〜指針と業種別資料の当てはめ方,業種ごとの法的制約を整理〜
業種別のカスハラ対応とは,カスタマーハラスメント(以下「カスハラ」といいます。)の防止措置として全ての事業主に求められる措置を,自社の業種における顧客等との接点,被害の生じやすい場面及び業法等の制約に合わせて具体化することをいいます。2026年(令和8年)10月1日から,労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(以下「法」といいます。)第33条第1項に基づき,厚生労働省の「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号。以下「指針」といいます。)が定める措置を講ずることが,事業主の義務となっています。本記事は,小売業,コールセンター,医療・介護,飲食・宿泊業,金融機関,教育機関,公共サービス窓口及びBtoB取引について,指針が求める共通の枠組みと,業種ごとに確認が必要な法的制約を整理します。制度の全体像は,対象事業者と4つの措置の解説をご覧ください。
- 2026年(令和8年)10月1日から,カスハラ防止措置は全ての事業主の法的義務(労働施策総合推進法第33条第1項)となり,具体的な内容は指針(令和8年厚生労働省告示第51号)が定めています。業種によって変わるのは義務の有無ではなく,措置を具体化する場面と方法です。
- 指針が定める措置は,①方針の明確化・周知,②相談体制の整備,③事後の迅速かつ適切な対応,④抑止のための措置の4つです。これらと併せて,プライバシーの保護と,相談等を理由とする不利益取扱いの禁止を講ずる必要があります。
- 厚生労働省が公表している業種別マニュアルは,2026年(令和8年)9月時点で宅配業編とスーパーマーケット業編です(ほかに,農林水産省,文部科学省,総務省等の資料があります)。病院・診療所,コールセンター,金融機関,宿泊業向けの資料は一覧にないため,指針の枠組みを自社の業務に当てはめて具体化する必要があります。
- 緊急通報ボタン,録音,退店の求め,出入り禁止などは,指針の例示又は実務上の具体化例であり,一律の義務ではありません。医療(応召義務),宿泊(旅館業法),金融(説明義務),公共サービス(庁舎管理権・公共性)には業法等の制約があり,一般的な対応方針をそのまま適用できない場合があります。
- 取引先の担当者の言動も「顧客等」の言動に含まれ得ます。他方,自社の役員・従業員が取引先の従業員に対して行う言動にも,注意を払う努力義務があります。
目次
- 1 業種別対応の考え方(共通原則)
- 2 小売業の対応例
- 3 コールセンター・電話対応業務の対応例
- 4 医療・介護の対応例
- 5 飲食・宿泊業の対応例
- 6 金融機関の対応例
- 7 教育機関の対応例
- 8 公共サービス窓口(自治体等)の対応例
- 9 BtoB取引先対応の対応例
- 10 業種別の比較表と裁判例の整理
- 11 業種を問わない対応の流れとNG対応
- 12 自己点検チェックリスト
- 13 よくある質問(FAQ)
- 14 弁護士へ相談すべき場面・相談のタイミング
- 15 まとめ
根拠法令・参照資料
※労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(昭和41年法律第132号)第33条,第34条(令和7年法律第63号による改正後。2025年(令和7年)6月11日公布,2026年(令和8年)10月1日施行)
※厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号,2026年(令和8年)2月26日告示,同年10月1日適用)[指針(厚生労働省)]
※厚生労働省「業種別カスタマーハラスメント対策マニュアルについて」(2026年(令和8年)9月時点)及び「業種別カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(スーパーマーケット業編)」(2025年(令和7年)3月)
※旅館業法第5条,改正旅館業法(令和5年法律第52号)附則第3条第2項,旅館業法施行規則第5条の6及び同規則附則(令和5年厚生労働省令第140号),「旅館業における衛生等管理要領」(2000年(平成12年)12月15日厚生省生活衛生局長通知),医師法第19条第1項,厚生労働省医政局長通知「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」(2019年(令和元年)12月25日医政発1225第4号)
※介護・障害福祉サービスの運営基準(指定居宅サービス等の運営基準(平成11年厚生省令第37号),障害福祉サービスの運営基準(平成18年厚生労働省令第171号)),住民基本台帳法第12条,「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」(2007年(平成19年)6月19日犯罪対策閣僚会議幹事会申合せ),東京都カスタマー・ハラスメント防止条例(令和6年10月11日東京都条例第140号。2025年(令和7年)4月1日施行),製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律(昭和31年法律第120号。令和7年法律第41号による改正後。2025年(令和7年)5月23日公布,2026年(令和8年)1月1日施行),厚生労働省通達(2026年(令和8年)4月24日雇均発0424第2号),総務省通知(2026年(令和8年)4月27日総行女第14号,2024年(令和6年)12月26日総行女第37号),裁判例(10-2参照)。確認日:2026年(令和8年)10月5日
この記事はこんな方におすすめです
- 自社の業種に特有のカスハラ場面と,対応上の留意点を把握したい経営者や現場責任者の方
- 医療・宿泊・金融・自治体など,業法等の制約がある分野で対応マニュアルを整備したい人事・総務・法務の方
- BtoB取引先からの過度な要求への対応方針を検討したい法務・調達担当者の方
- 厚生労働省の指針や各省庁の業種別資料を,自社のマニュアルにどう反映するか知りたい方
主要用語の定義
カスハラ(職場におけるカスタマーハラスメント)とは,職場において行われる①顧客等の言動であって,②その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより,③労働者の就業環境が害されるものであり,①から③までの要素を全て満たすものをいいます。
顧客等とは,顧客,取引の相手方,施設の利用者その他の事業主の行う事業に関係を有する者をいい,潜在的な顧客,取引先の担当者,施設・サービスの利用者の家族及び施設の近隣住民を含みます。
応召義務とは,診療に従事する医師が,診察治療の求めがあった場合に,正当な事由がなければこれを拒んではならないとする,医師法第19条第1項上の義務をいいます。
宿泊拒否事由とは,旅館業法第5条第1項各号に定める,営業者が宿泊を拒むことができる場合をいいます。
庁舎管理権とは,庁舎等の施設の管理者が,施設の管理のために,立入りの制限や退去の求め等を行うことができる権限をいいます。
反社会的勢力とは,暴力,威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団又は個人をいいます。判断に当たっては,暴力団,暴力団関係企業,総会屋,社会運動標ぼうゴロ,政治活動標ぼうゴロ,特殊知能暴力集団等の属性と,暴力的な要求行為,法的な責任を超えた不当な要求といった行為の両方に着目することが重要とされています(「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」,2007年(平成19年)6月19日犯罪対策閣僚会議幹事会申合せ)。
1 業種別対応の考え方(共通原則)
この項の結論
業種によって異なるのは,措置の骨格ではなく,措置を当てはめる場面と,業法等による制約です。
1-1 指針が求める措置の骨格
法第33条第1項は,事業主に対し,顧客等の言動により労働者の就業環境が害されることのないよう,労働者からの相談に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備,対応の実効性を確保するための抑止のための措置その他の雇用管理上必要な措置を講ずることを求めています。具体的な内容は指針が定めており,次の表のとおり,4つの措置と,これらと併せて講ずべき措置に整理されます。
