内定取消しが認められる「正当な理由」とは|判断基準・違法となるケースと実務対応

~大日本印刷事件をはじめとする最高裁判例・裁判例から読み解く採用内定取消しの実務対応~

 採用内定は,単なる「採用予定」ではありません。大日本印刷事件(最高裁判所第二小法廷1979年(昭和54年)7月20日判決)は,採用内定により,就労開始時期を将来の一定時点とし,一定の取消事由に基づく解約権を留保した「始期付解約権留保付労働契約」が成立する場合があることを認めました。内定取消しが認められるのは,(1)内定当時に知ることができず知ることも期待できなかった事実に基づき,(2)その取消しが客観的に合理的で,(3)社会通念上相当と認められる場合に限られます。要件を欠く取消しは無効と判断され,企業は労働契約上の地位確認請求,賃金・損害賠償請求のほか,新規学卒者については行政上の対応を求められるリスクを負います。

判例 最高裁判所第二小法廷1979年(昭和54年)7月20日判決(大日本印刷事件)

判例 最高裁判所第二小法廷1980年(昭和55年)5月30日判決(電電公社近畿電通局事件)

判例 東京地方裁判所1997年(平成9年)10月31日決定(インフォミックス事件)

判例 福岡高等裁判所2011年(平成23年)2月16日判決等(コーセーアールイー事件)

判例 東京地方裁判所2022年(令和4年)9月21日判決(兼松アドバンスド・マテリアルズ事件)

条文 労働契約法第16条,職業安定法施行規則第35条第2項

【この記事の結論】
  •  採用内定は,大日本印刷事件(最高裁判所第二小法廷1979年(昭和54年)7月20日判決)により,「始期付解約権留保付労働契約」が成立する場合があり,内定取消しには労働契約法第16条の解雇権濫用法理と同様の考え方が及びます。
  •  内定取消しが認められるのは,(1)内定当時に知ることができず,知ることも期待できなかった事実に基づき,(2)その取消しが客観的に合理的で,(3)社会通念上相当と認められる場合に限られます(大日本印刷事件)。
  •  卒業不能,資格未取得,重大な経歴詐称,重大な非違行為等は取消理由となり得ますが,採用選考時に既に把握できた事情や,業務遂行と関係のない事情を理由とする取消しは,無効と判断されるリスクが高くなります。
  •  業績悪化を理由とする内定取消しは,整理解雇に準じて,(1)人員整理の必要性,(2)解雇回避努力,(3)対象者選定の合理性,(4)手続の妥当性の4要素を踏まえた検討が必要です(インフォミックス事件参照)。
  •  内定取消しが無効と判断された場合,企業は労働契約上の地位確認請求,賃金・損害賠償請求のリスクを負うほか,新規学卒者については職業安定法施行規則第35条第2項に基づく通知義務や企業名等の公表の対象となる可能性があります。

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主要用語の定義

採用内定とは,企業が労働契約の締結を予定して行う意思表示のうち,多くの場合,就労開始時期を将来の一定時点とし,一定の取消事由に基づく解約権を留保した「始期付解約権留保付労働契約」が成立していると評価されるものをいいます(大日本印刷事件・最高裁判所第二小法廷1979年(昭和54年)7月20日判決)。

内々定とは,正式な内定に先立つ採用の意思表示をいい,一般には労働契約の締結に至っていない段階を指しますが,当事者間の拘束関係が強い場合には,名称にかかわらず採用内定と評価されることがあります。

解約権の留保とは,労働契約の効力を維持しながら,一定の事由が生じた場合に使用者が契約を解約できる権利を,あらかじめ契約内容として留保しておくことをいいます。

1.内定取り消しは企業が自由にできるものではない

📌 この章の結論

採用内定は,企業が自由に取り消せる「採用予定」ではありません。多くの場合,始期付解約権留保付労働契約という労働契約が既に成立しており,内定取消しには解雇に準じた制約が及びます。

企業の採用担当者から,「内定後に,採用時には分からなかった問題が判明した」「内定者の経歴に虚偽があることが分かった」「急激に業績が悪化し,予定どおり採用できなくなった」といった相談を受けることがあります。

