〜安全配慮義務・パワハラ防止法への実務対応〜
- 1.EAPとは何か
- 2.EAPが注目される背景:企業が直面するリスクの実態
- 3.EAPで対応できる悩みの範囲
- 4.EAPと企業の法的義務:安全配慮義務・パワハラ防止法
- 5.EAP導入によるメリット
- 6.なぜ外部EAPでなければならないのか
- 7.EAP運用における法的留意点
- 8.顧問弁護士との違い・弁護士関与の実務上の意義
- 9.日本橋法律特許事務所のEAPサポート内容
- 10.おわりに
1.EAPとは何か
1-1.EAPの定義と起源
Employee Assistance Program(EAP)とは,企業が従業員の抱える様々な問題に対して専門家によるサポートを提供する仕組みです。日本語では「従業員支援プログラム」と訳されます。
EAPはもともと1940年代のアメリカで生まれた制度です。当初はアルコール依存症や薬物依存を抱える労働者への対処が中心でしたが,その後対象が大きく広がり,現在では職場のストレス,家庭問題,法的トラブル,キャリア不安など多岐にわたる相談に応じるものとなっています。米国ではフォーチュントップ500の90%超の企業がEAPを導入しているとされており,グローバルスタンダードな人材管理の手法として定着しています。
日本においては,厚生労働省が2000年(平成12年)頃からEAPを含むメンタルヘルス対策の推進を政策的に打ち出し,2015年(平成27年)の労働安全衛生法改正によるストレスチェック義務化(従業員50人以上の事業場が対象)を経て,今や大企業から中堅・中小企業まで幅広く普及しつつあります。
1-2.弁護士によるEAP:新たな潮流
EAPというとカウンセラーや産業医によるメンタルヘルス支援のイメージが強いかもしれません。しかし,従業員が実際に抱える悩みの多くは,離婚・相続・借金・交通事故・刑事事件といった法的問題です。こうした問題に対しては,カウンセリングを受けても根本的な解決には至らず,弁護士による法的助言こそが不可欠となります。
2021年5月には一般社団法人弁護士EAP協会が設立され,弁護士によるEAPサービスが社会的にも認知されるようになりました。企業が法律事務所と契約し,従業員が無料または低廉な費用で法律相談を受けられる仕組みが,新たな福利厚生の形として急速に広がっています。
2.EAPが注目される背景:企業が直面するリスクの実態
2-1.メンタルヘルス問題の深刻化
精神疾患を理由とする労災申請件数・認定件数は近年一貫して増加しています。うつ病などによる長期休職,最悪の場合は過労による自死という事態は,当事者の問題にとどまらず,企業の安全配慮義務違反(労働契約法第5条)を問われ,多額の損害賠償責任を負うリスクに直結します。
問題の深刻さは職場内だけにとどまりません。従業員がプライベートで法的トラブル(離婚問題,借金,相続紛争など)を抱えたまま放置すると,精神的な負荷が増大し,集中力の低下・欠勤・離職という形で企業の生産性に直接的な影響を与えます。プライベートな問題と業務パフォーマンスは,思っている以上に密接に連動しています。
2-2.ハラスメント法制の強化
2020年(令和2年)6月施行の労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)により,大企業はハラスメント相談窓口の設置が義務付けられ,2022年(令和4年)4月からは中小企業にも義務が拡大されました。単に窓口を設ければよいわけではなく,実際に機能する相談体制でなければ法令違反と評価されるリスクがあります。
また,職場における顧客等からの著しい迷惑行為(いわゆるカスタマーハラスメント)への対応も,2024年(令和6年)以降,使用者の配慮義務として明確に意識されるようになってきています。
2-3.人的資本経営への要請
2023年度以降,有価証券報告書の提出義務を負う大手企業等(約4,000社)に対して,「人的資本の情報開示」が義務付けられました。従業員を消耗品ではなく投資対象の資本として扱い,その維持・育成の取り組みを開示する時代に突入しています。EAPはその具体的な実践の一つとして,対外的な評価においても意味を持ちます。
「従業員から法的トラブルの相談を受けたが,会社として何をすべきかわからない」
「ハラスメント窓口を設置したが,誰も使わない」
「離婚問題で頭がいっぱいの社員がミスを連発している」
こうした状況に対応する制度的インフラこそがEAPです。
3.EAPで対応できる悩みの範囲
3-1.支援対象:職場内外を問わない幅広いカバー
