンタープライゼス事件,ビックカメラ事件,トラストシステム事件及び東京電力事件は,判決の原文で確認しました。日本アイ・ビー・エム事件(2011年地裁判決,2012年高裁判決,2016年地裁判決)は,判決の原文で確認しました。その他の裁判例は,厚生労働省の公表資料及び判例解説で確認したものであり,判決原文との照合は完了していません。
この記事はこんな方におすすめです
- 問題社員への対応に悩み,普通解雇が可能かどうかの判断基準を知りたい経営者の方や人事・総務担当者の方
- 解雇の前に何を準備し,どの順序で進めるべきかを確認したい人事・労務担当者の方
- 解雇予告や解雇理由証明書など,解雇の手続に漏れがないかを確認したい方
- 解雇が無効とされた場合のリスク(バックペイ,復職など)を把握したい経営者の方や法務担当者の方
- 退職勧奨の進め方と限界,退職合意書の留意点を知りたい方
主要用語の定義
普通解雇とは,使用者が,懲戒処分や整理解雇とは区別して,労働者の能力不足,勤務態度不良,傷病による就労不能などを理由に,一方的に労働契約を終了させることをいいます。
解雇権の濫用とは,解雇に客観的に合理的な理由がなく,社会通念上も相当と認められないために,解雇が無効とされる場合をいいます(労契法第16条)。
バックペイとは,解雇が無効とされた場合に,解雇後の期間について使用者が労働者に支払う賃金をいいます。
中間収入とは,労働者が解雇されてから職場に復帰するまでの間に,他の職場で働くなどして得た収入をいいます。
解雇予告手当とは,30日前に解雇の予告をしない場合に,予告に代えて使用者が支払う30日分以上の平均賃金をいいます(労基法第20条)。
退職勧奨とは,使用者が労働者に自発的な退職を働きかけ,労働者が自由な意思で応じた場合に合意退職を成立させようとする行為をいいます。
1 普通解雇とは|他の解雇・合意退職との違い
この項の結論
普通解雇とは,懲戒処分や整理解雇とは区別された,使用者による一方的な労働契約の解約です。労働者の同意は不要ですが,労契法第16条により,有効性は厳しく審査されます。解雇に至る前に,退職勧奨などの合意による解決を検討することが,実務の基本です。
1-1 普通解雇の定義と法的性質
「勤務成績が著しく悪い」「協調性がなく,部署の業務に支障が出ている」。こうした社員への対応に悩む経営者や人事担当者は少なくありません。そこで頭に浮かぶのが普通解雇です。
普通解雇とは,使用者が,懲戒処分や整理解雇とは区別して,労働者の能力不足,勤務態度不良,傷病による就労不能などを理由に,一方的に労働契約を終了させることをいいます。使用者の意思表示だけで契約を終了させる単独行為であり,労働者の同意は要りません。
期間の定めのない労働契約について,民法第627条第1項は,各当事者がいつでも解約の申入れをすることができ,申入れの日から2週間を経過すると契約が終了すると定めています。しかし,使用者による解雇は,判例が確立した解雇権濫用法理によって制限されてきました。この法理は,2003年(平成15年)の労基法の改正で明文化され,2008年(平成20年)3月1日に施行された労契法第16条に引き継がれています。したがって,民法の定めだけを根拠に,2週間前に告げれば解雇できると考えることはできません。
1-2 解雇の種類と合意退職の比較
企業が労働者との契約を終了させる手段は,解雇の種類によって,要件や留意点が異なります。次の表は,普通解雇と,他の解雇及び合意退職との違いを整理したものです。
| 区分 | 主な理由 | 特徴・留意点 |
|---|---|---|
| 普通解雇 | 能力不足,勤務態度不良,傷病による就労不能,経歴詐称など | 懲戒処分ではなく,労契法第16条の審査を受けます。 |
| 整理解雇 | 経営上の必要性に基づく人員削減 | 労働者に帰責事由がありません。人員削減の必要性,解雇回避努力,人選の合理性,手続の相当性が考慮されます。 |
| 懲戒解雇 | 重大な企業秩序違反(懲戒事由に該当する行為) | 懲戒処分のうち最も重いものです。就業規則上の根拠が必要で,懲戒権の濫用の審査(労契法第15条)を受けます。 |
| 諭旨解雇 | 懲戒事由に該当するが,情状を考慮して処分を軽減する場合 | 懲戒処分の一種として就業規則に定める企業があります。本人に退職を促し,応じない場合に懲戒解雇とする運用もあります。内容は就業規則の定めによります。 |
| 合意退職 | 労使の合意による契約の終了 | 解雇ではありません。退職勧奨を経て成立することが多く,自由な意思に基づく合意であることが必要です。 |
各類型の詳細は,「整理解雇の要件と進め方」,「懲戒解雇の要件と手続」,「諭旨解雇の位置づけと運用」で解説しています。
1-3 普通解雇と退職勧奨の関係
退職勧奨は,使用者が労働者に「退職してほしい」と働きかけ,労働者が自由な意思で応じれば合意退職が成立するものです。あくまで使用者の「お願い」であり,労働者は拒否できます。
| 項目 | 普通解雇 | 退職勧奨(合意退職) |
|---|---|---|
| 法的性質 | 使用者の一方的な意思表示 | 労使の合意による契約の終了 |
| 労働者の同意 | 不要 | 必要 |
| 紛争になった場合の審査 | 労契法第16条により,厳しく審査されます。 | 合意が自由な意思に基づくものかが審査されます。 |
| 主な法的リスク | 解雇権の濫用による無効,バックペイの支払い | 強迫・錯誤による取消し,退職強要による不法行為 |
実務では,「まず退職勧奨を行い,合意に至らなければ解雇を検討する」という段階的な対応が基本です。解雇は裁判で厳しく審査され,無効とされた場合の企業の負担が大きいためです。ただし,退職勧奨は,解雇の前に必ず行わなければならない手続ではありません。事案によっては,退職勧奨を経ずに解雇を検討する場合もあります。退職勧奨の進め方と限界は7項で,合意退職そのものは「合意退職の成立要件と退職合意書の実務」で解説しています。