| 措置 | 指針の内容(要旨) | 業種ごとに具体化が必要となる点 |
|---|---|---|
| ①方針の明確化・周知(指針4⑴) | 毅然とした態度で対応し,労働者を保護する旨の方針を明確化し,管理監督者を含む労働者に周知する。カスハラの内容と,あらかじめ定めた対処の内容も周知する。 | 業種ごとの典型的な場面と,その場での対処(報告,複数名対応,通話の切断等)の定め |
| ②相談体制の整備(指針4⑵) | 相談窓口をあらかじめ定めて周知し,担当者が内容や状況に応じて適切に対応できるようにする。該当するか微妙な場合も広く対応する。 | 現場責任者,本社部門,医療安全部門,外部機関など,業種の組織に合った窓口の設計 |
| ③事後の迅速かつ適切な対応(指針4⑶) | 事実関係を迅速かつ正確に確認し,被害者への配慮措置を行い,再発防止措置を講ずる。 | 記録の方法(録音等),被害者と行為者の引き離し,配置の見直し,再発防止 |
| ④抑止のための措置(指針4⑷) | 過度な要求を繰り返すなど特に悪質なものへの対処の方針をあらかじめ定めて周知し,対処できる体制を整備する。 | 警察への通報,警告文,法令の制限内でのサービス提供の停止,出入り禁止などの内容(業法等で制約される業種がある) |
| 併せて講ずべき措置(指針4⑸) | 相談者等のプライバシーを保護する措置を講じ,相談等を理由として解雇その他の不利益な取扱いをされない旨を定めて周知する。 | 全業種に共通して必要となる措置 |
指針は,業種・業態等によりカスハラの被害の実態や必要な対応が異なるため,その実態や業務の特性を踏まえて必要な取組を進めることも重要であるとしています(指針6⑶)。これが,業種別の対応を考える出発点です。規程や相談窓口の設計手順は,相談窓口・就業規則の設計手順の解説をご覧ください。
1-2 義務・例示・参考資料・実務提案を区別する
業種別の対応を検討する際は,次の4つを区別してください。区別しないままマニュアルに取り込むと,法的義務ではない事項を義務として現場に課したり,逆に義務である措置が欠落したりするおそれがあります。
| 区分 | 内容 | 本記事での例 | 法的な位置づけ |
|---|---|---|---|
| 法令・指針が求める措置 | 法第33条第1項,指針4の措置 | 方針の明確化,相談窓口の設置,事実確認,抑止のための対処方針の策定 | 事業主が講じなければならない |
| 指針の例示 | 指針が「例」として挙げる対処 | 一人で対応させないこと,録音・録画,退店の求め・通話の切断,警察への通報,警告文,出入り禁止 | 限定列挙ではなく,各事業主が実態に応じて定める |
| 業種別マニュアル・ガイドライン等 | 各省庁が公表する資料 | スーパーマーケット業編,飲食店向けガイドライン等 | 参考資料であり,法的義務ではない |
| 実務上の提案 | 本記事が業務の実情を踏まえて示す具体化の例 | 緊急通報ボタン,録音の運用,トークスクリプト等 | 任意。自社の実情に応じて調整する |
1-3 カスハラに当たるかどうかの判断枠組み
指針は,カスハラを,①顧客等の言動であって,②業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより,③労働者の就業環境が害されるものとし,①から③までの要素を全て満たすものと定義しています(指針2⑴)。顧客等からの苦情の全てがカスハラに該当するわけではなく,社会通念上許容される範囲で行われた申入れは,正当な申入れです。障害者が不当な差別的取扱いをしないよう求めることや,社会的障壁の除去を必要としている旨の意思を表明することも,それ自体はカスハラに当たりません。
②の判断では,言動の目的,経緯や状況,業種・業態,業務の内容・性質,言動の態様・頻度・継続性,労働者の属性や心身の状況,行為者との関係性等を総合的に考慮し,「言動の内容」と「手段や態様」に着目します。事業主又は労働者の側の不適切な対応が,言動の原因や背景となっている場合があることにも留意が必要です(指針2⑸)。業種・業態や業務の内容が判断要素に含まれていることが,業種別に対応を設計する理由の1つです。
1-4 厚生労働省等の業種別マニュアルの現状
厚生労働省の「業種別カスタマーハラスメント対策マニュアルについて」のページ(2026年(令和8年)9月時点)には,関係省庁が作成した業種別の資料が一覧にまとめられています。次の表のとおり,業種別の資料がある業種は限られています。
| 業界 | 資料 | 作成した省庁 |
|---|---|---|
| 宅配業 | 業種別カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(宅配業編) | 厚生労働省 |
| スーパーマーケット | 業種別カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(スーパーマーケット業編) | 厚生労働省 |
| 飲食 | 〜飲食店のための〜カスタマーハラスメント対策ガイドライン等 | 農林水産省 |
| 教育 | 学校と保護者・地域住民等とのより良い関係構築のためのガイドライン | 文部科学省 |
| 介護 | 介護現場におけるハラスメント対策マニュアル等 | 厚生労働省(老健局) |
| 障害福祉 | 障害福祉の現場におけるハラスメント対策マニュアル等 | 厚生労働省(社会・援護局) |
| 地方公共団体 | 地方公共団体における各種ハラスメント対策に関する取組事例集等 | 総務省 |
上記の一覧には,病院・診療所,コールセンター,金融機関,宿泊業向けの資料は掲載されていません。これらの業種では,指針の枠組みを自社の業務に当てはめて,自社で具体化する必要があります。
スーパーマーケット業編は,厚生労働省のモデル事業として2025年(令和7年)3月に公表されたものであり,2026年(令和8年)2月に告示された指針より前に作成されています。同マニュアルは参考資料として活用し,記載が指針と異なる場合は,指針に従って判断してください。
東京都内で事業を行う場合は,2025年(令和7年)4月1日に施行された東京都カスタマー・ハラスメント防止条例(令和6年東京都条例第140号)も併せて確認する必要があります。同条例は,事業者の措置を努力義務とし(第9条,第14条),罰則規定を設けていません。
1-5 業種を問わない具体化の方法
指針の例示を踏まえると,業種を問わず,次の3つが具体化の軸になります。いずれも,全業種に一律に法的義務として課されるものではなく,指針の措置を自社の業務フローに落とし込むための方法です。
- 記録化やり取りの録音・録画や対応記録の作成により,事実関係を迅速かつ正確に確認できるようにします。録音・録画は,個人情報の保護に関する法律等を遵守して行うことが,指針に示されています。
- 複数名対応可能な限り労働者を一人で対応させず,必要に応じて管理監督者等が代わって対応します。
- エスカレーション管理監督者への直ちの報告,本社・本部への情報共有,警察への通報,法務部門や弁護士への相談の流れを,あらかじめ定めます。
2 小売業の対応例
この項の結論
小売業では,一人対応を避ける仕組みと,要求への対応の限度及び出入り禁止の基準を,あらかじめ現場と共有しておくことが実務上のポイントです。
2-1 典型的な場面と判断の考え方
小売業では,レジ対応,返品・交換,接客時のクレームが典型的な場面です。スーパーマーケット業編は,商品に瑕疵があるときに,謝罪とともに交換・返金に応じることは妥当である一方,自社の過失や商品の瑕疵がなければ,要求に正当な理由がないと考えられるとしています。要求の理由を確認した上で,正当な申入れと,社会通念上許容される範囲を超える要求とを区別することが出発点です。
指針は,土下座の強要,同様の質問の執拗な繰り返し,長時間の居座りなどを,手段や態様が社会通念上許容される範囲を超える言動の例として挙げています(指針2⑸)。スーパーマーケット業編も,商品交換等の過大な要求,金銭補償の要求,従業員の個人情報の要求などを具体例として挙げています。
2-2 具体化の例
次の4つのうち,⑴は指針の例示を,⑵以降は,スーパーマーケット業編の事例又は実務上の提案を踏まえた具体化の例です。法的義務ではありませんので,自社の店舗規模や人員体制に応じて選択してください。
