〜相談窓口の3段階設計と抑止措置の発動フローを実務目線で整理〜
カスハラ防止措置(2026年(令和8年)10月1日施行)への対応は,就業規則の改定,相談窓口の設計,抑止措置の方針策定,顧客対応マニュアルの整備,研修の実施という順序で進めることで,施行日までに過不足なく準備できます。相談窓口は一次・二次・外部の3段階で役割を分担する設計が機能しやすく,悪質な顧客への抑止措置は,記録→一次評価→二次評価→実施→事後フォローという発動フローをあらかじめ明文化しておくことが重要です。裁判例上も,苦情対応マニュアルの配布や複数名体制等の対策が整っていた企業ほど,安全配慮義務違反を問われにくい傾向にあります。
※労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律(令和7年法律第63号,2025年(令和7年)6月11日公布,2026年(令和8年)10月1日施行,以下改正後の同法を「改正法」といいます。) 制度の詳細は①制度編を参照
東京地方裁判所2018年(平成30年)11月2日判決(まいばすけっと事件)
横浜地方裁判所川崎支部2021年(令和3年)11月30日判決(NHKサービスセンター事件)
東京高等裁判所2022年(令和4年)11月22日判決(同事件控訴審)
最高裁判所2023年(令和5年)5月10日決定(同事件上告審)
甲府地方裁判所2018年(平成30年)11月13日判決(甲府市・山梨県〔市立小学校教諭〕事件)
名古屋高等裁判所2016年(平成28年)7月20日判決(イビデン事件控訴審)
最高裁判所2018年(平成30年)2月15日判決(イビデン事件上告審)
- 就業規則の改定→相談窓口の設計→抑止措置の方針策定→マニュアル整備→研修の順で進めると,施行日(2026年(令和8年)10月1日)までに過不足なく対応できます。
- 相談窓口は「設置しただけ」では不十分で,一次・二次・外部窓口の役割分担が必要です。
- 悪質事案への抑止措置は,判断を誤ると新たな紛争を招くため,発動までのフローをあらかじめ明文化しておくことが重要です。
- 裁判例上も,対策が整っていた企業ほど安全配慮義務違反を問われにくい傾向にあります。
- 制度の対象範囲・4つの措置義務は①制度編をご覧ください。
この記事はこんな方におすすめです
- 施行日(2026年(令和8年)10月1日)までに何から着手すべきか,具体的な手順を知りたい経営者の方や人事・総務担当者の方
- 相談窓口の設計や抑止措置の発動基準を自社に即して整備したい法務・コンプライアンス担当者の方
- 裁判例を踏まえた「対策の実効性」の考え方を把握したい経営者の方や管理職の方
- 研修プログラムや年間対応スケジュールの具体例を知りたい人事担当者の方
主要用語の定義
抑止措置とは,悪質な顧客等に対する警告・契約解除・出入り禁止・警察通報等,被害の継続や拡大を防ぐための対処をいいます。
安全配慮義務とは,労働契約法第5条に基づき,使用者が労働者の生命・身体等の安全を確保しつつ労働できるよう配慮する義務をいいます。
エスカレーションとは,一次対応者が単独で判断できない事案を,あらかじめ定めた基準に従って上位の窓口(二次窓口・外部窓口)へ引き継ぐことをいいます。
- 1.実務対応ステップ(詳細)
- 2.相談窓口の設計比較表
- 3.抑止措置の発動フロー(詳細)
- 4.研修プログラムの設計例
- 5.研修効果の測定方法
- 6.相談記録票のフォーマット例
- 7.パワハラ対応との違い早見表
- 8.年間対応スケジュール例
- 9.自己点検チェックリスト
- 10.裁判例に学ぶ対応の分水嶺
- 11.弁護士に依頼するメリット
- 12.よくある質問(FAQ)
- 13.まとめ
1.実務対応ステップ(詳細)
📌 この章の結論
施行日(2026年(令和8年)10月1日)までに整備すべき実務対応は,現状把握から記録化・定期見直しまでの8ステップで進めることが効率的です。
施行日(2026年(令和8年)10月1日)までに整備すべき実務対応は,次の8ステップで進めることが効率的です。