EAPの最大の特徴は,業務上の問題だけでなく,従業員のプライベートな問題まで支援対象に含める点にあります。従業員が抱える悩みは職場と家庭を截然と分けられるものではなく,どちらかの問題が他方に波及することがほとんどです。
| カテゴリ | 具体的な相談内容 |
|---|---|
| 家庭・家族 | 離婚・養育費・婚姻費用,親族間の対立,DV被害,子育て不安 |
| 財産・経済 | 借金・債務整理,相続・遺言,不動産トラブル,消費者被害 |
| 事故・刑事 | 交通事故(加害・被害),保険金請求,刑事事件への対応 |
| 心身・メンタル | ストレス,不安,うつ傾向,生活習慣の乱れ,慢性的な体調不良 |
| キャリア・職場 | 人間関係の摩擦,評価への不満,将来のキャリアに関する不安 |
3-2.弁護士EAPが対応できない範囲(利益相反)
なお,弁護士によるEAPでは,会社と従業員の利益が相反しうる問題,すなわち会社に対するハラスメント被害の申告,不当解雇の主張,労働条件に関するトラブルなどは,原則として相談対象外となります。この点は導入前に従業員に明確に説明しておく必要があります。
4.EAPと企業の法的義務:安全配慮義務・パワハラ防止法
4-1.安全配慮義務(労働契約法第5条)との関係
企業は労働契約上,従業員の生命・身体・精神の安全に配慮する義務(安全配慮義務)を負っています(労働契約法第5条)。この義務を怠り,従業員がうつ病等を発症・悪化させた場合,企業は不法行為(民法第709条)または債務不履行(民法第415条)を根拠に損害賠償を請求されるリスクがあります。
EAPを導入し,外部相談窓口という予防的措置を整備していることは,企業が安全配慮義務を適切に履行しようとしている事実を裏付ける証拠となります。逆に,何ら体制を整備していない企業は,「兆候を把握できたはずなのに放置した」と評価されるリスクが高まります。
4-2.パワハラ防止法への対応
労働施策総合推進法第30条の2は,事業主にハラスメントに関する相談に応じ,適切に対応するための必要な体制の整備を義務付けています。EAPを外部相談窓口として機能させることは,この義務履行の具体的手段となります。
特に重要なのは,窓口を「形だけ」設置するのではなく,従業員が実際に利用しやすい仕組みにすることです。社内設置の場合,「人事に知られてしまう」という懸念から利用をためらう従業員は多く,窓口が機能不全に陥るケースが後を絶ちません。
4-3.ストレスチェックとの連携
従業員50人以上の事業場では,労働安全衛生法第66条の10に基づき,年1回以上のストレスチェックの実施が義務付けられています。ストレスチェックはあくまで現状把握の手段にすぎません。高ストレス者が判明した場合の次の一手として,EAPによる専門家への相談経路が整備されていれば,制度が有機的に連携します。体制の「点」を「線」につなげる役割を,EAPが担います。
メンタルヘルス不調の兆候を把握しながら適切な措置を取らなかった場合,企業は安全配慮義務違反として損害賠償を命じられることがあります。過去の裁判例では,使用者側に数千万円規模の賠償が命じられた例も存在します。「知らなかった」では通用しない点に留意が必要です。
5.EAP導入によるメリット
5-1.企業にとってのメリット
- 安全配慮義務の履行証拠:相談体制の整備という具体的な予防措置が,万一の訴訟において企業の義務履行を裏付けます。
- 生産性の維持・向上:従業員がプライベートの問題を早期に解決することで,業務への集中が回復します。問題を抱えたまま出勤しても効率が上がらない「プレゼンティズム」の解消にも直結します。
- ハラスメント相談窓口の実質化:外部機関が窓口を担うことで,利用しやすさが格段に高まり,窓口の形骸化を防ぎます。
- 離職率の低下と採用力の強化:従業員が「この会社は自分のことを考えてくれている」と実感できる環境は定着率を高め,採用活動における訴求力にもなります。
- 人的資本情報開示への対応:EAPの導入は,従業員の心身の安全確保という観点から,有価証券報告書等への開示事項に関連する取り組みとして位置づけられます。
5-2.従業員にとってのメリット
- 無料で専門家にアクセスできる:弁護士費用は一般的に高額で,一人では相談をためらう従業員も少なくありません。EAPにより,費用の心配なく早期に専門家の見解を得られます。
- 早期相談による問題の単純化:法的トラブルは放置するほど複雑化します。早い段階で弁護士が介入することで,解決までの期間も費用も大幅に縮減できます。
- 弁護士を探す手間が省ける:「誰に頼めばいいかわからない」という障壁がなくなり,安心して相談できる専属窓口が確保されます。
- 秘密が守られる安心感:相談内容は従業員の同意なく会社に伝えられません。この守秘性があってこそ,従業員は踏み込んだ相談ができます。