- 一人対応を避ける仕組み指針は,可能な限り労働者を一人で対応させないこと,必要に応じて管理監督者等が代わって対応することを例示しています。スーパーマーケット業編には,一次対応者が一人にならないよう暗号を用いた館内放送を行う事例や,レジ周りに通知ボタンを設置して管理者へ通知する仕組みの導入を検討している事例が紹介されています。緊急通報ボタンやインカムは,こうした仕組みを実装する手段の例であり,必須ではありません。深夜・早朝など人員が手薄になる時間帯には,複数名体制と,エリアマネージャー等への連絡ルートを確保することが考えられます。
- 段階的な対応と判断者スーパーマーケット業編は,不合理な問合せが繰り返される場合について,2回目に注意し,3回目に対応できない旨を伝え,なお繰り返されるときは,記録を共有して窓口を一本化し,管理職が引き継ぐ例を示しています。長時間の居座りについては,主張を傾聴して十分に説明した上で,30分程度の経過を目安にお引き取りを求める例が示されていますが,時間の経過だけで判断しないよう注意が必要とされています。カスハラに当たるかどうかの最終判断を店長が行い,複数名で判断する事例も紹介されています。
- 要求への対応の限度スーパーマーケット業編は,商品やサービス提供者の不備が原因であっても,非が認められる範囲に限定して謝罪するにとどめ,それ以上の対応はしないこと,土下座の要求には,どのような状況でも拒絶の姿勢を示すことを例示しています。一度でも過度な要求に応じると,その後の要求を断りにくくなるおそれがあります。
- 出入り禁止の基準出入り禁止は,指針が,特に悪質なものへの対処の例として挙げる措置の1つです。法令の制限内で行うことが前提とされており,対処の方針と,これを実施できる体制を,あらかじめ整備しておく必要があります(指針4⑷)。実施前の警告や記録の残し方,対象とする行為の基準は,店舗運営部門と法務部門で共有しておくことが望まれます。警告書の文例は,警告書・契約解除通知などのひな形で扱っています。
2-3 店舗体制と安全配慮義務
スーパーのレジ担当の従業員が,客から暴言等を受けたとして,客と会社に損害賠償を請求した事案で,東京地方裁判所2018年(平成30年)11月2日判決(まいばすけっと事件)は,この請求を,客に対するもの,会社に対するものとも棄却しました。判決は,客の言動によって原告が精神的な傷害を被ったとは認められないとしたうえで,会社の責任についても,原告が主張した正社員の配置,深夜に正社員を急行させる体制の整備,早期の入店拒否措置のいずれも,義務とは認めませんでした。
会社は,苦情対応を記載した入社テキストの配布・指導,電話相談窓口の設置,緊急連絡先の掲示,緊急通報ボタンの設置と周知,深夜帯の2名以上の配置などを行っていました。入店拒否についても,穏便な措置から順次実施して効果を上げていた点が考慮されています。他方,原告の接客態度に配慮を欠く面があったことなど,個別の事情も結論に影響しています。体制の整備と運用が責任の判断で考慮され得ることを示す例ですが,結論は事案によって異なります(10-2参照)。なお,同事件には,雇止めの有効性をめぐる請求も含まれていました。
2-4 「毅然とした対応」の限度
顧客への毅然とした対応も,言動の態様によっては,かえって責任を問われる場面があります。コンビニエンスストアのフランチャイズ加盟店のオーナーが,異常な顧客対応等を理由に本部から契約を解除された事案で,大阪高等裁判所2023年(令和5年)4月27日判決(東大阪セブン-イレブン事件)は,解除を有効とした原判決(大阪地方裁判所2022年(令和4年)6月23日判決)を維持し,控訴を棄却しました。最高裁判所第二小法廷は,2024年(令和6年)4月17日,上告を受理しない旨の決定をしました(令和5年(受)第1542号)。
オーナー側は,迷惑行為をする顧客に毅然と対応しただけであり,カスハラへの毅然とした対応は推奨されているとも主張しました。判決は,毅然とした態度をとることと,顧客の感情を傷つける暴言や有形力の行使によって,二度とその店舗に来させないようにすることは,同義ではないとしました。また,オーナーが独自に定めたルールに反する行為の中には,カスハラをする顧客と同視することができないものがあるとしています。苦情の申立てや警察への通報が突出して多かったことも,顧客対応に問題があったことを推認させる事情として考慮されました。
この判決は,加盟店契約の解除事由の有無が争われた事案であり,従業員への安全配慮義務を扱ったものではありません。顧客対応の方針を定めるときは,抑止のための措置の発動基準とあわせて,現場が用いる言動の限度を定めておくことが望まれます(実務上の提案)。
3 コールセンター・電話対応業務の対応例
この項の結論
コールセンターでは,通話の転送・切断ルールの事前策定と,事実確認に資する記録の方法の整理が実務上のポイントです。
3-1 典型的な場面
コールセンターでは,わいせつ発言,暴言,同じ内容の繰り返し,長時間の拘束が典型的な場面です。指針は,同様の質問を執拗に繰り返すことや,長時間にわたり電話で労働者を拘束することを,許容される範囲を超える言動の例として挙げています(指針2⑸)。電話やSNS等のインターネット上で行われるものも,カスハラに含まれます(指針2⑴)。
3-2 具体化の例
- 対処ルールの事前策定指針は,労働者から十分な説明を行った上で,なお繰り返しの要求が続く場合に,一定の時間の経過をもって電話を切ることを例示しています。わいせつ発言や暴言を受けた場合の転送・切断の基準を事前に定めておくと,オペレーターが一人で判断する負担を軽減できます。基準の内容は自社の業務フローに応じて決めるものであり,指針は具体的な切断の基準までは定めていません。
- 録音・録画の扱い指針は,顧客等とのやり取りの録音・録画を対処の例として挙げる一方,個人情報の保護に関する法律等を遵守して,顧客等の個人情報を適切に取り扱うことを求めています。録音は法的義務ではなく,事実関係の確認(指針4⑶イ)に資する方法として検討する事項です。通話録音の告知の方法や保存期間は,個人情報の取扱いに関する社内規程と合わせて整理してください。
- オペレーターへのケア指針は,被害者への配慮措置として,担当者の変更,複数人での対応,管理監督者又は事業場内産業保健スタッフ等によるメンタルヘルス不調への相談対応などを例示しています(指針4⑶ロ)。専門カウンセラーによる相談や,ストレスチェック後の産業医面接などの体制は,この例に沿った具体化として整備することが考えられます。
3-3 裁判例:一般財団法人NHKサービスセンター事件
コールセンターのコミュニケーターが,視聴者からのわいせつ発言や暴言を受けたことについて,使用者が安全配慮義務に違反したと主張した事案です。第一審の横浜地方裁判所川崎支部2021年(令和3年)11月30日判決(令和2年(ワ)第284号)は,NHKが作成した視聴者対応マニュアルのほか,わいせつ電話の対応手順が周知され,わいせつ電話は転送指示を待たずに直ちにミュートにして上司(SV)へ転送でき,同日の2回目以降のわいせつ電話は担当者の判断で即切断できると定められていたことを認定しました。また,5人のコミュニケーターに1人のリーダー職,10人に1人のSVを配置して通話を順次モニタリングする体制,専門カウンセラーによるメンタルヘルス相談,毎年のストレスチェックと産業医の面接指導も認定し,これらを総合考慮して,安全配慮義務違反を否定しました。
原告が求めた刑事・民事の法的措置については,直ちにこれをとる義務があるとまでは認められないとされました。理由として,会社がNHKから業務委託を受けた立場であり,自らの判断のみで視聴者に強硬な手段をとることは困難であること,全てのわいせつ発言や暴言等にそのような手段をとることは不可能で,かえって視聴者の反感を買ってクレームが増え,コミュニケーターに悪影響を及ぼすおそれすらあることなどが挙げられています。
控訴審の東京高等裁判所2022年(令和4年)11月22日判決(令和3年(ネ)第5582号)は,第一審判決を相当として控訴を棄却しました。同判決は,カスハラとみるべき視聴者の発言に対し,組織として毅然とした対応をとることは必要であり,要注意視聴者に対する刑事告発や損害賠償請求等の法的措置を検討すべき場合もあり得るとしました。そのうえで,全ての場合にそのような手段をとることは事実上不可能であり,警察に相談しても事件化は困難との回答だったことも踏まえ,法的措置をとる必要が具体的にあったのに怠ったとは認め難いと判断しています。その際,厚生労働省の委託事業で2022年(令和4年)2月に作成されたカスタマーハラスメント対策企業マニュアルが,現場の初期対応として複数名での対応等を挙げている点にも言及しています。最高裁判所第一小法廷は,2023年(令和5年)5月10日,上告を受理しない旨の決定をしました(令和5年(受)第631号)。