このような場合,企業としては「まだ入社前なのだから,内定を取り消せるのではないか」と考えがちです。しかし,採用内定は単なる採用予定ではありません。

1-1.採用内定によって労働契約が成立する場合がある

採用内定の法的性質について重要なのが,大日本印刷事件です。

最高裁判所第二小法廷1979年(昭和54年)7月20日判決(大日本印刷事件)
採用内定により,就労開始時期を大学卒業後とし,それまでの間について一定の取消事由に基づく解約権を留保した,いわゆる「始期付解約権留保付労働契約」が成立する場合があることを認めました。留保された解約権を行使できるのは,内定当時に知ることができず知ることも期待できなかった事実に基づき,その取消しが解約権留保の趣旨・目的に照らして客観的に合理的で,社会通念上相当として是認できる場合に限られるとしています。

したがって,企業が正式な採用内定を出した後は,「入社前だから採用をやめる」という単純な問題ではありません。厚生労働省も,採用内定によって労働契約が成立したと認められる場合,内定取消しには労働契約法第16条の解雇権濫用法理が適用されると説明しています。

1-2.内定取り消しは「解雇」と同様に厳しく判断される

労働契約法第16条は,解雇について,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当と認められない場合には無効になると定めています。内定取消しについても同様に,会社が内定通知書に「当社が不適当と認めた場合には内定を取り消すことがある」と記載しておけば自由に取り消せるわけではありません。

大日本印刷事件は,取消しが許される事由を,概ね,(1)内定当時に知ることができず,知ることも期待できなかった事実であり,(2)その事実を理由として取り消すことが客観的に合理的で,(3)社会通念上相当と認められる場合に限定しています。

つまり,企業が内定取り消しを検討するときに重要なのは,単に「取消事由に該当するか」ではなく,「その事情を理由として労働契約を終了させるだけの正当性があるか」という視点です。

2.内定取り消しが認められる「正当な理由」の判断基準

📌 この章の結論

内定取り消しが認められるかは,大日本印刷事件が示した(1)内定時に知り得なかった事情か,(2)客観的に合理的な理由があるか,(3)社会通念上相当かという3つの視点から判断されます。

内定取り消しが有効かどうかを判断する際,最も重要なのが大日本印刷事件(最高裁判所第二小法廷1979年(昭和54年)7月20日判決)です。同判決は,採用内定後であれば企業が自由に採否を再検討できるという考え方を採っていません。内定取り消しが認められる範囲を限定し,企業側に慎重な判断を求めています。

2-1.大日本印刷事件が示した判断基準

大日本印刷事件では,会社は採用選考の段階から,内定者について「グルーミーな印象」であるとして適格性に疑問を持っていました。しかし,いったん採用内定を出した後,「不適格性を打ち消す材料が出なかった」ことなどを理由として内定を取り消しました。最高裁判所は,このような内定取り消しを認めませんでした。

最高裁判所が示した基準によれば,留保された解約権を行使できるのは,採用内定当時に知ることができず,また知ることを期待できなかった事実であり,その事実を理由として内定を取り消すことが,解約権留保の趣旨・目的に照らして客観的に合理的で,社会通念上相当として是認できる場合に限られます。

2-2.「内定時に知ることができなかった事情」か

第一に問題となるのが,取消理由となる事情を採用内定時に把握できなかったのかという点です。例えば,内定後に重大な経歴詐称が初めて判明した場合や,内定後に重大な非違行為を行った場合は,この要件を満たす可能性があります。

これに対し,面接時の受け答え,性格的な印象,履歴書に記載されていた事項など,企業が採用選考の段階で既に認識していた事情を後から問題視しても,内定取り消しの正当な理由にはなりにくいと考えられます。

2-3.客観的に合理的な理由があるか

第二に,その事実が採用を取り消すほど重大なものなのかを検討する必要があります。例えば,履歴書の記載に誤りがあったとしても,その内容が採用判断や担当業務とほとんど関係しない軽微なものであれば,それだけで内定取り消しが有効になるとは限りません。

反対に,採用の重要な前提となった学歴・職歴・資格等について意図的な虚偽申告があり,その事実を知っていれば採用しなかったと合理的に説明できる場合には,取消しの合理性が認められやすくなります。