| 立場 | EAP導入前の状況 | EAP導入後の変化 |
|---|---|---|
| 企業 | 問題が顕在化して初めて対応。訴訟リスクが高い | 早期把握・予防的対応が可能。法的リスクを事前に遮断 |
| 従業員 | 一人で問題を抱え,業務集中度が低下 | 早期に専門家へアクセスでき,精神的安定が回復 |
| 現場管理職 | 部下の抱える問題に気づいても対処法がわからない | 「EAPに相談を」と案内できる。ラインケアの負担が軽減 |
6.なぜ外部EAPでなければならないのか
6-1.社内窓口が機能しない理由
「うちは人事部門が相談を受けている」という企業は少なくありません。しかし,内部窓口には構造的な限界があります。従業員の立場からすると,「相談内容が上司に伝わるのではないか」「評価に影響するのではないか」という懸念を払拭することが難しく,実際に相談するには相当な心理的ハードルを超える必要があります。
結果として,深刻な問題ほど内部窓口には持ち込まれず,「誰も使わない窓口」が法令上の義務を満たすだけの形骸として残ることになります。
6-2.外部EAPが解決する三つの課題
| 課題 | 社内窓口 | 外部EAP |
|---|---|---|
| 秘密保持への信頼 | 相談者の不安を完全には払拭できない | 組織的・物理的に遮断された第三者機関が担保 |
| 専門性 | 人事担当者の知識・経験に依存 | 弁護士・臨床心理士等の専門家が直接対応 |
| 利用率 | 低い(相談を抑制する心理的ハードルが高い) | 高い(匿名性・中立性の担保により早期相談が促進) |
6-3.「顧問弁護士に相談させればよい」ではない理由
既に顧問弁護士と契約している企業でも,従業員が個人的な問題を顧問弁護士に相談することには心理的な障壁があります。顧問弁護士はあくまで「会社の弁護士」であり,従業員にとって「自分のために動いてくれる弁護士」とは認識されにくいからです。また,会社と従業員の利益が対立する局面では,顧問弁護士が両者の相談を同時に受けることは弁護士倫理上も問題となります。
EAPとして導入する弁護士は,従業員のプライベートな問題に特化して対応する別個のサービスと位置づけることが必要です。
7.EAP運用における法的留意点
EAPは適切に設計・運用しなければ,かえって企業の法的リスクを高める結果を招くことがあります。実務上,特に注意すべき点を以下に整理します。
7-1.個人情報保護法上の「要配慮個人情報」として扱う
EAPで取り扱う健康情報・相談内容は,個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法)上の「要配慮個人情報」に該当します。これを本人の同意なく収集・利用することは法律違反となります。
- 利用目的の事前特定:EAPサービスにおける情報の利用目的を,導入前に明確に定め,従業員に周知します。
- フィードバック時の個別同意:外部機関から企業に何らかの情報を共有する場合,原則として本人の書面による個別同意が必要です。
- 目的外利用の厳禁:相談内容を人事評価・配置転換・懲戒処分の材料にすることは,目的外利用として違法となります。
7-2.守秘性の設計:「情報の壁」を明確に引く
EAPの信頼基盤は守秘性にあります。企業側に報告できる情報は,「何件相談があったか」「どのカテゴリが多かったか」といった統計的・集計的な情報に限定し,「誰が」「何を」相談したかという個別情報は,従業員の同意がない限り開示しないことを,委託契約上に明確に定める必要があります。
人事担当者が「従業員のためになると思って」相談内容を管理職に共有した結果,従業員からプライバシー権侵害を主張されたケース,または相談内容が人事評価に反映されたと従業員に受け取られ,EAP自体の信頼が失墜したケースが報告されています。EAPは制度的に機能させてこそ意味があります。
7-3.委託契約書の整備
企業と外部EAP機関との間の委託契約書には,以下の事項を明記しておくことが不可欠です。
- 相談内容の守秘義務の範囲と例外事由
- 企業への報告内容(件数・カテゴリのみか,個別情報を含むか)
- 個人情報の取扱いに関するルール
- 利益相反が生じた場合の取り扱い(対象外となる相談の範囲)
- 委託関係の終了時における情報の取り扱い
8.顧問弁護士との違い・弁護士関与の実務上の意義
8-1.一般的なEAPと弁護士EAPの違い
従来のEAPはカウンセラーや産業医によるメンタルヘルスケアが中心でした。これに弁護士が関与することで,対応できる問題の質が根本的に変わります。