また,控訴審は,組織として毅然と対応する必要があるとしても,個々のコミュニケーターが,定められたルールを大きく逸脱して感情的・攻撃的に口論することが許容されるわけではないとしています。この事件の主な争点は,定年後の継続雇用の可否であり,カスハラに関する判断は一部です。原告が視聴者に感情的に反撃したことが,就業規則違反とされました。この判決は,指針の施行前のものです。ルールを定めていれば責任を免れることを一般的に示すものではなく,事案ごとに,対策の内容と実際の運用が評価されます。
4 医療・介護の対応例
この項の結論
医療・介護では,患者・利用者側の疾患・障害特性への配慮と,応召義務をはじめとする業法上の制約の整理が,他業種と異なる論点です。
4-1 指針が示す前提
指針は,カスハラ対策を講ずる際に,消費者の権利や,障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(以下「障害者差別解消法」といいます。)が定める不当な差別的取扱いの禁止と合理的配慮の提供義務に留意し,顧客等との建設的対話を重ねるなど,事案に応じて適切に対応する必要があるとしています。また,各業法等でサービス提供の義務等が定められている場合や,サービスが途絶すると顧客等の生命や心身の健康に重大な影響が及ぶ場合があることに留意するよう求めています(指針4柱書)。
「顧客等」には,施設・サービスの利用者及びその家族が含まれます(指針2⑷)。患者・利用者本人に加え,その家族の言動も,カスハラの検討対象になります。
4-2 疾患・障害の症状による言動への対応
患者・利用者の言動が,せん妄,認知症,精神疾患や障害の特性など,症状に起因するものか,それ以外の要因によるものかは,対応方針を決める上で重要な視点です。症状に起因する場合は,カスハラとしての対処よりも,医療・ケア上の対応を優先すべき場合があります。ただし,症状に由来する言動を一律にカスハラから除外することも,一律にカスハラとして扱うことも適切ではなく,事案に応じた判断が必要です。
暴力を完全に防止することが難しい場面でも,組織として応援体制を整えておくことが重要です。入院患者から暴行を受けた看護師について,医療法人の安全配慮義務違反を認めた東京地方裁判所2013年(平成25年)2月19日判決(医療法人社団こうかん会(日本鋼管病院)事件)は,ナースコールが鳴った際に,看護師が暴力を受けている可能性も念頭に置き,直ちに応援に駆け付けることを看護師全員に周知徹底すべき義務を怠ったと判断しました(10-2参照)。
4-3 応召義務との関係
医師法第19条第1項は,診療に従事する医師は,診察治療の求めがあった場合には,正当な事由がなければ,これを拒んではならないと定めています。「正当な事由」の考え方は,厚生労働省医政局長通知「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」(2019年(令和元年)12月25日医政発1225第4号。以下「令和元年通知」といいます。)が整理しており,患者の病状の深刻度に基づく緊急対応の要否,診療を求められた時間が診療時間内か時間外か,患者と医療機関・医師との信頼関係などが,重要な考慮要素とされています。
令和元年通知は,診療・療養の過程やこれまでの診療において迷惑行為があり,診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合には,新たな診療を行わないことが正当化され得るとしています。診療内容と関係のないクレームを繰り返し続ける場合などが,例として挙げられています。他方,緊急対応が必要な場合には,信頼関係が損なわれていても,直ちに診療を拒否できるとは限りません。したがって,著しい暴言や暴力があるときも,一律に受診を断れると考えず,病状の緊急性,他の医療機関での診療の可能性,行為の内容と経過を踏まえて,個別に判断する必要があります。
東京地方裁判所2022年(令和4年)3月10日判決は,診療を断られた患者が医師に損害賠償を求めた事案です。判決は,医師法第19条第1項の応招義務を,医師が国に対して負う公法上の義務と位置づけ,同項によって医師が患者に対して直接の診療義務を負うわけではないとしました。そのうえで,診療拒否が不法行為に当たるかは,①緊急の診療の必要性,②他の医療機関による診療の可能性,③診療拒否の理由の正当性などを総合考慮して判断するとし,請求を棄却しました。
この事案では,患者から贈り物などを繰り返し受けた医師が,交際を申し込まれたと受け止めて距離を置こうとしたことが,拒否の理由とされています。暴言や暴力を内容とするカスハラの事案ではなく,緊急の必要性がなく,他の医療機関でも処置が可能だった点も結論に影響しています。令和元年通知の考慮要素と重なる部分はありますが,射程は限定して理解する必要があります。
4-4 家族対応と報告ルート
- 家族からの過度な要求・クレームは,事務部門や相談員を窓口とし,現場の医療・介護従事者が単独で対応しない体制を検討します(実務上の提案)。
- 暴言・暴力の報告ルートを,インシデントレポート等の医療安全管理の仕組みと連携させます(実務上の提案)。
- 介護現場については,厚生労働省老健局が「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」等を公表しています。
5 飲食・宿泊業の対応例
この項の結論
飲食・宿泊業では,酔客等への対応基準の事前策定と,宿泊拒否が旅館業法の要件に該当するかの確認が実務上のポイントです。
5-1 飲食業
飲食業では,対面での接客時間が長く,アルコールが関係する場面や,口コミ・レビューへの投稿をほのめかした威圧が典型的な場面です。指針は,SNS等のインターネット上へ悪評を投稿することをほのめかす発言によって労働者を脅すことを,精神的な攻撃の例として挙げています(指針2⑸)。農林水産省も,飲食店向けのカスタマーハラスメント対策ガイドラインを公表しています。
- 酔客については,提供の中止や退店を求める基準をあらかじめ定め,複数名で対応する体制を整えます(実務上の提案)。
- 「低評価のレビューを書く」といった言葉で,不当な値引きや無償サービスを求められた場合の対応方針(要求には応じない旨を含む)を明確にし,従業員に周知します(実務上の提案)。
5-2 宿泊業:旅館業法に基づく宿泊拒否
旅館業法第5条第1項は,営業者は,同項各号のいずれかに該当する場合を除いては,宿泊を拒んではならないと定めています。カスハラとの関係で重要なのは,同項第3号です。同号は,宿泊しようとする者が,営業者に対し,その実施に伴う負担が過重であって他の宿泊者に対する宿泊に関するサービスの提供を著しく阻害するおそれのある要求として厚生労働省令で定めるものを繰り返したときに,宿泊を拒むことを認めています。この拒否事由は,2023年(令和5年)12月13日に施行された改正旅館業法で明確化されました。
厚生労働省令に当たる旅館業法施行規則第5条の6は,対象となる要求を,①宿泊料の減額その他その内容の実現が容易でない事項の要求,②粗野又は乱暴な言動その他の従業者の心身に負担を与える言動を交えた要求であって,当該要求をした者の接遇に通常必要とされる以上の労力を要することとなるもの,のいずれかに該当し,他の宿泊者に対する宿泊に関するサービスの提供を著しく阻害するおそれのあるものと定めています。社会的障壁の除去を求める場合や,営業者側の不当な差別的取扱いに起因するものなどは,対象から除かれています。
旅館業法第5条第2項は,営業者に,みだりに宿泊を拒むことがないようにするとともに,宿泊を拒む場合には,宿泊拒否事由のいずれかに該当するかを客観的な事実に基づいて判断し,宿泊しようとする者からの求めに応じて,その理由を丁寧に説明することができるようにすることを求めています。
