カスタマーハラスメント防止措置の義務化|2026年10月施行・企業の実務対応ガイド

カスタマーハラスメント防止措置の義務化|2026年10月施行・企業の実務対応ガイド

カスタマーハラスメント防止措置の義務化|2026年10月施行・企業の実務対応ガイド

〜改正労働施策総合推進法の条文解説から就業規則整備・裁判例・弁護士活用法まで〜

1.はじめに~カスタマーハラスメントを取り巻く社会的背景

顧客・利用者から従業員に向けられる過剰・不当な要求、暴言、威嚇行為、いわゆる「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が深刻な社会問題となっています。厚生労働省が2020年に公表した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」は、サービス業を中心に多くの労働者が精神的負担を抱え、メンタル不調や離職の一因となっている実態を示しています。

これまで企業の対応は任意の自主的取り組みに委ねられてきましたが、被害の深刻化と都条例制定の動きを受け、立法措置が急進展しました。令和7年(2025年)6月11日に公布された改正労働施策総合推進法(令和7年法律第63号)により、2026年(令和8年)10月1日から、すべての事業主にカスハラ防止のための雇用管理上の措置が義務付けられます。

本稿では、改正法の内容、事業主が講ずべき措置の具体的内容、義務違反時の法的リスク、裁判例の動向、実務対応ステップを法的観点から整理します。

2.改正法の概要と施行スケジュール(令和7年法律第63号)

2-1.立法経緯

  • 2020年:労働施策総合推進法(パワハラ防止法)施行。ただし「社外」からのハラスメントはカバーされなかった。
  • 2020年:厚生労働省が「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表し自主的対応を促したが、中小企業の対応は進まなかった。
  • 2022年:東京都が全国初のカスハラ防止条例を制定(施行は2023年)。
  • 2025年6月11日:改正労働施策総合推進法(令和7年法律第63号)公布。
  • 2026年10月1日:カスハラ防止措置義務化の施行日。

2-2.カスタマーハラスメントの定義

改正法及び厚生労働省指針によれば、カスタマーハラスメントとは以下の3要件をすべて満たすものをいいます。

  1. 顧客・取引先・施設利用者その他の利害関係者(顧客等)が行う言動であること。
  2. 当該労働者が従事する業務の性質等に照らし、社会通念上許容される範囲を超えたものであること。
  3. 労働者の就業環境が害されること(身体的・精神的苦痛を与えられ、就業上看過できない程度の支障が生じること)。
正当なクレームとカスハラの線引きは「社会通念上許容される範囲を超えるか否か」が基準です。要求内容の不当性と要求態様の不相当性の2軸で評価します。

3.改正された主な規定―第33条・第34条の新設

3-1.第33条(事業主のカスハラ防止措置義務)

労働施策総合推進法第33条は、事業主に以下の義務を課しています。

条文対象主な内容改正ポイント具体例
第1項事業主カスハラ防止のための雇用管理上の措置義務(方針明確化・相談体制整備・事後対応・抑止措置)。カスハラ対策を法的義務として明確化。相談窓口の設置、対応フローの整備、抑止措置の策定。
第2項事業主労働者が相談・協力したことを理由とする不利益取扱いの禁止(降格・減給・解雇等)。相談しやすい職場環境の確保。相談を理由とする降格・減給・解雇の禁止。
第3項事業主他事業主からの協力要請に応じる努力義務。企業間連携による対応強化。元請・委託先との連携対応。
第4項厚生労働大臣による指針の策定。具体的な実務対応基準を国が明示。

3-2.第34条(国・事業主・労働者・顧客等の責務)

条文対象主な内容改正ポイント具体例
第1項カスハラ問題への理解促進のため、広報・啓発等の施策を実施。社会全体への意識啓発を国の責務として明確化。
第2項事業主労働者への研修等により関心・理解を深め、適切な言動への配慮(義務)。社内教育・予防対応の強化。接客担当者向けカスハラ対応研修の実施。
第3項事業主カスハラ問題への関心・理解向上に努める(努力義務)。自主的取り組みの促進。社内掲示板・社内報でカスハラ事例と対応方針を共有。
第4項労働者事業主の講ずる措置に協力する努力義務。現場レベルでの協力体制確保。マニュアルに従い上司へ報告し、単独対応を避ける。
第5項顧客等就業環境を害さないよう言動に配慮する努力義務。利用者側にも責任意識を付与(立法上の新展開)。クレーム時も暴言・威圧的態度を控える。