| 項目 | カウンセリング主体のEAP | 弁護士が関与するEAP |
|---|---|---|
| 法的問題への対応 | 傾聴・感情の整理が中心。法的解決はできない | 法的アドバイスから代理交渉・訴訟対応まで一貫して対応可能 |
| ハラスメント対応 | 相談を受けるのみ。法的妥当性の判断は困難 | 違法性の有無・証拠評価・処分の適法性まで判断 |
| 会社側への助言 | 組織的課題の提言にとどまる | 懲戒処分・配置転換等の適法性を企業にフィードバック可能 |
| 紛争予防効果 | 限定的 | 法的問題の初期段階で介入することで,労働審判・訴訟を未然に防止 |
8-2.弁護士EAPが企業にもたらす具体的な価値
- ハラスメントの法的評価:相談内容から「これはパワハラに該当するか」「証拠として有効か」を初動段階で判断できます。誤った対応で訴訟を招くリスクを大幅に削減します。
- 人事決定の適法性確保:懲戒処分・降格・配置転換などの人事上の判断を下す際,弁護士が法的妥当性をチェックすることで,後の労働審判における「解雇無効」「処分無効」リスクを回避します。
- 紛争の入口での遮断:従業員が抱える法的問題が放置されて「会社のせいだ」という発想に転化する前に,弁護士が本人に適切な見通しを示すことで,紛争化を未然に防ぎます。
- 経営判断への根拠提供:法的リスクの観点から,経営者・人事担当者が安心して意思決定できる裏付けを提供します。
8-3.EAPを機能させるための三つの条件
多くの企業がEAPを形骸化させる原因は,導入後の運用設計にあります。EAPが実際に機能するためには,以下の三条件が揃う必要があります。
- 法務との直結:相談内容を即座に法的リスクとして評価できる体制。カウンセリングで終わらせず,弁護士が初動から関与します。
- 明確な対応フロー:問題の発覚から専門家への相談,企業内での対応決定,解決(または紛争処理)までの流れを文書化しておきます。
- 従業員への周知徹底:制度が存在しても知られていなければ利用されません。導入時の説明会,ガイドブックの配布,定期的なリマインドなど,認知促進に継続的に取り組むことが必要です。
9.日本橋法律特許事務所のEAP人事労務コンサルティング
当事務所では,企業規模・業種・現在の課題に応じたEAP制度の設計から運用支援まで,一貫してサポートしております。具体的な支援内容は以下のとおりです。
- EAP制度の設計支援:導入前のヒアリングを通じ,企業の実情に合った制度設計を行います。社内の既存の福利厚生・就業規則との整合性も確認します。
- 従業員向け相談窓口の運営:対面・オンライン(ビデオ通話)を選択できる相談体制を整備します。秘密保持の仕組みを明確にした上で,従業員が安心して利用できる環境を整えます。
- 管理職・人事担当者向け研修:ラインケアの考え方,パワハラ防止法の要点,EAP利用の促し方など,現場で必要な知識を提供します。
- ハラスメント相談・初動対応支援:ハラスメントの申告があった場合の事実確認の進め方,証拠の整理,処分の相当性判断について法的助言を行います。
- 就業規則・人事評価制度の整備:EAP導入に合わせ,ハラスメント規程,懲戒規定,評価制度の法的整合性を見直します。
- 労働審判・訴訟への対応:問題が紛争化した場合は,企業側代理人として労働審判・民事訴訟における対応を引き受けます。EAP運用時の記録が証拠として機能します。
10.おわりに
EAPは,福利厚生の一項目として「あれば便利」な制度ではありません。安全配慮義務の履行,ハラスメント防止法制への対応,人的資本経営の実践,そして労務紛争の予防という複数の法的・経営的要請に一括して応えるインフラです。
特に,弁護士が関与するEAPは,従業員の法的問題を根本的に解決できるという点で,カウンセリング主体のEAPとは本質的に異なります。離婚,相続,借金といった問題を抱えた従業員が業務に集中できない状態は,その本人だけでなく,チーム全体のパフォーマンスと組織の安定性に影響を与えます。
問題が表面化してから対応するのでは,企業が支払う代償は法的責任にとどまりません。採用難,優秀な人材の流出,レピュテーションの毀損という連鎖が待っています。EAPはその連鎖を断ち切る投資です。
当事務所では,EAP制度の設計・運用支援からハラスメント対応,労務紛争予防・対応まで一貫してお引き受けしております。導入をご検討の経営者・人事担当者の方は,まず初回の無料相談からお気軽にご連絡ください。
EAPの導入・運用についてご相談ください
企業規模・業種を問わず,経営者・人事・法務担当者からのご相談を随時受け付けております。
問題が水面下にあるうちにご相談いただくことが,最善の予防策です。


