「ハラスメントが起こっている可能性がある」
「ハラスメントに対する対応方法を知らない」
「ハラスメントの起こらない職場にしたい」
1 パワハラとは
パワハラとはパワーハラスメントの略です。
職場のパワーハラスメントとは,職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって, ②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより,③労働者の就業環境 が害されるものであり,①~③の要素をすべて満たすものをいいます(客観的にみて,業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導が該当しません。)。
職場のいじめ・嫌がらせに関する都道府県労働局への相談は8万件超(2018年度)で 6年連続で全ての相談の中でトップであり,ハラスメントのない社会の実現に向けて,職場のハラスメント対策の強化は喫緊の課題です。
このような状況のもと,労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(労働施策総合推進法)が改正されました。
この法改正を受け,2020年1月15日,厚生労働省から「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)が告示されました。
改正労働施策総合推進法は,2020年6月1日から施行され,事業主は,雇用管理上必要な措置を講じる義務を負うこととなり,職場におけるハラスメント防止対策が強化されています。中小事業主が義務を負うのは2022年4月1日からですが,努力義務は負っており,早急な対応が求められています。
業種 | ➀資本金の額又は出資の総額 | ②常時使用する従業員の数 |
小売業 | 50百万円以下 | 50名以下 |
サービス業 (サービス業,医療・福祉等) |
50百万円以下 | 100名以下 |
卸売業 | 100百万円以下 | 100名以下 |
その他の業種 |
30百万円以下 | 300名以下 |
*中小事業主とは、上記の①資本金の額又は出資の総額と②常時使用する従業員の数のいずれかを満たすものを言います。
2 パワハラの類型について
具体的なハラスメントの例は,厚生労働省の指針(「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)に6つの類型として例示されています。
Ⅰ 身体的な攻撃(暴行・傷害)
例えば,①殴打,足蹴りを行う,②相手に物を投げつける等が挙げられます。
Ⅱ 精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)
例えば,①人格を否定するような言動を行う(相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を含む。),②業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行う,③他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行う,④相手の能力を否定し,罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛てに送信する等が挙げられます。
Ⅲ 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
例えば,①自身の意に沿わない労働者に対して,仕事を外し,長期間にわたり,別室に隔離したり,自宅研修させたりする,②一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし,職場で孤立させる等が挙げられます。
Ⅳ 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)
例えば,① 長期間にわたる,肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずる,②新卒採用者に対し,必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し,達成できなかったことに対し厳しく叱責する,③労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせる等が挙げられます。
Ⅴ 過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
例えば,①管理職である労働者を退職させるため,誰でも遂行可能な業務を行わせる,②気にいらない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えない等がが上げられます。
Ⅵ 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
①労働者を職場外でも継続的に監視したり,私物の写真撮影をしたりする,②労働者の性的指向・性自認や病歴,不妊治療等の機微な個人情報について,当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露する等が挙げられます。
3 事業主が雇用管理上講ずべき措置等
職場におけるパワーハラスメントやセクシュアルハラスメント及び妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントを防止するために,事業主が雇用管理上講ずべき措置として,主に,①事業主の方針の明確化及びその周知・啓発,②相談(苦情を含む)に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備,③職場におけるハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応,④併せて講ずべき措置 (プライバシー保護,不利益取扱いの禁止等)が厚生労働大臣の指針に定められています。
事業主は,これらの措置について必ず講じなければなりません。派遣労働者に対しては,派遣元のみならず,派遣先事業主も措置を講じなければなりません。
なお,中小事業主は,2022年4月1日からこうした措置を講じる義務を負いますが,それまでも努力義務は負っています。
Ⅰ 事業主の方針の明確化及びその周知・啓発
事業主は,職場におけるパワーハラスメントに関する方針の明確化,労働者 に対するその方針の周知・啓発として,次の措置を講じなければなりません。
⑴ 職場におけるパワーハラスメントの内容及び職場におけるパワーハラスメントを行ってはならない旨の方針を明確化し,管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること。
⑵ 職場におけるパワーハラスメントに係る言動を行った者については,厳正に対処する旨の方針及び対処の内容を就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書に規定し,管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること。