2 普通解雇が有効となる要件|労働契約法第16条
この項の結論
普通解雇が有効となるには,①客観的に合理的な理由と,②社会通念上の相当性の,2つが必要です。いずれかを欠く解雇は,権利の濫用として無効となります。解雇事由が存在していても,解雇という手段が重すぎる場合は,無効となり得ます。
2-1 2つの要件
労契法第16条は,「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と定めています。ポイントは,次の2段階の審査です。
- 客観的合理性解雇理由が就業規則上の解雇事由に該当し,その前提となる事実が現に存在することをいいます。能力不足,職務懈怠,服務規律違反,傷病による労務提供不能などの事由が,出発点となります。
- 社会通念上の相当性解雇という最も重い手段を選ぶことが,本人の事情や会社の対応に照らして,行き過ぎでないことをいいます。
就業規則の解雇事由に形式的に該当するだけでは足りません。社会通念上の相当性の判断では,労働者の情状や反省の有無,過去の勤務態度や処分歴,年齢や家族構成,他の労働者との処分の均衡,使用者側の対応や落ち度,解雇手続の適正などが,総合的に考慮されます。
解雇の効力が裁判で争われた場合,解雇理由に当たる事実は,実務上,使用者が主張し,証拠で裏付ける必要があります。注意・指導の記録,業績評価,顧客や同僚からの苦情などが残っていなければ,事実があっても立証できないおそれがあります。
2-2 最高裁判例の考え方
解雇権濫用法理は,次の2つの最高裁判決を中心に形成されてきました。
| 判決 | 事案・判断 |
|---|---|
| 最高裁判所第二小法廷1975年(昭和50年)4月25日判決日本食塩製造事件 | 労働組合から除名された従業員に対し,会社がユニオン・ショップ協定に基づいて行った解雇の効力が争われた事案です。最高裁は,使用者の解雇権の行使も,客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認できない場合には,権利の濫用として無効になるという一般的な考え方を示しました。そのうえで,除名が無効であれば使用者には協定に基づく解雇義務が生じず,他に解雇の合理性を裏づける特段の事由がない限り,解雇は権利の濫用として無効になるとして,原判決を破棄し,差し戻しました。 |
| 最高裁判所第二小法廷1977年(昭和52年)1月31日判決高知放送事件 | 放送会社のアナウンサーが,宿直勤務中に寝過ごして早朝の定時ラジオニュースを2度放送できず,2度目の事故では事実と異なる事故報告書も提出したため,普通解雇された事案です。最高裁は,この行為が就業規則の解雇事由に該当するとしても,具体的な事情の下で解雇が著しく不合理で社会通念上相当と是認できないときは,解雇権の濫用として無効になると述べました。そのうえで,悪意や故意がなかったこと,ファックス担当者も寝過ごしていたこと,放送の空白が長くなかったこと,会社が再発防止策を講じていなかったこと,本人が謝罪し過去に放送事故歴がなかったことなどを考慮し,解雇を無効とした原審の判断を是認して,上告を棄却しました。 |
高知放送事件は,解雇事由が存在していても,解雇という重い処分を選ぶことが過酷にすぎる場合には,解雇が無効となることを示した代表的な判決です。また,同事件では,会社が懲戒解雇に相当すると考えた事案について,再就職への配慮などから普通解雇とすることは許され,その場合は普通解雇の要件を満たせば足りる(懲戒解雇の要件までは要しない)とされています。これらの判例の考え方が,現在の労契法第16条に引き継がれています。
2-3 相当性を左右する事情の整理
社会通念上の相当性は,次のような事情の有無で,結論が分かれやすくなります。下表は,裁判例で考慮されている要素を,当事務所が実務上の観点から整理したものです。
| 相当性を支える方向の事情 | 相当性を否定する方向に働きやすい事情 |
|---|---|
| 注意・指導を重ね,改善の機会を与えたが,改善しなかったこと | 指導や改善の機会がなく,いきなり解雇したこと |
| 配置転換や降格など,解雇以外の手段を検討し,実施したこと | 他の業務への配置や職種転換の余地があるのに,検討していないこと |
| 業務や職場への支障が,具体的かつ重大であること | 支障が抽象的で,業務への影響を示せないこと |
| 同種の事案で,他の労働者にも同様の処分をしていること | 同種の事案で,他の労働者に同様の処分をしていないこと |
| 弁明の機会の付与や解雇予告など,手続が適正であること | 弁明の機会がなく,手続が不十分であること |
| 本人に悪意や重大な過失が認められ,反省も見られないこと | 本人に悪意がなく過失にとどまること,反省していること,使用者側の教育や管理に不備があること |
2-4 就業規則の解雇事由と主張の組み立て
労基法第89条第3号は,常時10人以上の労働者を使用する使用者に対し,退職に関する事項(解雇の事由を含む。)を就業規則に記載するよう求めています。解雇事由を定めている場合,解雇を検討するときは,まず,問題となっている事実が,就業規則のどの条項に該当するかを確認します。
解雇事由の定め方の骨子は,たとえば次のとおりです。本例は一般例です。実際には企業ごとの実情に応じた調整が必要です。
- 勤務成績又は業務能率が著しく不良で,向上の見込みがなく,他の職務への配置転換によっても就業に適する状態になる見込みがないとき
- 心身の故障により,業務に耐えられないと認められるとき(休職期間が満了しても復職できない場合を含む)