2-4.社会通念上相当といえるか

第三に,合理的な理由が存在しても,内定を取り消すという重大な措置が相当かという問題があります。内定者は,採用内定を受けることで他社への就職活動を終了し,他社の内定を辞退していることも少なくありません。そのため,内定取り消しは,内定者の生活や職業選択に重大な影響を与えます。

企業が内定取り消しを検討するときは,「取消事由が内定通知書に書いてあるか」→「実際にその事由が発生したか」→「内定時に知り得なかった事情か」→「取消しという処分に値するほど重大か」→「取消し以外の方法がないか」という順序で検討することが重要です。

3.内定取り消しが認められる可能性があるケース

📌 この章の結論

内定取消しが有効となるかは,取消事由に形式的に該当するだけで決まりません。内定時に知り得なかった事情であるか,その事情が採用の前提や職務適格性にどの程度影響するか,取消しまで行うことが相当かを個別に判断する必要があります。

3-1.学校を卒業できなかった場合

新卒採用において,就労開始日までの学校卒業が採用の前提となっているにもかかわらず,単位不足等によって卒業できないことが確定した場合には,内定取消しが認められる可能性があります。もっとも,卒業不能が確定しているのか,入社時期の変更で対応できないのかなども確認する必要があります。

3-2.必要な資格・免許を取得できなかった場合

特定の資格・免許を保有していなければ担当業務そのものを行えず,その資格取得を明確な採用条件として内定を出していた場合には,期限までに資格を取得できなかったことが取消理由となり得ます。実務上は,募集要項,求人票,内定通知書等によって,資格取得が採用条件であったことを明確にしておくことが重要です。

3-3.重大な経歴詐称が判明した場合

内定後に重大な経歴詐称が判明した場合も,取消しが認められる可能性があります。ただし,履歴書に事実と異なる記載があったというだけでは十分ではありません。学歴,職歴,保有資格,職務経験など,採用判断に重要な影響を及ぼした事項について意図的な虚偽申告があり,真実を知っていれば採用しなかったと合理的に説明できるかが重要になります。

3-4.内定後に重大な違法行為が判明した場合

最高裁判所第二小法廷1980年(昭和55年)5月30日判決(電電公社近畿電通局事件)
内定後に内定者が違法行為を行い,現行犯逮捕され,起訴猶予処分を受けたことなどが問題となった事案です。最高裁判所は,具体的事情の下で,留保解約権の行使による内定取消しを認めました。

3-5.コンプライアンス遵守姿勢等に重大な問題が判明した場合

東京地方裁判所2022年(令和4年)9月21日判決(兼松アドバンスド・マテリアルズ事件)
内定後の言動等から,単なる「会社との相性」の問題を超えて,社内ルールや会社の方針に従って職務を遂行する基本的姿勢に重大な問題があり,その事情を採用時には知り得なかった場合には,内定取消しが認められる余地があるとした裁判例です。

企業側では,「態度が悪い」「協調性がない」といった抽象的評価だけで判断せず,メール,チャット,面談記録,本人からの回答などを保存し,いつ,どのような言動があり,それが予定される職務や企業秩序とどのように関係するのかを客観的に説明できる状態にしておく必要があります。

4.内定取り消しが違法・無効となりやすいケース

📌 この章の結論

内定通知書に取消事由を記載していても,その事由に該当すれば当然に内定取消しが有効になるわけではありません。採用内定によって労働契約が成立している場合,内定取消しには厳格な制約があります。

4-1.面接・選考時に把握できた事情を理由とする場合-大日本印刷事件

大日本印刷事件では,会社が採用選考の段階から把握していた人物的印象を,内定後に取消理由として用いました。最高裁判所は,このような取消しを解約権の濫用として認めませんでした。企業実務では,「その問題をいつ知ったのか」だけでなく,「採用選考時に確認できなかったのはなぜか」を検証することが重要です。

4-2.業務遂行と関係のない健康情報を理由とする場合

健康上の問題が判明したからといって,直ちに内定取消しが認められるわけではありません。重要なのは,健康情報そのものではなく,予定される業務を遂行できるかどうかです。健康診断で何らかの異常が判明しても,通常どおり就労でき,予定業務に具体的な支障がないのであれば,その情報だけを理由とする取消しは客観的合理性や社会通念上の相当性を欠く可能性があります。