宿泊を拒んだ場合の記録は,当分の間,法令上の義務です。改正旅館業法(令和5年法律第52号)附則第3条第2項は,営業者が旅館業法第5条第1項第1号又は第3号に該当することを理由に宿泊を拒んだときは,その理由等を記録しておくものとしています。旅館業法施行規則の附則(令和5年厚生労働省令第140号)第2項は,場合ごとに,書面又はファイルによって記録を作成し,その作成の日から3年間保存すると定めています。記録の項目(拒んだ日時,拒否された者及び対応に係る責任者の氏名,第3号の場合は拒むまでの経過の概要等)は,「旅館業における衛生等管理要領」(2000年(平成12年)12月15日厚生省生活衛生局長通知)に示されています。
6 金融機関の対応例
この項の結論
金融機関では,説明義務に関わる正当な苦情とカスハラの見極めと,反社会的勢力への対応の切り分けが実務上のポイントです。
6-1 正当な苦情との見極め
金融機関(銀行,証券,保険等)の窓口業務では,手続の可否をめぐるクレーム,長時間の居座り,同じ内容の繰り返しの電話が典型的な場面です。厚生労働省の業種別マニュアルは,現時点で金融業向けのものが一覧に掲載されていないため,指針の枠組みで自社の場面に当てはめます。
見極めの基準は,指針が示すカスハラの3つの要素です(1-3参照)。金融商品の勧誘・説明に関する法令上の義務との関係で,説明不足などの正当な指摘に基づく苦情は,正当な申入れであり,カスハラには当たりません(指針2⑴)。苦情を受けた際は,まず事実関係を確認し,自社の対応に不備がないかを検証します。
6-2 窓口での具体化の例
- 対応できない手続について,その理由を明確に説明できるよう,窓口担当者向けのトークスクリプトを整備します(実務上の提案)。
- 長時間の居座りについては,警備員へ連絡する基準や,対応時間の目安をあらかじめ定めます。ただし,時間の経過だけで判断せず,十分な説明を行ったかを確認します(実務上の提案)。
- 同じ内容の電話が繰り返される場合は,対応窓口を一本化し,管理職が引き継ぐ運用を検討します(実務上の提案)。
6-3 反社会的勢力との関係が疑われる場合
指針は,威圧的な言動の例として,反社会的な言動を行うことを挙げています(指針2⑸)。また,「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」(2007年(平成19年)6月19日犯罪対策閣僚会議幹事会申合せ)は,警察,暴力追放運動推進センター,弁護士等の外部専門機関との連携を,基本原則の1つに挙げています。反社会的勢力との関係が疑われる場合は,通常のカスハラ対応の流れとは別に,反社対応部門のほか,警察,暴力追放運動推進センター,弁護士等と連携するルートを確保しておくことが考えられます(実務上の提案。上記の政府指針を参考にしています。)。通常の流れで対応を続けると,対応が後手に回るおそれがあるため,切り分けの基準を事前に定めておくことが重要です。
7 教育機関の対応例
この項の結論
教育機関では,教員が保護者対応を一人で抱え込まない体制と,管理職が保護者の要求に安易に応じて,教員に不当な対応を求めないことが実務上のポイントです。
7-1 適用関係と参考資料
学校法人等の私立学校の設置者は,労働者を雇用する事業主として,法第33条の措置義務の対象になります。法第48条は,適用を除外する者を,国家公務員等と地方公務員に限っており,私立学校の設置者は除外されていません(施行通達第3の5)。指針は,顧客等の例として,学校等の施設の利用者と,施設・サービスの利用者及びその家族を挙げています。このため,児童生徒の保護者等の言動も,顧客等に当たり得ます。公立学校については,8-1の適用関係を確認してください。文部科学省は,「学校と保護者・地域住民等とのより良い関係構築のためのガイドライン」を公表しています。
7-2 保護者対応の具体化の例
- 教員個人が保護者対応を抱え込まないよう,管理職(校長・教頭等)が同席する体制を原則とします(実務上の提案)。
- 面談は,日時・場所をあらかじめ調整し,必要に応じて複数名で対応します(実務上の提案)。
- 保護者の要求を穏便に収めるために,その場で教員に謝罪を求める対応が,かえって教員に対する不適切な対応と評価されるおそれがある点を,管理職研修で共有します(次の裁判例参照)。
7-3 裁判例:甲府市・山梨県(市立小学校教諭)事件
甲府地方裁判所2018年(平成30年)11月13日判決(平成27年(ワ)第227号)は,市立小学校の教諭が,校長からパワーハラスメントを受けてうつ病に罹患したなどとして,甲府市及び山梨県に損害賠償を請求した事案です。犬に咬まれた教諭が,児童の母に電話で賠償保険の利用を求めたところ,児童の父と祖父が学校に抗議に訪れました。校長は,面談の前に教諭を一方的に非難し,面談の場で理由のない謝罪を強い,その後,翌朝に一人で児童宅へ謝罪に行くよう指示しました。
裁判所は,教諭が犬咬み事故の被害者であり,保険の利用を求めたことは何ら非難されるべきものではないとしたうえで,児童の父と祖父の要求が理不尽であるのに,校長が事実関係を冷静に判断せず,専らその場を穏便に収めるために安易に行動したと評価しました。この行為は,職務上の指導等として社会通念上許容される範囲を明らかに逸脱し,パワーハラスメントとして不法行為に当たると判断しています。
不法行為とされたのは,次の4つです。①この謝罪の強要等,②休業中の教諭への対応(本人の了解なく主治医に電話をかけ,クリニックを訪れたこと),③公務災害認定請求に必要な災害状況報告書を作成しなかったこと,④示談が成立したかが明確でないのに,教諭の了承なく,請求権を放棄した旨の申立書を作成して提出したことです。他方,2012年(平成24年)4月から7月までの言動や,犬咬み事故当日の電話での発言などは,不法行為と認められませんでした。甲府市及び山梨県に対し,連帯して2,959,251円の賠償が命じられています(治療費等391,346円,休業損害1,297,905円,慰謝料1,000,000円,弁護士費用270,000円。慰謝料は,請求額3,000,000円に対し,教諭に過去のうつ病による入院歴があったことも考慮して,1,000,000円とされています。)。
この判決は,保護者等の要求に対する管理職の対応が,被害者である教諭に対する違法な行為と評価され得ることを示す一例です。公立学校の事案で,国家賠償法に基づく請求であり,保護者への謝罪を求めること一般が違法になると述べたものではありません。事実関係と判断を限定して理解する必要があります。また,休業中の教諭への対応について,判決は,発症に関係している校長自身が直接対応することを避け,教頭等の他の教員を交えて組織的に対応する必要があったとしています。休業中の従業員への連絡を,本人の了解のもとに組織的に行うことは,教育機関に限らない実務上の課題です。
7-4 裁判例:保育園の保育士が自殺した事案
保育園の保育士が,保護者らによる虐待疑惑の追及(約3時間にわたる会合を含む一連の騒動)の後にうつ病を発症し,自殺した事案で,長崎地方裁判所2021年(令和3年)1月19日判決(損害賠償請求事件)は,使用者である社会福祉法人の安全配慮義務違反を認め,遺族3名に対し,合計35,121,997円の支払を命じました(過失相殺として3割が減額されています。)。
判決は,騒動による強い心理的負荷が,その後も続いていたと認めました。使用者は,騒動後に個人面談や臨床心理士のカウンセリングを実施し,業務量の削減やクラス担当の希望の受入れなども行っていましたが,これらは十分ではなかったと判断されています。被害者が同僚に訴えていた心身の不調や業務負担は,面談記録にはさほど残されておらず,面談は,被害者の状況を把握して改善するために十分に機能していなかったとされました。
この判決は,保護者等の言動に起因する心理的負荷が問題となった事案で,相談や面談の制度が形式的に設けられていても,実際に状況の把握と改善に機能していなければ,使用者の責任が認められ得ることを示す例です。ただし,保護者対応そのものではなく,虐待疑惑をめぐる一連の騒動による負荷が問題となった事案であり,判断は事案ごとに異なります。
8 公共サービス窓口(自治体等)の対応例
この項の結論
公共サービス窓口では,行政サービスの公共性を踏まえ,特定の迷惑行為への対応と,サービス全般の拒絶とを区別して,組織的に対応することが実務上のポイントです。
8-1 カスハラ防止措置の適用関係