- 勤務態度が著しく不良で,注意・指導によっても改善の見込みがないとき
- 採用に際して重要な経歴を偽り,採用の判断に重大な影響を与えたとき
- その他前各号に準ずるやむを得ない事由があるとき
最後の包括条項が置かれていても,この条項だけに頼った解雇は,合理性と相当性の審査で慎重に判断されると考えてください。解雇の理由は,具体的な事実(いつ,誰が,何をしたか)と,就業規則の条項を対応させて整理しておくことが重要です。
常時使用する労働者が10人未満で,就業規則を作成していない場合も,労契法第16条は適用されます。解雇事由や手続をあらかじめ書面で定めておくことが,紛争の予防につながります。
3 解雇理由の類型別の判断ポイント
この項の結論
解雇理由の類型によって,裁判所が重視する事情は異なります。能力不足では改善の機会の付与,勤務態度不良では注意・指導の記録と業務への具体的な支障,傷病では休職制度と配置の可能性が,判断の中心になります。いずれの類型でも,解雇以外の手段を尽くしたかが問われます。
3-1 類型別の整理
| 類型 | 重視される事情 | 準備しておく資料 |
|---|---|---|
| 能力不足・成績不良 | 相対的に評価が低いだけでは足りず,指導や配置転換を尽くしても改善しないこと。特定の職務や能力を前提に採用したかどうかも考慮されます。 | 人事評価,面談の記録,指導の内容と改善状況の記録,配置転換の検討記録 |
| 勤務態度不良・協調性の欠如 | 注意・指導を重ねても改善しないこと,及び業務への具体的な支障。段階的に懲戒処分を行ったかも考慮されます。 | 注意書,面談の記録,懲戒処分の記録,同僚や顧客からの苦情の内容 |
| 傷病による就労不能 | 休職制度の有無,復職の可能性,他の業務への配置の可能性 | 診断書,産業医の意見,休職の経緯,配置可能な業務の検討記録 |
| 経歴詐称・業務命令違反 | 採用の判断に与えた影響の重大性,違反の程度と回数,指導の経過 | 履歴書,採用時の資料,業務命令の内容と違反の記録 |
3-2 能力不足・成績不良
長期の雇用を前提に採用された正社員の場合,成績が相対的に低いだけでは足りません。勤務経歴,業務上の支障,改善指導,配置転換の可能性,改善の見込みなどを踏まえて,雇用関係を維持できない程度に達していることが必要とされます。一方,特定の職務や能力を前提に採用された労働者については,採用時に期待された能力を欠くことが明らかな場合に,解雇が有効とされる傾向があります。
東京地方裁判所1999年(平成11年)10月15日決定(セガ・エンタープライゼス事件)は,就業規則の「労働能力が劣り,向上の見込みがない」という解雇事由について,平均的な水準に達していないというだけでは不十分であり,著しく労働能力が劣り,しかも向上の見込みがないときでなければならないとしました。人事考課が相対評価であり,下位に位置することから直ちに該当するとはいえないこと,さらに体系的な教育・指導を行う余地があったことなどを理由に,解雇は権利の濫用として無効と判断しています(地位保全等の仮処分事件の決定で,賃金の仮払いが命じられました)。東京地方裁判所2016年(平成28年)3月28日判決(日本アイ・ビー・エム事件)は,業績不良を理由に解雇された二人の労働者(勤続は約23年と約28年半)について,業績不良の事実は相当程度認められるとしながら,業績評価が相対評価であること,配置転換を受けてきており職種や勤務地の限定がなかったことなどを挙げ,適性に合った職種への転換や職位の降格,一定期間内に改善が見られない場合に解雇の可能性があることをより具体的に伝えたうえでの業績改善の機会の付与といった手段を講じないまま行われた解雇は,権利の濫用として無効であると判断しました。なお,この事件は,7-2で紹介する退職勧奨に関する同名の事件とは,別の事件です。
3-3 勤務態度不良・協調性の欠如・規律違反
注意・指導の記録と,業務への具体的な支障を示すことが不可欠です。たとえば,協調性の欠如を理由とする場合は,どの場面で,誰に対し,どのような言動があり,業務にどのような影響が出たかを,時系列で記録しておく必要があります。
東京地方裁判所2019年(令和元年)8月1日判決(ビックカメラ事件)は,再三の注意・指導と3回の懲戒処分(譴責,出勤停止,降格)を重ねても,無断早退や不適切な言動などの問題行動が改善しなかった販売員等の解雇を,有効としました。会社が産業医との面談や専門医の受診を命じるなどの配慮をしていたことから,休職を命じなくても解雇権の濫用とはいえないと判断されています。他方,東京地方裁判所2007年(平成19年)6月22日判決(トラストシステム事件)は,私用メールの多用などの服務規律違反や能力不足を理由とする解雇について,解雇を正当化するほど重大ではないとして,解雇権の濫用を認めました。
3-4 傷病・健康状態に起因する就労不能
傷病を理由とする解雇では,休職制度の有無と,復職の可能性の検討が求められます。就業規則に休職制度がある場合は,休職を命じずに直ちに解雇することの相当性が問題となります。ただし,ビックカメラ事件のように,本人が通院を怠るなど,会社の配慮にもかかわらず改善しなかった事案では,休職を命じなくても解雇が有効とされた例があります。
職種や業務内容を限定せずに採用した労働者については,最高裁判所第一小法廷1998年(平成10年)4月9日判決(片山組事件)が参考になります。この事案は,傷病のため自宅治療を命じられた労働者の賃金請求に関するもので,解雇そのものが争われたわけではありません。そのうえで,この判決は,現に就業を命じられた特定の業務について労務を十分に提供できなくても,能力,経験,地位,企業の規模・業種,配置・異動の実情などに照らして配置される現実的な可能性がある他の業務について労務を提供でき,その提供を申し出ているときは,なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当であるとしました。傷病を理由とする解雇では,他の業務への配置の可能性を検討したかが,重要な判断要素になります。