4-3.企業の恣意的・不誠実な対応による取消し

「もっと条件のよい候補者が見つかった」「採用人数を多く取りすぎた」「経営陣の方針が変わった」といった企業側の一方的な都合だけで,既に成立した採用内定を自由に撤回することはできません。特に経営悪化を理由とする場合には,整理解雇に準じた厳格な検討が必要です。

4-4.「内々定」なら自由に取り消せるとは限らない

正式な「内定」と「内々定」は区別して考える必要があります。一般に内々定の段階では労働契約締結に至っていない場合もありますが,当事者間の拘束関係が強ければ,名称が「内々定」であっても採用内定と評価される可能性があります。

福岡高等裁判所2011年(平成23年)2月16日判決等(コーセーアールイー事件)
労働契約が成立していない場合でも,採用への合理的な期待が形成されている状況で,企業が合理的理由なくこれを破棄したときは,期待権侵害等を理由とする損害賠償責任が問題となり得るとした裁判例です。

4-5.比較表:内定取消しの可否に関する視点整理

内定取消しが認められやすいか否かは,個別事情の総合判断によります。もっとも,これまでの整理を踏まえると,判断が分かれやすい視点は次のとおりです。

視点認められやすい方向に働く事情無効・違法と判断されやすい方向に働く事情
取消理由の把握時期内定後に初めて判明した事実採用選考の段階で既に把握していた事実
取消事由の重大性採用判断に重要な影響を及ぼす意図的な虚偽申告,重大な非違行為等履歴書の軽微な記載誤り,性格的な印象等
健康情報の扱い予定業務の遂行に具体的な支障がある場合業務遂行に支障がない異常所見のみを理由とする場合
業績悪化への対応整理解雇の4要素を踏まえ,回避策を尽くした場合回避策を検討せず一方的に取消しを通告する場合
内定・内々定の別労働契約が未成立で,当事者間の拘束関係も弱い場合の内々定撤回拘束関係が強く,実質的に内定と評価される内々定の撤回

5.業績悪化を理由とする内定取り消し

📌 この章の結論

業績悪化による内定取消しは,経営上の必要性があるだけでは認められません。整理解雇に準じて,人員整理の必要性,解雇回避努力,対象者選定の合理性,手続の妥当性という4要素を踏まえた検討が必要です。

5-1.「業績が悪化した」だけでは内定を取り消せない

採用内定後に売上減少や受注減少,資金繰り悪化などが生じ,予定していた人員を採用できなくなったケースでも,経営上の必要性があれば当然に内定を取り消せるわけではありません。経営悪化を理由とする内定取消しについては,整理解雇に準じて,(1)人員整理の必要性,(2)解雇回避努力,(3)対象者選定の合理性,(4)手続の妥当性という4つの要素を踏まえて検討する必要があります。

5-2.インフォミックス事件から見る判断ポイント

東京地方裁判所1997年(平成9年)10月31日決定(インフォミックス事件)
会社の経営悪化に伴う人員削減の必要性や,希望退職募集,内定者への補償提示,職種変更の打診などが行われた事案です。しかし,内定者がヘッドハンティングを受け,既に前勤務先へ退職届を提出して後戻りできない状況にあり,会社が入社直前になって辞退を求めたことなども考慮され,結論として内定取消しは無効と判断されています。

したがって,経営悪化による取消しを検討する企業では,採用凍結,配置転換,入社時期の調整,役員報酬・経費の削減など,取消しを回避するために何を検討したのかを記録しておくことが重要です。

6.企業に生じる法的・レピュテーションリスク

📌 この章の結論

内定取消しが無効と判断されると,企業は地位確認・賃金・損害賠償のリスクを負うほか,新規学卒者については行政上の通知義務や企業名公表のリスクにも直面します。

6-1.内定者からの地位確認・損害賠償請求リスク

内定取消しが無効と判断された場合,内定者から労働契約上の地位確認を求められる可能性があります。また,事案によっては,賃金や損害賠償等の請求を受けることも考えられます。