地方公共団体の職員(地方公務員)にも,法第33条の措置義務は適用されます。厚生労働省の施行通達(2026年(令和8年)4月24日雇均発0424第2号)の第3の5は,法第31条から第34条までの規定を適用しない者として,一般職の国家公務員(特定独立行政法人等に勤務する者を除く。),裁判所職員,国会職員及び自衛隊員を挙げ,地方公務員には適用されるとしています(法第48条)。総務省も,2026年(令和8年)4月27日付けの通知(総行女第14号)で,各地方公共団体に,改正法,指針及び施行通達を参考にして準備に努めるよう求めています。
他方,地方公務員には,法第35条から第39条まで(都道府県労働局長による紛争解決の援助と調停)が適用されません。助言,指導,勧告及び公表の規定(法第42条第1項(第10章に関するものに限る。)及び第2項)と,報告の請求の規定(法第45条第1項)も,同様に適用されません(法第48条)。この適用除外の対象となる地方公務員は,一般職・特別職,常勤・非常勤を問わず,地方公務員の身分が与えられている特定地方独立行政法人の職員を含みます。総務省は,各種ハラスメントについて,都道府県労働局による紛争解決援助と調停の規定が地方公務員には適用されないものの,人事委員会又は公平委員会への苦情相談が可能であると説明しています(総行女第37号,2024年(令和6年)12月26日)。
総務省は,2026年(令和8年)4月の通知で,地方公共団体については,サービスが途絶すると顧客等の生命や心身の健康に重大な影響が及ぶ場合等があるため,適切に対応するよう求めています。この点は,8-2で扱います。
8-2 サービス停止と退去・立入り制限の区別
自治体窓口では,行政サービスの公共性から,特定の者へのサービス提供を一方的に停止することに,法令上の制約があります。公立図書館の全面的かつ無期限の利用禁止処分の適否が争われた事案で,岐阜地方裁判所2021年(令和3年)7月21日判決は,処分の取消しを認め,慰謝料5,000円の支払を命じました。判決は,公立図書館が公の施設であり,住民は正当な理由がない限り利用を拒まれない権利を有すること(地方自治法第244条第2項),住民の権利を制限するには,法令に特別の定めがある場合を除き,条例によることを要すること(同法第14条第2項)を前提に,条例に根拠のない規則に基づく全面的かつ無期限の利用禁止処分は許されないと判断しました。
他方,同判決は,他の利用者の利用を現に妨げている者に,その場からの退出と当日の再入館を禁じる程度の制約が課されることは別論としています。また,利用者の言動に対する職員の対応(過度な指摘や大量の借出しの制限等)は,合理性があり違法とはいえないと判断しました。したがって,行為を中止させ,その日の退去を求めるなどの限定的な措置と,サービス全般を無期限に停止する措置とは,区別して検討する必要があります。ただし,この事案は図書館という公の施設の利用に関するものであり,戸籍・住民票の交付等の窓口サービスにそのまま当てはまるかは,個別に確認が必要です。住民票の写しの交付については,本人等が請求できるものとされ(住民基本台帳法第12条第1項),市町村長が請求を拒むことができるのは,請求が不当な目的によることが明らかなときです(同条第6項)。窓口での言動を理由に交付そのものを拒むことは,この規定との関係で慎重な検討が必要です。
庁舎管理権に関する裁判例もあります(いずれも刑事事件です。)。東京高等裁判所1976年(昭和51年)2月24日判決は,庁舎管理権が,一般公衆が自由に出入りできる庁舎部分で外来者が喧噪にわたり,執務に支障が生じた場合に,退去を求め,応じないときは職員に命じて庁舎外に押し出す程度の排除を行う権能を含むとしました。他方,同判決は,排除の対象を明確に告知していなかったことなどから,集団の近くにいた別の外来者に対する排除を,適法な職務の執行とは認めませんでした。東京高等裁判所1977年(昭和52年)11月30日判決も,退去の警告に従わず庁舎の入口をふさいだ集団を,庁舎外に運び出す程度の実力で排除することは,庁舎管理権の行使として許されるとしています。
これらは昭和期の刑事事件であり,現代の窓口対応にそのまま当てはまるものではありません。退去を求めるときは,対象者を特定して明確に告知し,必要な範囲にとどめる点が,実務上の参考になります。
8-3 組織的な体制整備
- 対応方針をあらかじめ定め,単独対応を避け,管理職その他の責任者が関与する組織的な体制を整えます(実務上の提案)。
- 必要に応じて,現場監督者への引継ぎ,弁護士や警察との連携,退去の要請等を検討します(実務上の提案)。
- 同一人物による反復的な迷惑行為を組織的に把握するため,対応記録の整備を検討します。記録項目や保存期間は,自治体の制度や内部規程,個人情報の取扱いに関する定めに従って決めます。
- 窓口サービスの提供と迷惑行為への対応を分け,対応する職員を切り替えたり,対応する窓口や場所を分けたりすることを検討します。指針の例にも,被害者と行為者を引き離すことや,管理監督者等が被害者に代わって対応することが挙げられています(実務上の提案)。
- 複数の職員による対応のほか,庁舎内の警備員や警察官OB等の配置を検討します(実務上の提案です。指針は,警備員等の配置までは求めていません。)。
- 総務省は,「職員向けカスタマーハラスメント対策マニュアル」作成のポイント等を公表しています。
8-4 裁判例:駐輪場の管理員の事案
駐輪場の管理員が,利用客とのトラブルについて,上司の不法行為と,使用者の安全配慮義務違反を主張した事案で,東京地方裁判所2024年(令和6年)7月22日判決(地位確認等請求事件)は,請求をいずれも棄却しました。この駐輪場は,被告を含む共同事業体が,地方公共団体の指定管理者として管理運営していました。
利用料金の返金をめぐって利用客と言い争いになり,警察官も臨場した事案です。判決は,原告が主張した執拗なクレームや故意の暴行を認めるに足りる証拠はなく,むしろ,トラブルの発端が原告自身の言動にあった可能性が否定できないとしました。そのうえで,会社が,管理員がとるべき対応を記載した管理運営マニュアルを配付し,上司の連絡先を記載した緊急連絡網を備え置いていたこと,原告が実際にこの連絡網で上司に連絡していたことを挙げ,ポスターの掲示などの追加の措置を講じるべきだったとする事情は認められないと判断しました。
上司が,現場に到着した際に原告へ大声で言い返した発言や,原告から事情を聴かずに作成した報告書についても,不法行為は成立しないとされました。この判決は,カスハラの事実そのものが認められなかった事案であり,指針の施行前の判決でもあります。マニュアルの配付と緊急連絡網の整備が,事案によっては,安全配慮義務の判断で考慮され得ることを示す例として,限定して理解する必要があります。
9 BtoB取引先対応の対応例
この項の結論
BtoB取引では,取引先の担当者の言動もカスハラの対象になり得る一方,契約解除や取引停止には,契約上及び信義則上の制約があることが実務上のポイントです。
9-1 取引先担当者の言動と対象範囲
指針は,「顧客等」の例として,取引先の担当者や,企業間での契約締結に向けた交渉を行う際の担当者を挙げています(指針2⑷)。発注者や取引先からの過度な叱責や理不尽な要求も,社会通念上許容される範囲を超え,労働者の就業環境が害されるときは,カスハラに当たり得ます。ただし,取引先からの要求や苦情の全てがカスハラになるわけではなく,契約内容に照らして相当な要求は,正当な申入れです。
9-2 自社の側が注意すべき事項
- 事業主及びその役員は,自らも,他の事業主が雇用する労働者に対する言動に必要な注意を払うよう努める必要があります(法第34条第3項,指針3⑴)。
- 事業主は,自社の労働者が他の事業主の労働者に対して行う言動についても,必要な注意を払うよう,研修の実施その他の必要な配慮をするよう努める必要があります(法第34条第2項,指針3⑴)。
- 他の事業主から,事実関係の確認等への協力を求められた場合は,これに応ずるよう努める必要があります(法第33条第3項,指針5)。協力を求められたことを理由に,その事業主との契約を解除するなどの不利益な取扱いをすることは,望ましくないとされています。
- 取引先との関係悪化を懸念して,社内の対応を先送りしないよう,相談したことを理由とする不利益取扱いの禁止を含め,体制を整えます。
9-3 契約解除・取引停止の留意点
取引先からの言動が著しい場合でも,契約の解除や取引の停止は,取引基本契約上の解除条項や,継続的取引の解消に関する信義則上の制約(予告期間の要否等)との関係で,慎重な検討が必要です。実施前に,契約書の定め,これまでの経緯,記録の有無を確認してください。契約解除通知の文例も,2-2⑷で紹介した文例集に掲載しています。