- 現状把握:過去のクレーム・カスハラ事案を棚卸しし,発生頻度が高い部門・業務を特定する。既存の相談窓口や服務規律の有無も確認する。
- 就業規則の改定:対応方針と根拠規定を明文化する。規定例は④文例集を参照。労働基準法上の意見聴取・届出手続にも留意する。
- 相談窓口の設計:一次・二次・外部の役割を分担する(第2章)。窓口の存在を周知する媒体(社内掲示,イントラネット等)も併せて検討する。
- 抑止措置の方針策定:警告・契約解除等の判断基準と発動フローを定める(第3章)。
- 記録保存・報告ルート・現場での初動対応を明記する。派遣先や取引先でカスハラが発生した場合に備え,相手方の事業主に対して事実確認への協力を求める連携ルートも定めておく。改正法(第33条第3項)により,協力を求められた事業主にはこれに応じる努力義務が課されている。業種別の当てはめは③業種別対応編を参照。
- 研修の実施:管理職向けと現場向けで内容を分ける(第4章)。
- 周知・啓発:規程・マニュアルを全労働者に周知する。周知の実施記録(配布・研修受講記録等)も残しておく。
- 記録化・定期見直し:相談件数を集計し,年1回以上,対応状況とマニュアルの実効性を見直す(第8章)。
2.相談窓口の設計比較表
📌 この章の結論
相談窓口は,一次(現場・人事)・二次(法務)・外部(弁護士等)の3段階で役割を分担する体制が機能しやすいとされています。
| 窓口区分 | 主な役割 | 対応者の例 | 留意点 |
|---|---|---|---|
| 一次窓口 | 初期受付・一次確認 | 上司,人事 | 二次窓口へつなぐ基準を明確化 |
| 二次窓口 | 法的評価・方針決定 | 法務,コンプライアンス | 抑止措置の要否を判断 |
| 外部窓口 | 専門的助言・重大事案 | 顧問弁護士,産業医 | 労災・訴訟リスクで早期関与 |
3.抑止措置の発動フロー(詳細)
📌 この章の結論
抑止措置は判断を誤ると新たな紛争を招きかねないため,記録→一次評価→二次評価→実施→事後フォローという発動プロセスをあらかじめ明文化しておくことが重要です。
抑止措置(悪質な顧客への警告・契約解除・出入り禁止・警察通報等)は,実施の判断を誤ると新たな紛争(顧客との契約トラブル,名誉毀損等の反論)を招きかねないため,発動までのプロセスをあらかじめ明文化しておくことが重要です。以下は一般的な発動フローの例です。
- 一次対応・記録:現場対応者が,言動の内容・日時・具体的な発言を可能な限り正確に記録する(録音・メモ・防犯カメラ映像の保全を含む)。
- 悪質性の一次評価:一次対応者が,あらかじめ定めた判断基準(下記)に照らし,二次窓口へのエスカレーションの要否を判断する。
- 二次窓口による法的評価:法務・コンプライアンス部門が,行為の継続性・悪質性・被害の程度を総合評価し,警告文発出・契約解除・出入り禁止・警察通報のいずれの措置を取るかを決定する。
- 措置の実施:決定した措置を実施する。警告文発出の場合は書面の保存・発送記録を残す。契約解除・出入り禁止の場合は,根拠となる契約条項・利用規約を確認する。
- 事後フォロー:被害を受けた労働者へのケア(メンタルヘルス相談の案内,配置転換の要否確認等)と,再発防止策の社内共有を行う。
悪質性判断の考慮要素の例
- 行為の継続性・反復性(単発か,繰り返しか)
- 言動の強度(暴言の程度,身体的接触の有無,脅迫的言辞の有無)
- 要求内容と手段のバランス(要求自体は正当でも手段が過剰でないか)
- 第三者(他の顧客・従業員)への影響の有無
- 録音・記録等,客観的な証拠の有無
記録・証拠保全の実務ポイント
- 通話・対面対応の録音・録画を実施し,その旨を店舗掲示やウェブサイト等で公表する。指針上,ハラスメント防止を目的とした録音・録画は有効とされており,あらかじめ利用目的を公表・明示していれば,個人情報保護法上,現場で都度相手の同意を得る必要はないと解されています。
- 対面対応は,可能な範囲で複数名で対応し,後日の「言った言わない」の争いを防ぐ。