6-2.新規学卒者に関する行政手続とレピュテーションリスク

新規学卒者については,職業安定法施行規則第35条第2項により,採用内定の取消し等を行う場合に所定の通知が必要となります。また,一定の場合には,厚生労働大臣による企業名等の公表の対象となる可能性があります。内定取消しは,訴訟リスクだけでなく,採用活動や企業のレピュテーションにも影響し得ます。

7.企業が内定取り消しを検討するときの実務対応

📌 この章の結論

内定取消しを検討する際は,思いつきで通知するのではなく,事実確認,証拠確定,内定時の認識,取消しの相当性,回避策,行政手続という順序で確認することが,紛争予防の基本です。

  1. 内定通知書・誓約書・募集要項・求人票を確認する:どの時点で労働契約が成立したのか,取消事由がどのように定められているのかを確認します。
  2. 取消理由となる事実と証拠を確定する:経歴詐称であれば履歴書や面接記録,問題言動であればメール・チャット等を保全します。
  3. 内定時に知り得なかった事情かを検討する:採用時から把握していた事情を後から取消理由とすることは,大日本印刷事件との関係で特に問題になります。
  4. 取消しの重大性・相当性を検討する:事実が存在することと,それが内定取消しを正当化することは別問題です。
  5. 取消し以外の選択肢を検討する:特に経営悪化の場合には,入社時期の調整等を含め,取消回避策を具体的に検討します。
  6. 本人への説明と必要な行政手続を確認する:新規学卒者の場合には,ハローワーク等への通知も確認する必要があります。

8.弁護士に相談するメリットと当事務所のサポート内容

📌 この章の結論

内定取消しは,通知を出した後よりも,出す前の法的検討が重要な分野です。早期に弁護士へ相談することで,取消しの有効性だけでなく,証拠,説明方法,代替措置まで含めた対応方針を検討できます。

  •  内定取消しの有効性の検討
  •  内定通知書・誓約書・募集要項等の確認
  •  経歴詐称や問題行動に関する証拠整理
  •  本人への説明方法・通知書の検討
  •  経営悪化時の取消回避策の検討
  •  内定者との交渉
  •  労働審判・訴訟への対応

日本橋法律特許事務所では,企業側の立場から,内定取消しの有効性の検討,内定通知書・誓約書・募集要項等の確認,経歴詐称や問題行動に関する証拠整理,本人への説明方法・通知書の検討,経営悪化時の取消回避策の検討,内定者との交渉,労働審判・訴訟対応まで,採用段階から紛争発生後までの人事労務問題について法的観点から対応します。

特に,「この事情なら取り消してよいのか」「本人への通知を明日出したい」「経歴詐称が判明したが証拠が十分か分からない」といったケースでは,会社が取消しを決定する前に相談することで,取消しの有効性だけでなく,証拠,説明方法,代替措置まで含めた対応方針を検討することができます。

9.まとめ

採用内定は,単なる「採用予定」ではなく,事案によっては既に始期付解約権留保付労働契約が成立しています。そのため,内定取消しが認められるためには,原則として,内定当時に知ることができず,また知ることが期待できなかった事情があり,その事情を理由とする取消しが客観的に合理的で,社会通念上相当であることが必要です。

卒業不能,採用条件となる資格の未取得,重大な経歴詐称,重大な非違行為などは取消理由となり得ますが,具体的事情によって結論は異なります。一方,採用時に既に把握できた事情,業務遂行と関係のない事情,企業側の恣意的な都合などを理由とする取消しは,無効と判断されるリスクがあります。

したがって,企業が内定取消しを検討するときは,「取消事由に該当するか」だけで判断せず,取消通知を出す前に,事実関係,証拠,採用時の認識,取消しの相当性,回避措置,本人への説明,行政上の手続まで一体として検討することが重要です。