東京地方裁判所1998年(平成10年)9月22日判決(東京電力事件)は,慢性腎不全で長期の欠勤が続いた嘱託社員を,就業規則の「心身虚弱のため業務に耐えられない場合」に当たるとして解雇した事案で,解雇を有効としました。会社が就業制限や賃金の支給継続などの配慮をしたうえで,欠勤が続けば契約の継続は困難になる旨を書面で伝えていたことなどが考慮されています。障害のある労働者については,障害者雇用促進法に基づく合理的配慮の提供義務にも留意が必要です。業務上の傷病による休業期間中の解雇は,労基法第19条により制限されます(4項)。
3-5 経歴詐称・業務命令違反等
経歴詐称は,詐称された事項が採用の判断に与えた影響の重大性によって判断されます。業務命令違反は,違反の程度と回数,指導の経過が考慮されます。これらは懲戒解雇の事由にもなり得ますが,普通解雇とする場合は,普通解雇の要件を満たせば足りるとされています(2-2)。
3-6 試用期間中の解雇(本採用拒否)
試用期間中の解雇や,試用期間満了時の本採用拒否も,無条件に認められるわけではありません。最高裁判所大法廷1973年(昭和48年)12月12日判決(三菱樹脂事件)は,本件の試用期間付きの労働契約を解約権留保付と認めた原審の判断を是認したうえで,留保した解約権の行使は,その趣旨・目的に照らして,客観的に合理的な理由があり,社会通念上相当と是認できる場合に許されるとしました。通常の解雇に比べて広い範囲で解雇の自由が認められるとされますが,無制限ではありません。
実務では,採用時に求める能力や適性の水準を示し,試用期間中の評価と指導を記録し,本採用の拒否を検討する場合は,改善の機会を与えた事実を残しておくことが重要です。試用期間中でも,14日を超えて使用した後の解雇には,解雇予告又は解雇予告手当が必要です(5-2)。
4 法律上,解雇が制限・禁止される場合
この項の結論
解雇の理由に合理性があっても,法律が特定の場面で解雇を禁止し,又は制限しています。これらに反する解雇は,無効となるおそれがあります。解雇を検討する際は,まず,労働者の状況(休業中か,妊娠中か,通報や申告をしたかなど)を確認してください。
| 場面 | 根拠 | 内容 |
|---|---|---|
| 業務上の傷病による療養のための休業期間とその後30日間,産前産後の休業期間とその後30日間 | 労基法第19条 | 原則として解雇できません。例外として,打切補償を支払う場合や,天災事変その他やむを得ない事由で事業の継続が不可能となり,労働基準監督署長の認定を受けた場合があります。 |
| 妊娠中及び出産後1年以内の女性労働者 | 男女雇用機会均等法第9条第4項 | 解雇は無効です。事業主が,妊娠・出産等を理由とする解雇でないことを証明したときは,例外となります。 |
| 育児休業・介護休業の申出や取得 | 育児・介護休業法第10条,第16条等 | 申出や取得を理由とする解雇その他の不利益な取扱いが禁止されています。 |
| 性別を理由とする解雇 | 男女雇用機会均等法第6条 | 性別を理由とする差別的取扱いが禁止されています。 |
| 国籍・信条・社会的身分を理由とする解雇 | 労基法第3条 | 差別的取扱いが禁止されています。 |
| 労働基準監督署への申告 | 労基法第104条第2項 | 申告したことを理由とする解雇その他の不利益な取扱いが禁止されています。 |
| 労働組合の組合員であること,組合活動 | 労働組合法第7条 | 不当労働行為として禁止されています。 |
| 公益通報 | 公益通報者保護法第3条 | 公益通報をしたことを理由とする解雇は無効です。 |
| 個別労働紛争のあっせんの申請 | 個別労働関係紛争解決促進法第4条第3項 | 申請したことを理由とする解雇その他の不利益な取扱いが禁止されています。 |
| 障害を理由とする差別 | 障害者雇用促進法第35条 | 障害者であることを理由とする不当な差別的取扱いが禁止されています。 |
| 有期労働契約の期間途中の解雇 | 労契法第17条第1項 | やむを得ない事由がなければ解雇できません。期間の定めのない契約よりも,厳しく判断されるとされています。 |
これらの規制は,解雇の理由の合理性とは別に判断されます。たとえば,能力不足を理由とする解雇でも,その労働者が業務上の傷病で休業している期間中であれば,労基法第19条に反して無効となるおそれがあります。
5 解雇の手続|解雇予告・解雇理由証明書・解雇通知書
この項の結論
解雇が実体的に有効かどうかとは別に,使用者は,原則として,少なくとも30日前の解雇予告か,30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)の支払いが必要です。労働者から請求があれば,解雇理由証明書も交付しなければなりません。
5-1 解雇予告と解雇予告手当
労基法第20条第1項は,使用者が労働者を解雇しようとする場合,少なくとも30日前にその予告をするか,30日分以上の平均賃金を支払うことを求めています。予告の日数は,1日分の平均賃金を支払うごとに,その日数を短縮できます(同条第2項)。
平均賃金とは,原則として,算定すべき事由が発生した日以前の3箇月間に労働者に支払われた賃金の総額を,その期間の総日数(暦日数)で除した金額です(労基法第12条第1項)。予告の期間は,予告をした日の翌日から数え,休日も含めて30日以上を確保します。予告は,法律上は書面で行うことが要件とはされていませんが,予告をしたことと解雇の日を後日示せるように,書面で行うことが望ましいといえます。