- 書面(警告文,契約解除通知等)は,配達証明付き郵便等,送付の事実を客観的に証明できる方法で送付する。
- 記録は労災請求・訴訟に発展した場合の重要な証拠となるため,個人情報保護に配慮しつつ一定期間保存するルールを定める。
警告文・契約解除通知の文例 → カスハラ対応文例集|警告書・契約解除通知・示談書・就業規則のひな形
4.研修プログラムの設計例
📌 この章の結論
研修は,管理職向けと現場向けで内容を分けることが効果的です。座学に加えロールプレイ形式を取り入れることで,現場での実効性が高まります。
研修は,管理職向けと現場(一般従業員)向けで内容を分けることが効果的です。
管理職向け研修の内容例
- カスハラの定義・3要素と,正当なクレームとの区別
- エスカレーション判断(一次→二次窓口への引き継ぎ基準)
- 被害を受けた部下への配慮(配置転換,メンタルヘルスケアの案内)
- 抑止措置(警告文発出・契約解除等)の判断プロセスと法的留意点
現場(一般従業員)向け研修の内容例
- カスハラの典型例(長時間クレーム,SNS晒し,威嚇等)の共有
- 初動対応の基準(即時退席の目安,通話打ち切りの基準等)
- 被害を受けた場合の報告手順・証拠保全方法
- 一人で対応を抱え込まないための社内ルールの周知
研修は座学だけでなく,ロールプレイ形式で実際の対応を体験させることで,現場での実効性が高まります。
5.研修効果の測定方法
📌 この章の結論
研修は実施するだけでなく,理解度テストや受講率の集計等により効果を測定し,次年度の内容改善につなげることが重要です。
研修を実施するだけでなく,その効果を測定し,次年度の内容改善につなげることが重要です。
- 研修後の理解度テスト・アンケートにより,カスハラの定義や初動対応の基準の理解度を確認する
- 研修受講率(対象者に対する受講者の割合)を集計し,未受講者へのフォローアップを行う
- 実際の相談件数・対応事例の傾向(研修前後の変化)を年次でモニタリングする
- ロールプレイ形式の研修では,対応の適切さについて講師・法務部門からフィードバックを行う
6.相談記録票のフォーマット例
📌 この章の結論
相談窓口が受け付けた内容を一貫した様式で記録することで,事後対応や証拠保全,集計・分析が容易になります。
相談窓口が受け付けた内容を一貫した様式で記録することで,事後対応や証拠保全,集計・分析が容易になります。以下は記録票に含めるべき主要項目の例です。
| 記載項目 | 記載内容の例 |
|---|---|
| 受付日時・受付窓口 | 相談を受け付けた日時,一次/二次いずれの窓口が対応したか |
| 相談者情報 | 氏名,所属部署,連絡先(プライバシーに配慮した管理を行う) |
| 事案の概要 | 発生日時・場所,相手方(顧客等)の属性,言動の具体的内容 |
| 証拠の有無 | 録音,メモ,防犯カメラ映像等の保全状況 |
| 対応状況 | 一次対応の内容,二次窓口へのエスカレーションの有無とその理由 |
| 決定した措置 | 警告文発出,契約解除,出入り禁止,警察通報等の実施の有無と内容 |
| 事後フォロー | 相談者へのケアの内容(配置転換,メンタルヘルス相談の案内等) |
- 相談記録は,苦情対応や安全配慮義務の履行という「正当な業務目的」の範囲内で取得・利用されるものです。
- 相談者のプライバシー保護のため,アクセス権限を人事・法務の一部に限定し,漏洩防止措置を講じる必要があります。
- 録音データ等を証拠として第三者に提供する場合は,本人同意又は法令に基づく場合(裁判所・警察への提供等)に限られる点に留意してください。
7.パワハラ対応との違い早見表
📌 この章の結論
カスハラ対応は既存のパワハラ防止措置と共通する部分が多い一方,相手方が組織外の「顧客等」である点に起因する相違点があります。
カスハラ対応は,既存のパワハラ防止措置と共通する部分が多い一方,相手方が「顧客等」という組織外の第三者である点に起因する相違点があります。
| 観点 | パワハラ対応 | カスハラ対応 |
|---|---|---|