実務チェックリスト

  •  内定通知書・誓約書・募集要項・求人票の取消事由の記載を確認しているか
  •  どの時点で労働契約(始期付解約権留保付労働契約)が成立したかを確認しているか
  •  取消理由となる事実を裏付ける証拠(経歴詐称であれば履歴書・面接記録,問題言動であればメール・チャット等)を保全しているか
  •  その事情が採用内定当時に知ることができなかったものかを検討したか
  •  取消しという処分が事案の重大性に見合っているか(社会通念上の相当性)を検討したか
  •  入社時期の調整・配置転換等,取消し以外の回避策を検討したか
  •  業績悪化を理由とする場合,整理解雇に準じた4要素(人員整理の必要性・解雇回避努力・対象者選定の合理性・手続の妥当性)を検討したか
  •  本人への説明方法及び通知内容を検討したか
  •  新規学卒者の場合,職業安定法施行規則第35条第2項に基づく所定の通知の要否を確認したか

10.よくある質問(FAQ)

Q1.内定を出した後でも,会社の判断で自由に取り消せますか。
A.いいえ。採用内定により始期付解約権留保付労働契約が成立している場合,内定取消しには労働契約法第16条の解雇権濫用法理と同様の考え方が及びます(大日本印刷事件・最高裁判所第二小法廷1979年(昭和54年)7月20日判決)。取消しが認められるのは,内定当時に知ることができず知ることも期待できなかった事実に基づき,客観的に合理的で社会通念上相当と認められる場合に限られます。
Q2.内定通知書に「当社が不適当と認めた場合は取り消すことがある」と記載していれば,自由に取り消せますか。
A.いいえ。このような条項があっても,取消事由の該当性だけでなく,内定時に知り得なかった事情か,取消しが客観的に合理的で社会通念上相当かという実質判断が必要です。
Q3.内定後に経歴詐称が判明しました。取り消せますか。
A.学歴・職歴・資格等,採用判断に重要な影響を及ぼした事項について意図的な虚偽申告があり,真実を知っていれば採用しなかったと合理的に説明できる場合には,取消しが認められる可能性があります。単に記載に誤りがあったというだけでは十分ではありません。
Q4.業績悪化を理由に内定を取り消すことはできますか。
A.経営上の必要性があるだけでは足りません。整理解雇に準じて,(1)人員整理の必要性,(2)解雇回避努力,(3)対象者選定の合理性,(4)手続の妥当性を踏まえて判断する必要があります。インフォミックス事件(東京地方裁判所1997年(平成9年)10月31日決定)では,退職済みで後戻りできない内定者に対する取消しが無効と判断されています。
Q5.健康診断で異常が見つかった場合,そのことを理由に内定を取り消せますか。
A.重要なのは,健康情報そのものではなく,予定業務を遂行できるかどうかです。通常どおり就労でき,予定業務に具体的な支障がない場合,その情報のみを理由とする取消しは,客観的合理性や社会通念上の相当性を欠く可能性があります。
Q6.「内々定」であれば,自由に取り消せますか。
A.必ずしもそうとは言えません。当事者間の拘束関係が強い場合には,名称が「内々定」であっても採用内定と評価される可能性があります。また,労働契約が成立していない場合でも,採用への合理的な期待を企業が理由なく破棄したときは,期待権侵害を理由とする損害賠償責任が問題となり得ます(コーセーアールイー事件・福岡高等裁判所2011年(平成23年)2月16日判決等)。
Q7.内定を取り消した場合,会社にはどのようなリスクがありますか。
A.内定者から労働契約上の地位確認や賃金・損害賠償の請求を受けるリスクがあります。新規学卒者については,職業安定法施行規則第35条第2項により所定の通知が必要となるほか,一定の場合には厚生労働大臣による企業名等の公表の対象となる可能性があります。
免責事項

 本記事は,公表されている法令,厚生労働省等の公表資料及び裁判例に基づき一般的な情報提供を目的として作成したものであり,個別の事案に対する法的助言ではありません。 記載内容は掲載時点(2026年9月)の法令・裁判例等に基づくものであり,その後の法改正・裁判例の変更等により内容が変わる可能性があります。 個別の事案における法的判断や見通しは,具体的な事実関係や証拠資料等によって異なります。個別の事案への当てはめについては,当事務所の弁護士等の専門家にご相談ください。 

執筆・監修

日本橋法律特許事務所 代表弁護士 中山泰章(第二東京弁護士会所属)