予告も手当の支払いもなく,即時に解雇を通知した場合,その通知は即時解雇としては効力を生じません。ただし,使用者が即時解雇に固執する趣旨でない限り,通知後30日が経過するか,予告手当を支払った時点で,解雇の効力が生じるとされています(最高裁判所第二小法廷1960年(昭和35年)3月11日判決(細谷服装事件))。また,予告手当を支払わなかった場合は,裁判所が,未払金と同一額の付加金の支払いを命じることがあります(労基法第114条)。
5-2 予告が不要となる場合
次の場合は,解雇予告の規定が適用されません(労基法第20条第1項ただし書,第21条)。
- 天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合,又は労働者の責めに帰すべき事由に基づいて解雇する場合です。いずれも,労働基準監督署長の認定が必要です(同法第20条第3項)。
- 日々雇い入れられる者(1箇月を超えて引き続き使用された場合を除く),2箇月以内の期間を定めて使用される者,季節的業務に4箇月以内の期間を定めて使用される者です。後二者は,所定の期間を超えて引き続き使用された場合には,予告が必要になります。
- 試用期間中の者(14日を超えて引き続き使用された場合を除く)です。
「労働者の責めに帰すべき事由」の認定を受けられるのは,一般に,重大又は悪質な場合に限られます。通常の普通解雇では,解雇予告か解雇予告手当によるのが一般的です。
5-3 解雇理由証明書と退職時の証明
労働者から請求があれば,使用者は遅滞なく,解雇の理由を記載した証明書を交付しなければなりません(労基法第22条第1項)。解雇の予告をされた労働者は,予告の日から退職の日までの間でも,解雇の理由について証明書を請求できます(同条第2項)。証明書には,労働者が請求しない事項を記入してはなりません(同条第3項)。
解雇理由証明書の記載は,後に紛争となった場合の,使用者の主張の出発点となります。就業規則のどの条項に,どの具体的事実が該当するかを,正確に記載してください。後に主張する理由が証明書の記載と食い違うと,後付けと受け取られるおそれがあります。
5-4 解雇通知書に記載する事項(骨子例)
解雇通知書に記載する主な事項は,次のとおりです。本例は一般例です。実際には企業ごとの実情に応じた調整が必要です。
- 通知日と解雇日(予告期間を満たしているか)
- 解雇の意思表示と,解雇を通知する者
- 解雇の理由(就業規則の該当条項と,具体的な事実の要旨)
- 解雇予告手当を支払う場合は,その金額と支払日
- 貸与品の返還,社会保険・雇用保険の手続,離職票の交付時期,退職金の取扱いなどの事務連絡
- 解雇理由証明書を請求できること,及び連絡先
解雇通知書に記載する理由は,後に交付する解雇理由証明書の記載と一致させます。
6 解雇が無効とされた場合の企業リスク
この項の結論
「裁判になっても,解決金を払えば済む」と考えるのは危険です。解雇が無効とされると,解雇日から判決確定までの賃金(バックペイ)の支払い,職場復帰の受入れ,労働審判・訴訟への対応などの負担が生じます。解雇は,「勝てるか」だけでなく,「負けたときにどうなるか」まで見て判断する必要があります。
6-1 バックペイ(未払賃金)の支払義務
解雇が無効であれば,労働契約は終了していません。解雇日から判決確定までの期間に労働者が就労できなかったのは,使用者の責めに帰すべき事由によるものとされ,使用者は,その間の賃金(バックペイ)の支払いを命じられます(民法第536条第2項前段)。争いが長引けば,金額も大きくなります。
たとえば(想定事例),月額賃金が50万円の労働者について,解雇から判決の確定まで2年を要した場合,賞与を除いても,単純計算で1,200万円のバックペイが問題となります。
労働者が解雇後に継続して労務を提供していなくても,使用者が就労を拒絶する意思を明確にしている場合には,口頭の提供を要しないとされています。他方,労働者が就労の意思又は能力を失ったと認められる期間は,バックペイが否定される場合があります。
6-2 中間収入の控除
労働者が解雇されている間に,他の職場で働いて収入(中間収入)を得ていた場合,民法第536条第2項後段は,債務を免れたことによって得た利益を債権者に償還しなければならないと定めています。そのため,中間収入は,バックペイから控除できる場合があります。ただし,控除できる範囲には限度があります。最高裁判所第一小法廷1987年(昭和62年)4月2日判決(あけぼのタクシー事件)は,次の3点を示しました。
- 平均賃金の6割までは,控除できません使用者の責めに帰すべき事由による休業の場合,使用者は,平均賃金の6割以上の休業手当を支払う義務を負います(労基法第26条)。最高裁は,解雇期間中の賃金のうち,平均賃金の6割に達するまでの部分は,中間収入の控除の対象にできないとしました。したがって,控除できるのは,6割を超える部分に限られます。
- 賞与等は,全額が控除の対象となり得ます中間収入の額が平均賃金額の4割を超えるときは,さらに,平均賃金の算定基礎に入らない賃金(臨時に支払われた賃金や,3箇月を超える期間ごとに支払われる賃金など。労基法第12条第4項所定の賃金)の全額を対象として,控除することが許されます。同事件で問題となったのは,3箇月を超える期間ごとに支払われる一時金でした。
- 賃金の対象期間に対応する期間の収入に限られます控除できるのは,その賃金の支給の対象となる期間と時期的に対応する期間内に得た収入に限られます。別の時期に得た収入を控除することはできません。
このように,中間収入を控除できる場合があっても,企業の金銭的な負担が重いことに変わりはありません。
6-3 職場復帰・紛争対応のコスト・その他のリスク