| 行為者との関係 | 同一事業主内の労働者間 | 顧客等(組織外の第三者) |
| 行為者への処分 | 懲戒処分等,労働契約上の制裁が可能 | 契約解除・出入り禁止等,契約関係の解消が中心。懲戒権は及ばない |
| 抑止措置 | 指針上明示的な規定はない | 警告文発出・警察通報等の抑止措置が指針上明示されている |
| 立証の困難性 | 組織内の関係者から証言を得やすい | 相手方が組織外のため,録音等の客観的記録の重要性がより高い |
8.年間対応スケジュール例
📌 この章の結論
施行日を起点に,準備期(現状把握・規程整備)→直前期(研修・周知)→施行後(定期見直し)という時間軸で対応を組み立てることが実務上有効です。
| 時期 | 実施事項 |
|---|---|
| 施行日の6〜3か月前 | 現状把握,就業規則改定案の作成,相談窓口の設計 |
| 施行日の3〜1か月前 | 抑止措置の方針策定,顧客対応マニュアルの整備,研修教材の作成 |
| 施行日の1か月前まで | 全社研修の実施,規程・マニュアルの周知 |
| 施行後(毎年) | 相談件数の集計,対応状況のレビュー,マニュアル・研修内容の見直し |
9.自己点検チェックリスト
- 相談窓口を一次・二次・外部の3段階で設計しているか
- 抑止措置の発動フロー(記録→一次評価→二次評価→実施→事後フォロー)を明文化しているか
- 悪質性判断の考慮要素を社内で共有しているか
- 管理職・現場向けで内容を分けた研修を実施しているか
- 年間スケジュールに沿って,相談件数の集計と定期見直しを行う体制があるか
10.裁判例に学ぶ対応の分水嶺
📌 この章の結論
カスハラを直接の争点とした裁判例は多くありませんが,対策の有無・実効性が安全配慮義務違反の有無を分けた例があります。
カスハラを直接の争点とした裁判例は多くありませんが,対策の有無・実効性が安全配慮義務違反の有無を分けた例があります。
対策の実効性が評価され責任が否定された例
対応の不備で責任が認められた例
- 本記事で紹介した裁判例(まいばすけっと事件,NHKサービスセンター事件等)は,カスハラ対策の有無が安全配慮義務の判断に影響した重要事例として確定しています。
- ただし,具体的な義務の程度は業種や職務内容により異なるため,自社への当てはめについては,当事務所の弁護士等の専門家にご相談ください。
11.弁護士に依頼するメリット
📌 この章の結論
規程整備から対応フロー設計,警告文等の助言,証拠保全まで,弁護士の関与自体がコンプライアンス体制の証明となります。
- 規程・マニュアルを改正法・指針・裁判例に適合させる
- 相談受付から解決までの対応フローを設計する
- 警告文送付,契約解除,出入り禁止,警察対応への助言
- 労災・訴訟に備えた証拠保全・社内調査のサポート
弁護士の関与自体がコンプライアンス体制の証明となり,ステークホルダーへの説明材料にもなります。相談のタイミングとしては,就業規則の文言確定時,悪質事案が発生し抑止措置の実施を検討する時,労災請求や訴訟の兆候がある時が目安となります。
12.よくある質問(FAQ)
13.まとめ
カスハラ防止措置への実務対応は,就業規則の改定,相談窓口の設計,抑止措置の方針策定,顧客対応マニュアルの整備,研修という順序で進めることで,施行日までに過不足なく準備できます。相談窓口は3段階の役割分担,抑止措置は5段階の発動フローをそれぞれ明文化しておくことが,紛争予防の観点から重要です。
裁判例上も,対策の実効性が安全配慮義務違反の有無を分ける傾向にあります。自社の準備状況を9章のチェックリストで確認したうえで,不足がある場合は早期に着手することをお勧めします。業種別の当てはめ例は③業種別対応編,就業規則の規定例・警告文の文例は④文例集をご覧ください。
カスハラ対策の整備,まずはご相談ください
就業規則の見直しから相談窓口の設計まで随時ご相談を受け付けております。
2026年(令和8年)10月の施行日まで,準備期間は限られています。
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