Ⅱ 相談(苦情を含む)に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備
事業主は,労働者からの相談に対し,その内容や状況に応じ適切かつ柔軟に 対応するために必要な体制の整備として,次の措置を講じなければなりません。
⑴ 相談への対応のための窓口(以下「相談窓口」という。)をあらかじめ定め,労働者に周知すること。
⑵ ⑴の相談窓口の担当者が,相談に対し,その内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること。また,相談窓口においては,被害を受けた労働者が萎縮するなどして相談を躊躇する例もあること等も踏まえ,相談者の心身の状況や当該言動が行われた際の受け止めなどその認識にも配慮しながら,職場におけるパワーハラスメントが現実に生じている場合だけでなく,その発生のおそれがある場合や,職場におけるパワーハラスメントに該当するか否か微妙な場合であっても,広く相談に対応し,適切な対応を行うようにすること。例えば,放置すれば就業環境を害するおそれがある場合や,労働者同士のコミュニケーションの希薄化などの職場環境の問題が原因や背景となってパワーハラスメントが生じるおそれがある場合等が考えられます。
Ⅲ 職場におけるハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応
事業主は,労働者からの相談に対し,その内容や状況に応じ適切かつ柔軟に 対応するために必要な体制の整備として,次の措置を講じなければなりません。
⑴ 事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すること
⑵ ⑴により,職場におけるパワーハラスメントが生じた事実が確認できた場合においては,速やかに被害を受けた労働者(以下「被害者」という。)に対する配慮のための措置を適正に行うこと。
⑶ ⑴により,職場におけるパワーハラスメントが生じた事実が確認できた 場合においては,行為者に対する措置を適正に行うこと。
⑷ 改めて職場におけるパワーハラスメントに関する方針を周知・啓発する 等の再発防止に向けた措置を講ずること。
なお,職場におけるパワーハラスメントが生じた事実が確認できなかった場合においても,同様の措置を講ずること。
Ⅳ Ⅰ~Ⅲと併せて講ずべき措置
Ⅰ~Ⅲの措置を講ずるに際しては,併せて次の措置を講じなければ なりません。
⑴ 職場におけるパワーハラスメントに係る相談者・行為者等の情報は当該 相談者・行為者等のプライバシーに属するものであることから,相談への対応又は当該パワーハラスメントに係る事後の対応に当たっては,相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講ずるとともに,その旨を労働者に対して周知すること。
なお,相談者・行為者等のプライバシーには,性的指向・性自認や病歴,不妊治療等の機微な個人情報も含まれるものであること。
⑵ 法第 30 条の2第2項,第 30 条の5第2項及び第 30 条の6第2項の規定を踏まえ,労働者が職場におけるパワーハラスメントに関し相談をしたこと若しくは事実関係の確認等の事業主の雇用管理上講ずべき措置に協力したこと,都道府県労働局に対して相談,紛争解決の援助の求め若しくは調停の申請を行ったこと又は調停の出頭の求めに応じたこと(以下「パワーハラスメントの相談等」という。)を理由として,解雇その他不利益な取扱いをされない旨を定め,労働者に周知・啓発すること。
4 関係者への対応
事業主が雇用管理上講ずべき措置等の中に挙げられていますが,職場におけるパワハラが生じた事実が確認できた場合は,速やかに被害者に対する配慮のための措置や行為者に対する措置を適正に行わなければなりません。
セクシュアルハラスメントの事案ですが,被害者について,会社には,雇用契約に付随して,被害者の意に反して退職することがないように職場の環境を整える義務があると認定している裁判例もあります(京都地判平成9年4月17日労判716号49頁)。この裁判例では,会社は,被害者が退職以外に選択の余地のない状況に追い込まれることがないように措置を取るべき義務を負っていたとされていますので,被害者に対する措置については,被害者のプライバシー保護,加害者の異動等について十分は配慮がなされなければなりません。
一方,加害者に対する懲戒処分ですが,過剰な処分を科せば,加害者から訴訟を起こされるおそれがありますし,事案に比して軽微な処分で終わらせると再発防止策として機能しなくなってしまいますので,同種事案があれば,それと同等の事案に応じた適正妥当な処分が科されるべきです。
懲戒処分については,労働契約法15条により,「使用者が労働者を懲戒することができる場合において,当該懲戒が,当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして,当該懲戒は,無効とする。」とされています。
懲戒処分が有効とされるためには,①懲戒処分の根拠規定があること,②労働者の言動が根拠規定の懲戒事由に該当すること,③処分が社会通念上相当でありこと,④手続も相当であること(適正手続)が必要とされます。
根拠規定(①)については,「使用者が労働者を懲戒することができる場合」でなければならないので,使用者に懲戒権が認められていなければならず,懲戒事由とそれに対応する懲戒の種類及び程度が就業規則で明記されていなければなりません。
また,労働者の言動が根拠規定である就業規則の懲戒事由に該当し(②),「客観的に合理的な理由」がなければなりません。
処分が社会通念上相当であるかどうかの判断については(③),例えば,同種の懲戒事案については,同種で同程度の処分が科されるべきです。
そして,手続の相当性(④)については,例えば,就業規則上,懲戒委員会や懲罰委員会による検討が必要とされていれば,こうした手続きを欠く懲戒処分は無効となりますし,少なくとも,本人の弁解の機会は欠かせません。
5 弁護士に依頼する上での注意点
パワハラの調査において,弁護士に関係者からの事情聴取等の調査を依頼する会社は珍しくありません。
しかし,このときに気を付けなければいけないことは,弁護士が何を依頼するか,ということです。
同じ会社の調査であっても,会社の代理人として調査を依頼するのか,公正中立な第三者としての調査を依頼するのか,それによって,同じ弁護士に被害者や加害者との交渉を依頼できるかどうか,自ずと差異が生じます。
具体的には,公正中立な第三者を標榜して調査している弁護士には,最初から最後まで,調査に徹してもらうべきであり,弁護士倫理上,第三者である弁護士から,途中から会社の代理人に就任することはできません。こうした前提事項さええわからず,公正中立な第三者を標榜していながら,途中から会社の代理人に就任してしまって被害者や加害者と交渉してしまう弁護士もいますが,かえって,被害者会社が不利な立場に置かれてしまうことになりかねませんので,十分に気を付けてください。
ところで,再発防止策としては,研修も有効です。何がハラスメントにあたるのか,何に気をつける必要があるのか,伝える研修をします。こうした研修では,座学だけでなく,事例を題材にしたり,少人数での討議を行ったり,工夫してみるとよいでしょう。
弊所では,裁判例等を題材にし,法的な観点を踏まえた研修を提供させていただいています。