下請取引がある場合は,製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律(中小受託取引適正化法/取適法。2026年(令和8年)1月1日施行)の規律とも関係し得るため,法務部門による横断的な確認が必要です。取適法の適用の有無は,取引の内容と,資本金又は従業員数の基準によって異なります。
10 業種別の比較表と裁判例の整理
この項の結論
業種を比べると,共通の枠組みの上に,業法等の制約が加わる業種で,判断の分かれ目が生じます。
10-1 業種別比較表
| 業種 | 典型的な場面 | 具体化の例(実務上の提案を含む) | 特に確認すべき法令・制約 |
|---|---|---|---|
| 小売業 | レジ対応,返品・交換,居座り | 一人対応を避ける仕組み,段階的対応,出入り禁止の基準 | 出入り禁止は法令の制限内で実施(指針4⑷) |
| コールセンター | わいせつ発言,暴言,長時間・繰り返しの架電 | 転送・切断ルール,録音の運用,オペレーターのケア | 録音は個人情報保護法等を遵守(指針4⑴ロ) |
| 医療・介護 | 患者・利用者及び家族からの言動 | 症状に起因する言動の見極め,応援体制,家族の窓口の一本化 | 医師法の応召義務,障害者差別解消法,各制度の運営基準(4項) |
| 飲食業 | 酔客,レビュー投稿をほのめかした要求 | 退店基準,複数名対応,要求に応じない方針の周知 | 指針2⑸の精神的な攻撃の例(5-1) |
| 宿泊業 | 過度な要求,粗野な言動を交えた要求 | 宿泊拒否の要件確認,記録の作成 | 旅館業法第5条,施行規則第5条の6,衛生等管理要領(5-2) |
| 金融機関 | 手続の可否をめぐるクレーム,長時間の居座り | トークスクリプト,警備員との連携 | 説明義務との関係,反社会的勢力の切り分け(6項) |
| 教育機関 | 保護者からの過度な要求,長時間の面談 | 管理職の同席,複数名対応 | 管理職による不当な謝罪の求め(7-3) |
| 公共サービス窓口 | 住民等からの反復的な迷惑行為 | 組織的対応,記録の整備 | 行政サービスの公共性,庁舎管理権,適用関係の確認(8項) |
| BtoB取引 | 発注者・取引先担当者の叱責,過度な要求 | 法務部門の横断確認,相談者の不利益取扱い禁止 | 契約解除の制約,取適法,協力要請への対応(9項) |
10-2 裁判例の整理
本記事で触れた裁判例を,次の表に整理します。いずれも事案に応じた判断であり,他の事案にそのまま当てはめることはできません。
| 裁判例 | 事案と判断の概要 | 実務上の示唆 |
|---|---|---|
| 東京地方裁判所2018年(平成30年)11月2日判決 まいばすけっと事件 | スーパーのレジ担当の従業員が,客から暴言等を受けたとして,客と会社に損害賠償を請求した事案。クレームに関する損害賠償請求は,客に対するもの,会社に対するものとも棄却。会社の責任について,正社員の配置等の義務は認められなかった。会社は,入社テキストの配布,電話相談窓口,緊急通報ボタン,深夜帯の複数名配置等を行っていた。 | 店舗の相談体制・複数名配置等の整備が,責任の判断で考慮され得る。個別事情にも左右される。 |
| 横浜地方裁判所川崎支部2021年(令和3年)11月30日判決 東京高等裁判所2022年(令和4年)11月22日判決 最高裁判所第一小法廷2023年(令和5年)5月10日決定 一般財団法人NHKサービスセンター事件 | コールセンターのコミュニケーターが視聴者からわいせつ発言等を受けた事案。転送・切断等のルールの周知,通話のモニタリング,メンタルヘルス相談,ストレスチェック等を総合考慮して,安全配慮義務違反を否定。法的措置は,直ちにとる義務があるとまでは認められないとした。控訴棄却,上告不受理(令和5年(受)第631号)。主な争点は定年後の継続雇用で,カスハラに関する判断は一部。 | 対処ルールの策定と運用,ケア体制の整備が評価され得る。指針の施行前の判決で,事案ごとの判断である。 |
| 東京地方裁判所2013年(平成25年)2月19日判決 医療法人社団こうかん会(日本鋼管病院)事件 | 夜勤中の看護師が,不穏な状態にある入院患者(90歳)から暴行を受けて傷害を負った事案。ナースコールが鳴った際に,看護師が暴力を受けている可能性も念頭に置いて直ちに応援に駆け付けることを周知徹底する義務を怠ったとして,安全配慮義務違反を肯定し,19,312,120円の賠償を命じた。復職後の別の出来事による適応障害については,責任を否定。 | 患者による暴力を完全に防止できなくても,応援体制の周知は求められ得る。 |
| 甲府地方裁判所2018年(平成30年)11月13日判決 甲府市・山梨県(市立小学校教諭)事件 | 犬に咬まれた教諭が児童の母に賠償保険の利用を求めたところ,父と祖父が抗議した事案。校長が,事実関係を冷静に判断せず,その場を収めるために,教諭に理由のない謝罪を強いたことなどを,パワーハラスメントとして不法行為と評価。休業中の対応,災害状況報告書の不作成,了承のない示談申立書の提出も不法行為とされ,連帯して2,959,251円の賠償を命じた(慰謝料は請求額3,000,000円に対し1,000,000円。既往歴も考慮)。校長の全ての言動を違法としたものではない。 | 管理職が顧客等の要求に安易に応じて,労働者に不当な対応を求めることのリスク。 |
| 長崎地方裁判所2021年(令和3年)1月19日判決 社会福祉法人むつみ福祉会事件 | 保育園の保育士が,保護者らによる虐待疑惑の追及(会合は約3時間)の後にうつ病を発症し,自殺した事案。面談・カウンセリング・業務削減等は十分ではなかったとして,使用者の安全配慮義務違反を肯定し,遺族3名に計35,121,997円の賠償を命じた(過失相殺3割)。 | 相談・面談の制度が,状況の把握と改善に機能していなければ,責任が認められ得る。 |
| 東京地方裁判所2024年(令和6年)7月22日判決 地位確認等請求事件 | 駐輪場の管理員が,利用客とのトラブルについて,上司の不法行為と会社の安全配慮義務違反を主張。請求を棄却。トラブルの発端が原告の言動にあった可能性が否定できないとし,管理運営マニュアルの配付と緊急連絡網の備置きのほかに,追加の措置を講じるべき事情は認められないとした。 | マニュアルと緊急連絡網の整備・運用が,判断で考慮され得る。カスハラの事実自体が認められなかった事案で,指針の施行前の判決。 |
| 大阪地方裁判所2022年(令和4年)6月23日判決 大阪高等裁判所2023年(令和5年)4月27日判決 最高裁判所第二小法廷2024年(令和6年)4月17日決定 東大阪セブン-イレブン事件 | コンビニエンスストアのフランチャイズ加盟店のオーナーの顧客対応等を理由とする,本部の契約解除。解除を有効とした第一審判決を維持。毅然とした態度をとることと,暴言や有形力の行使で二度と来店させないようにすることは同義ではないとした。上告不受理(令和5年(受)第1542号)。 | 毅然とした対応にも言動の限度がある。苦情件数の突出は,対応の問題を推認させる事情となり得る。 |
| 東京地方裁判所2022年(令和4年)3月10日判決 慰謝料請求事件 | 診療を断られた患者が,医師に損害賠償を請求。応招義務は医師が国に対して負う公法上の義務で,患者に対する直接の診療義務ではないとし,緊急性,他の医療機関での診療の可能性,拒否理由の正当性等を総合考慮して,請求を棄却。 | 診療拒否の判断要素の整理に参考になる。カスハラの典型事案ではない。 |
| 岐阜地方裁判所2021年(令和3年)7月21日判決 通知(処分)撤回及び損害賠償等請求事件 | 公立図書館の全面的かつ無期限の利用禁止処分を,条例の根拠がないとして取り消し,慰謝料5,000円の支払を命じた。利用者の言動に対する職員の対応は,違法とはいえないとした。 | 公の施設では,サービス全般の無期限停止は条例等の根拠を要する。限定的な措置とは区別する。 |
| 東京高等裁判所1976年(昭和51年)2月24日判決 公務執行妨害,傷害被告事件 | 庁舎管理権に基づき,執務に支障を生じさせた外来者に退去を求め,庁舎外に押し出す程度の排除をすることを認めた。他方,対象の告知が不明確なまま近くにいた別の外来者を排除した行為は,適法な職務の執行と認めなかった。 | 退去の求めは,対象者を特定し,明確に告知する。昭和期の刑事事件であり,射程に注意。 |