- 職場復帰を受け入れる必要地位の確認が認められれば,原則として職場に戻す必要があります。一度解雇した社員との関係修復は容易ではなく,他の従業員の士気にも影響します。
- 労働審判・訴訟への対応労働審判は,原則として3回以内の期日で終結する迅速な手続です(労働審判法第15条第2項)。そのため,初回期日までに答弁書と証拠を整える必要があり,準備期間は短くなります。訴訟となれば,1年以上かかることも珍しくありません。
- 不法行為責任解雇の態様が著しく不当な場合は,解雇の無効にとどまらず,不法行為(民法第709条)に基づく損害賠償責任が問われるおそれがあります。
- レピュテーションリスク特に上場企業では,不当解雇の主張がSNSや報道で広がることで,採用や取引,コンプライアンス体制への信頼に影響するおそれがあります。
- 手続違反の責任労基法第19条や第20条に違反した場合には,罰則の定めがあります(同法第119条第1号)。解雇予告手当の不払いについては,付加金も問題となります(5-1)。
6-4 紛争になった場合の流れ
労働者が解雇の効力を争う場合,主な手続は,労働審判,訴訟(地位確認等の請求),労働局のあっせんです。労働審判は,裁判官である労働審判官と,労働関係の専門的な知識経験を有する労働審判員2名で組織する委員会が審理し,調停を試み,調停が成立しない場合に審判を行う手続です。第1回の期日は,原則として申立てから40日以内に指定されます(労働審判規則第13条)。審判に不服がある当事者は,審判書の送達等を受けた日から2週間以内に異議を申し立てることができ,異議があれば訴訟に移行します(労働審判法第21条,第22条)。
そのため,企業側は,申立書が届いてから短期間で,答弁書の作成,解雇理由に関する証拠の整理,関係者からの聴取を行う必要があります。解雇を決定する前の段階から,指導の記録や評価資料を整えておくことが,初動の負担を大きく左右します。
7 退職勧奨の位置づけと限界
この項の結論
退職勧奨は,それ自体は適法です。ただし,労働者の自由な意思決定を妨げる態様や,名誉感情を害する言動は,不法行為となるおそれがあります。退職届の提出を受けた場合でも,その過程に問題があれば,退職の意思表示が無効となり,又は取り消されるおそれがあります。
7-1 適法性の判断要素
退職勧奨は,使用者が労働者に退職を働きかける行為であり,契約自由の原則から認められています。ただし,社会通念上相当と認められる範囲を超えた退職勧奨は,労働者の自己決定権を侵害する違法行為として,不法行為(民法第709条)に基づく損害賠償責任を生じさせます。会社が使用者責任(民法第715条)を負う場合もあります。
裁判例は,退職勧奨が違法となるかどうかを,次のような事情を総合して判断する傾向にあります。
- 面談の回数・時間・場所長時間に及ぶ面談や,短期間に繰り返される面談がないかを確認します。
- 面談の参加人数少人数の労働者に対し,多数の管理職で取り囲むような形になっていないかを確認します。
- 言動の内容人格を否定する発言,「辞めなければ解雇する」という断定的な示唆,威圧的な発言がないかを確認します。
- 拒否の意思表示への対応明確に断っているのに,同じ働きかけを繰り返していないかを確認します。
7-2 違法とされた例と,適法とされた例
退職勧奨の限界を示した裁判例として,次の2件があります。両事件を一括りにして,いずれも違法とされた事案と理解しないよう注意してください。
| 判決 | 事案・判断 |
|---|---|
| 最高裁判所第一小法廷1980年(昭和55年)7月10日判決広島高等裁判所1977年(昭和52年)1月24日判決山口地方裁判所下関支部1974年(昭和49年)9月28日判決下関商業高校事件 | 市立高校の教員に対し,市教育委員会が退職を勧奨した事案です。二人の教員が勧奨に応じない意思を示し,優遇措置も打ち切られていたにもかかわらず,市教育委員会の担当者は,3月から5月(一人は7月)までの間に,それぞれ11回,13回にわたり出頭を命じ,1回20分から2時間15分に及ぶ勧奨を繰り返しました。退職するまで勧奨を続ける旨を述べ,退職しなければ組合の宿直廃止や欠員補充の要求に応じないという態度を示したことなども,違法とされた事情として挙げられています。裁判所は,退職勧奨が被勧奨者の自由な意思形成を妨げる心理的な圧力を加えて退職を強要するものであり,違法であると判断し,市に慰謝料の支払を命じました(国家賠償法に基づく請求)。最高裁は上告を棄却しています。 |
| 東京高等裁判所2012年(平成24年)10月31日判決東京地方裁判所2011年(平成23年)12月28日判決日本アイ・ビー・エム事件 | 業績評価が低位にあった従業員らが,会社の期間限定の退職支援制度(特別支援プログラム)に関して退職勧奨を受け,退職強要に当たる違法な行為であるとして損害賠償を求めた事案です。東京地方裁判所は請求をいずれも棄却し,東京高等裁判所も控訴を棄却しました。地裁は,対象者が退職に消極的であっても,直ちに説得をやめる義務まではなく,在籍のデメリットや退職のメリットを説明して再検討を求めることは,社会通念上相当な範囲を逸脱しない限り許されるとしています。他方で,退職しない意思が固く,面談に応じられないことを対象者がはっきりと明確に表明し,上司がそれを確実に認識した段階以降は,なお勧奨を続けると違法と評価され得るとも述べています。高裁は,対象者ごとに面談の経過を個別に検討し,上司の不適切な発言があった点も含めて,違法とまではいえないと判断しました。 |
このように,裁判所は,違法となった事案と,適法にとどまった事案の双方から,退職勧奨が許される範囲と限界を判断しています。下関商業高校事件は退職勧奨が違法とされた事案であり,日本アイ・ビー・エム事件は違法性が否定された事案です。分かれ目は,退職しない意思が示された後の働きかけの回数・時間・態様と,説得が自由な意思形成を妨げる程度に至ったかどうかにあります。