| 東京高等裁判所1977年(昭和52年)11月30日判決 公務執行妨害,傷害事件 | 退去の警告に従わず庁舎の入口をふさいだ集団を,庁舎外に運び出す程度の実力で排除することは,庁舎管理権の行使として許されるとした。 | 庁舎管理権の行使は,必要な範囲にとどめる。昭和期の刑事事件であり,射程に注意。 |
11 業種を問わない対応の流れとNG対応
この項の結論
対応の流れは,現場での一人対応の回避,事実関係の確認と記録,該当性の判断,対応方針の決定,被害者への配慮と再発防止の順で整理できます。
11-1 対応の流れ(STEP)
- STEP1 現場の一人対応を避け,管理監督者に報告する担当者は,現場の労働者と管理監督者です。判断事項は,安全の確保と,対応者の交代の要否です。発生日時,場所,相手方,言動の内容を記録します。次のアクションとして,管理監督者が代わって対応し,被害者と行為者を引き離します(指針4⑶ロ)。
- STEP2 事実関係を確認し,記録を保存する担当者は,管理監督者と相談窓口の担当者です。判断事項は,当事者や周囲の労働者からの聴取と,録音・録画等の客観的な証拠の確認の要否です。聴取内容,録音・録画,対応の経過を,個人情報の取扱いに留意して保存します。次のアクションは,該当性の判断です(指針4⑶イ)。
- STEP3 カスハラに当たるかを複数名で判断する担当者は,責任者と関係部門です。判断事項は,要求の内容の相当性,手段・態様,頻度・継続性,自社側の不適切な対応の有無です(1-3参照)。正当な申入れであれば誠実に対応し,カスハラに当たる場合は,STEP4に進みます。
- STEP4 対応方針を決め,抑止のための措置を実施する担当者は,責任者,法務部門,必要に応じて弁護士です。判断事項は,注意・警告,対応の打切り,警察への通報,法令の制限内でのサービス提供の停止,出入り禁止,仮処分の申立て等です(指針4⑷)。業法等の制約がある業種では,適用される制約を先に確認し,実施の記録を残します。
- STEP5 被害者への配慮と再発防止を行う担当者は,管理監督者と産業保健スタッフです。判断事項は,担当者の変更,配置の見直し,メンタルヘルスの相談対応,方針の再周知,商品・サービス・接客等の問題の改善です(指針4⑶ロ・ハ)。カスハラの事実が確認できなかった場合も,同様に再発防止の措置を講じます。
11-2 よくあるNG対応
- その場しのぎの謝罪や値引きで収める何が問題かというと,自社に不備がない場面でも,要求に応じて収めようとする対応です。リスクとして,同様の要求を断りにくくなるおそれがあり,教育機関の裁判例のように,被害者である労働者に不当な対応を求めたと評価されるおそれもあります。改善策は,非が認められる範囲に限定して謝罪し,対応の限度をあらかじめ定めておくことです。
- 業法等の確認なしにサービス提供を拒否する何が問題かというと,医療,宿泊,公共サービス等で,要件を確認しないまま提供を拒否する対応です。リスクとして,業法上の義務への違反や,障害者差別解消法上の問題が生じるおそれがあります。改善策は,適用される業法等の要件を確認し,客観的な事実に基づいて判断し,理由を説明できるようにすることです。
- 記録を残さず,個人の記憶に頼る何が問題かというと,発生日時,言動,対応の経過が記録されていない状態です。リスクとして,事実関係の確認が困難になり,被害者への配慮や警告,後日の紛争対応にも支障が出るおそれがあります。改善策は,記録の様式を定め,個人情報の取扱いに留意して,関係部門で共有することです。
12 自己点検チェックリスト
この項の結論
チェックリストで未整備の項目があれば,その項目から,業種に合わせた具体化を進めます。
- 自社の業種における典型的なカスハラの場面を洗い出しているか
- 指針が求める4つの措置と,併せて講ずべき措置の整備状況を確認しているか
- カスハラに当たるかどうかの判断基準と,判断者(複数名)を定めているか
- 現場の労働者が一人で対応しないための仕組み(報告ルート,応援体制)があるか
- 録音・録画や対応記録の方法を,個人情報の取扱いに関する規程と合わせて整理しているか
- 特に悪質な事案への対処方針(警察への通報,警告,出入り禁止等)と実施体制を定めているか
- 業法等によるサービス提供の義務や制約(応召義務,旅館業法,説明義務等)を確認しているか
- 障害者差別解消法や消費者の権利に配慮した対応になっているか
- 反社会的勢力が疑われる事案の切り分けの基準と,連携先があるか
- 取引先担当者の言動への対応方針と,自社の従業員が取引先に行う言動への注意喚起を定めているか
- 該当する業種別の資料(厚生労働省,農林水産省,文部科学省,総務省等)を確認し,自社のマニュアルに反映しているか
13 よくある質問(FAQ)
この項の結論
業種別の対応で問い合わせの多い点を,結論から整理します。
14 弁護士へ相談すべき場面・相談のタイミング
この項の結論
サービス提供の停止,契約解除,出入り禁止など,相手方との関係を断つ措置を検討する場面では,実施前の確認が有用です。
本記事は,業種別の当てはめの考え方を整理したものです。個別の事案への適用は,自社の契約関係や業界の規制によって結論が異なります。次のような場面では,実施前に弁護士へご相談いただくと,判断の見落としを減らすことができます。
- サービス提供の停止,契約解除,出入り禁止など,相手方との関係を断つ措置を検討する場面(業法等の制約,契約上の制約,記録の整備を確認します)
- 暴行・脅迫などが疑われ,警察への通報や刑事手続を検討する場面
- 反社会的勢力が疑われる事案で,通常のカスハラ対応とは別の対応が必要な場面
- BtoB取引先との契約解除・取引停止を検討する場面
- 業法等の制約がある業種で,マニュアルや就業規則に抑止のための措置を定める場面
- 仮処分の申立てなど,法的手続を検討する場面
弁護士に依頼できる業務には,カスハラに当たるかどうかの法的評価,対処方針や規程の整備,事実関係の調査と証拠の保全,相手方への警告書の作成と対応,警察・行政への対応,訴訟・仮処分等の手続があります。個別の事案の判断を確認するスポット相談のほか,顧問契約や継続的な支援により,規程の整備や研修を含めて体制を整える方法もあります。当事務所のサービスは,人事労務対応コンサルティング及び労務体制を整備し,企業を強くするためのサポートプランでご案内しています。
15 まとめ
業種によってカスハラの態様や取り得る対応は異なりますが,指針が求める措置は,2026年(令和8年)10月1日から全ての事業主の法的義務です。自社の業種に合う業種別マニュアルがない場合も,記録化,複数名対応,エスカレーションという共通の具体化の軸を,自社の業務フローに当てはめることが出発点になります。
次の一歩として,まず自社の業種で想定される場面を洗い出し,12項のチェックリストで,未整備の項目を確認してください。医療,宿泊,金融,公共サービス,BtoB取引など,業法等の制約がある場面では,一般論だけで判断せず,個別の事案ごとに確認することが重要です。ハラスメント全般への対応は,ハラスメント対応の取扱分野のページもご覧ください。
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出入り禁止や取引停止の前後に使う,警告書や契約解除通知などの文例を確認できます。 - カスハラ防止措置の義務化とは|2026年10月施行・対象事業者と4つの措置
法の対象事業者と,指針が求める措置の全体像を整理できます。 - 人事労務対応コンサルティング
個別の事案や体制整備について,弁護士に相談する場合の内容を確認できます。 - 労務体制を整備し,企業を強くするためのサポートプラン
継続的に労務体制を整える場合の支援内容を確認できます。
相談前に準備する資料
個別の事案をご相談いただく場合は,次の資料を整理しておくと,状況の確認を円滑に進めることができます。
- 発生した日時,場所,相手方(顧客・取引先・利用者・保護者等)の区別と,言動の内容を時系列でまとめたメモ
- 録音・録画,メール,SNSの投稿,写真など,言動を示す記録
- 対応した労働者や管理職の報告書,相談窓口への相談記録
- 自社のカスハラ対応方針,対応マニュアル,就業規則その他の関係規程
- 取引基本契約書,利用規約,宿泊約款,診療に関する規程など,相手方との関係を定めた書類
- すでに行った対応(警告,出入り禁止の通知,警察への相談等)の内容と日付