7-3 退職の意思表示が無効・取消しとなるおそれ
退職勧奨に応じて退職届が提出された場合でも,次のときは,退職の意思表示の効力が問題となります。
- 強迫による意思表示は,取り消すことができます(民法第96条第1項)。
- 解雇事由がないのに,解雇されるかのように事実に反して強調するなど,事実に反する説明により誤信させた場合は,錯誤(民法第95条)や詐欺(民法第96条第1項)が問題となり得ます。
「退職届にサインをもらった」というだけでは,安心できません。サインに至る過程の適切さが,後から問われます。
7-4 退職合意書の留意点|離職理由と雇用保険・助成金
合意に至ったら,書面(退職合意書)を作成します。盛り込むべき主な事項は,次のとおりです。
- 退職日と,合意退職であること
- 解決金・退職金の金額と支払時期
- 清算条項(本件に関し,他に債権債務がないことの確認)
- 秘密保持・誹謗中傷禁止条項
- 離職理由の取扱い
離職理由は,離職票の記載を通じて,雇用保険の基本手当の受給に関わります。解雇(自己の責めに帰すべき重大な理由による解雇を除く)や,事業主から退職を勧奨されたことによる離職は,特定受給資格者に当たり得ます(雇用保険法第23条第2項,同法施行規則第36条)。一方,自己の責めに帰すべき重大な理由による解雇の場合は,基本手当の給付制限の対象となります(同法第33条第1項)。後日の紛争を防ぐために,離職理由は,退職合意書に明記しておくべきです。
8 解雇に至るまでの実務の流れ
この項の結論
解雇は,事実の整理,就業規則との照合,解雇回避措置の実施,解雇の有効性の見立て,解雇の通知,解雇後の手続の順に進めます。各段階で,判断した事項と実施した内容を記録に残してください。退職勧奨に応じない場合に,直ちに解雇へ進むのは危険です。
トラブルを避けるために,実務では,次の流れで進めることをおすすめします。次の流れは,当事務所が実務上の観点から整理したものであり,法定の手順ではありません。
STEP1 事実関係の整理と証拠の確保
担当は,人事・総務と,対象者の上司です。指導の経緯,注意・指導の記録,業績評価,顧客や同僚からの苦情,改善の機会を与えた事実を,時系列で整理します。「改善の機会を与えたか」は,解雇の相当性を判断するうえで重要です。記録は,日付,場所,当事者,内容,対象者の反応を残し,原本を保管します。
STEP2 就業規則・雇用契約との照合
担当は,人事・法務です。問題となっている事実が,就業規則のどの解雇事由に該当するかを確認し,雇用契約で職種や勤務地が限定されているかを確認します。限定がない場合は,配置転換の可能性が相当性の判断に影響します。就業規則の該当条項と事実の対応表を作成しておきます。
STEP3 解雇回避措置の実施
注意・指導を書面で行い,改善の目標と期限を示します。必要に応じて,配置転換,改善指導計画(PIP)の実施,休職制度の活用,段階的な懲戒処分を検討します。改善指導計画は,退職に追い込むことではなく,改善を目的として運用します。実施した内容と,改善状況の評価を記録します。解雇以外の手段を尽くしたかが,後の紛争で問われます。
STEP4 退職勧奨の要否の検討と実施
退職の条件(退職金の上乗せ,解決金,有給休暇の消化,再就職支援など)を,事前に設計します。条件が妥当であるほど,本人の納得も得やすくなります。面談は,1回あたり30分から1時間程度を目安に,圧迫感のない会議室で行い,同席者は必要最小限とします。本人が考える時間を十分に確保し,録音される可能性を前提に,発言は常に冷静かつ丁寧に行います。合意に至らない場合は,直ちに解雇へ進まず,STEP3に戻って検討します。
STEP5 解雇の有効性の見立て
担当は,経営層と法務です。解雇の理由,証拠,解雇回避措置の実施状況,本人の情状,解雇制限(4項)に該当しないかを確認し,無効とされた場合のリスク(6項)まで含めて判断します。この段階で,弁護士の確認を受けることを検討してください。
STEP6 解雇の予告・通知
解雇予告(又は解雇予告手当の支払い)と,解雇通知書の交付を行います。解雇の理由は,就業規則の該当条項と具体的な事実を対応させて記載します。通知の日,方法(手渡し,郵送など)及び受領の事実を記録します。
STEP7 解雇後の手続
労働者から請求があれば,解雇理由証明書を交付します。請求があった場合は,7日以内に賃金を支払い,労働者の権利に属する金品を返還します(労基法第23条)。社会保険・雇用保険の資格喪失の手続を行い,離職票を交付します。離職理由は,実態に即して記載します。解雇後に,労働者や代理人から請求や通知が届いた場合は,期限を確認し,対応方針を整理します。
9 よくある失敗・NG対応3例
この項の結論
実務で起こりがちな失敗は,記録のない解雇,圧力による退職届の取得,解雇理由の不整合です。いずれも,解雇や退職の効力が争われた場合に,企業側に不利に働くおそれがあります。以下の事例は,想定事例です。
| NG対応(想定事例) | 何が問題か・リスク | 改善の方向 |
|---|---|---|
| 注意・指導の記録がないまま,能力不足を理由に突然解雇する | 改善の機会を与えた事実を示せず,相当性が否定されるおそれがあります。口頭の指導だけでは,立証が難しくなります。 | 指導の内容,改善目標,期限,結果を書面で残し,配置転換なども検討したうえで判断します。 |
| 「退職届を出さなければ解雇する」と告げて,署名させる | 退職の意思表示が,強迫や錯誤を理由に取り消されるおそれがあります。退職強要として,不法行為責任が問われる場合もあります。 | 解雇に言及する場合は,事実に基づく説明にとどめ,考える時間を確保します。解雇するのであれば,解雇として手続を進めます。 |
| 解雇通知書や解雇理由証明書に具体的な理由を書かず,紛争になってから理由を追加する | 後付けと受け取られ,使用者の主張の信用性が下がるおそれがあります。手続の不備も問われます。 | 通知の時点で,就業規則の条項と具体的な事実を対応させて記載します。証明書の記載と主張を一致させます。 |
10 解雇前の実務チェックリスト
この項の結論
解雇の通知や退職勧奨の面談の前に,次の項目で,自社の準備状況を点検してください。未整備の項目が多い場合は,解雇を急がず,整備を優先することを検討してください。
- 解雇理由に当たる事実を,日付・内容・関係者とともに,時系列で整理しているか
- 注意・指導の記録(書面,メール,面談記録)が残っているか
- 問題となっている事実が,就業規則の解雇事由のどの条項に該当するかを確認したか
- 改善の機会(改善目標と期限を示した指導)を与えたか
- 配置転換,職種変更,休職制度の活用など,解雇以外の手段を検討し,記録したか
- 労働者が解雇制限の対象(休業中,妊娠中,育児・介護休業中,通報や申告をした者など)でないかを確認したか
- 同種の事案で,他の労働者の処分との均衡を確認したか
- 解雇予告又は解雇予告手当(平均賃金の計算を含む)の準備ができているか
- 解雇通知書の記載と,解雇理由証明書に記載する内容が一致しているか
- 退職勧奨を行う場合に,面談の回数・時間・同席者・伝え方を,事前に設計したか
- 解雇が無効とされた場合のリスク(バックペイ,復職)を,経営層と共有したか
11 弁護士に依頼するメリット
この項の結論
解雇や退職勧奨は,事実の整理,法的評価,書面の作成,相手方への対応のいずれにも,専門的な判断を要します。弁護士の関与が有用となる場面は,解雇を決定する前,退職勧奨の面談の前,合意書に署名を求める前,解雇後に請求や通知が届いたときです。
読者の課題ごとに,自社で対応できる範囲と,弁護士に相談できる業務の例,相談の目安を整理すると,次のとおりです。
| 課題 | 自社で対応できること | 弁護士に相談できる業務の例 | 相談の目安 |
|---|---|---|---|
| 解雇が有効か判断できない | 事実の時系列の整理,記録の収集,就業規則の該当条項の確認 | 最新の裁判例に照らした解雇の有効性の見立て,無効となった場合のリスクの整理 | 解雇予告・解雇通知を出す前 |
| 退職勧奨を適法に進めたい | 退職条件の検討,面談の場所や時間の設定 | 面談の進め方の助言,想定問答の整理,面談への同席(事案に応じて) | 面談を実施する前 |
| 退職合意書・解雇通知書を整えたい | ひな形の確認,日付や金額の記載 | 退職合意書・解雇通知書の作成とリーガルチェック(清算条項,秘密保持条項,離職理由の記載など) | 署名や通知の前 |
| 解雇後に請求や通知が届いた | 事実関係と証拠の保全 | 労働審判,訴訟,団体交渉,労働局のあっせんへの対応(代理人としての対応) | 弁護士名義の通知書や労働組合の申入れが届いたとき |
| トラブルが起きにくい体制を整えたい | 就業規則や評価制度の現状の把握 | 解雇事由の見直し,人事評価制度の整備,ハラスメント防止体制の構築の助言 | 制度を見直すとき |
解雇の通知後は,やり直しがきかない場合があります。そのため,解雇予告や解雇通知を出す前に,解雇の有効性について弁護士の見立てを確認することが,特に重要です。スポット相談で個別の案件を確認する方法と,顧問契約などで平時から相談できる体制を整える方法があります。繰り返し発生する人事労務の課題には,後者が向く場合があります。人事労務の課題への支援は「人事労務対応コンサルティング」,労務体制の整備は「労務体制を整備し,企業を強くするためのサポートプラン」をご覧ください。
12 よくある質問(FAQ)
この項の結論
FAQでは,懲戒解雇との違い,解雇予告手当,試用期間,能力不足の解雇,退職勧奨を拒否された場合,バックペイなど,実務上の疑問を整理します。
13 まとめ
普通解雇は,労契法第16条により,客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性の双方が求められ,有効性が厳しく審査されます。能力不足や勤務態度不良を理由とする場合は,注意・指導や配置転換など,解雇以外の手段を尽くしたかが問われます。
解雇が無効となれば,バックペイの支払いと復職の受入れなど,企業の負担が大きくなります。中間収入を控除できる場合はありますが,控除できる範囲には限度があります。解雇が有効となり得る場合でも,解雇予告や解雇理由証明書などの手続が必要であり,法律で解雇が制限される場面にも注意が必要です。
退職勧奨は適法に行えますが,自由な意思決定を妨げる働きかけは違法となるおそれがあります。離職理由は,実態に即して記載してください。解雇を検討している社員がいる場合は,まず,事実と記録の整理(8項のSTEP1)と,チェックリスト(10項)による点検から始め,解雇の通知前に,専門家の確認を受けることを検討してください。
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解雇・退職勧奨のご相談の前に整理しておくとよい資料
解雇や退職勧奨について,専門家への相談を検討される場合は,次の資料を手元にご用意いただくと,状況の整理が進めやすくなります。
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- 対象社員の評価資料,注意・指導の記録,面談の記録
- これまでの経緯を時系列でまとめたメモ
- 同種の事案における他の社員の処分例(個人情報に配慮したもの)
- 事業所の所在地,業種,労働者数,雇用関係助成金の利用状況