4.事業主が講ずべき義務的措置の具体的内容

4-1.方針の明確化と周知・啓発

就業規則や社内規程において、「カスハラには毅然と対応し、労働者を保護する」旨を明記することが義務付けられています。

  • 就業規則の服務規律条項にカスハラ対処方針を追加する。
  • 社内掲示・イントラネット・全体会議等を通じて全労働者に周知する。
  • カスハラの定義・具体例・対処方針を示した規程を作成・配布する。

4-2.相談体制の整備

あらかじめ相談窓口を定め、労働者に周知することが義務です。

  • 第一次窓口:直属上司又は人事担当者。
  • 第二次窓口:法務・コンプライアンス部門。
  • 第三次対応:外部弁護士・産業医・外部カウンセラー等の専門家。
  • 匿名相談制度や外部委託窓口を設けることで、被害者が声を上げやすい環境を確保する。

4-3.事後の迅速かつ適切な対応

  1. カスハラ発生後、速やかに事実関係を確認する。
  2. 被害者に対してメンタルヘルスケア・配置転換・休養付与等の保護措置を講ずる。
  3. 再発防止措置(マニュアル改訂・研修実施等)を実施する。
  4. 相談・協力を理由とした不利益取扱いを一切行わない旨を周知する。

4-4.抑止のための措置(カスハラ特有の新規義務)

今回の改正で特筆すべきは「抑止のための措置」が明文化された点です。悪質な顧客等に対し、あらかじめ対処方針を定めて周知し、実施できる体制を整備することが求められます。

  • 警察への通報・告訴。
  • 行為者への書面による警告(内容証明郵便等)。
  • サービス提供の停止・契約解除。
  • 店舗等への出入り禁止。
  • 必要に応じた仮処分の申立て。
【重要】これらの対処方針は「発生後に決める」のでは遅すぎます。就業規則・顧客対応マニュアルに事前明記し、全従業員に周知することが義務の中核です。周知なき対処方針は、行政指導の対象となりえます。

4-5.派遣労働者・フリーランスへの適用

派遣先事業主も、指揮命令下にある派遣労働者に対してカスハラ防止措置を講じる義務を負います(派遣元と並行して義務あり)。フリーランス(特定受託事業者)については、フリーランス新法の施行により、ハラスメントに関する相談体制整備等の措置が義務化されています。特別な社会的接触関係にある発注主とフリーランサーとの間には安全配慮義務が認められる場合があり(東京地方裁判所2022年(令和4年)5月25日判決・フリーランスハラスメント事件)、この点も念頭に置いた体制整備が必要です。

5.義務違反・不適切対応による法的リスク

5-1.行政上のリスク

措置義務に違反した場合、又は相談を理由とする不利益取扱いを行った場合、厚生労働大臣(都道府県労働局)による行政上の助言・指導・勧告の対象となります。勧告に従わない場合は企業名が公表されます。直接の罰則規定は設けられていませんが、企業名公表は採用・取引・ブランドへの実損をもたらします。

5-2.安全配慮義務違反による民事責任

使用者は、労働契約に伴い、労働者が安全に労働できるよう必要な配慮をする義務を負います(労働契約法第5条)。この安全配慮義務には心身の健康・人格権の保護も含まれ、顧客等によるカスハラの防止対策もその内容に含まれます。

カスハラを放置し、又は被害申告後に適切な事後対応を怠った結果、労働者が精神障害を発症した場合、企業は以下の根拠により損害賠償責任を負います。

  • 債務不履行(民法第415条):安全配慮義務違反による損害賠償。
  • 不法行為(民法第709条・第715条):使用者責任。

5-3.労災認定のリスク

カスハラが原因で精神障害を発症した場合、精神障害の労災認定基準(①対象疾病の発病、②発病前おおむね6か月間の業務による強い心理的負荷、③業務外要因の否定)を満たせば、業務上疾病として労災認定されます。認定を受けた場合、企業は保険給付に加えて損害賠償請求を受けるリスクが生じます。

5-4.その他の経営リスク

  • SNSでの炎上・「社員を守らない会社」としての評判拡散による採用競争力の低下。
  • 優秀な人材の離職・残留社員の士気低下。
  • 上場企業においては、ESG・人的資本開示の観点からカスハラ対策の有無が機関投資家の評価に直結する。

6.カスハラ対応に関する裁判例の整理

6-1.対策が適切と評価され、安全配慮義務違反が否定された事例

東京地方裁判所2018年(平成30年)11月2日判決(小売店カスハラ対応事件)
ポイントカードの付与を巡るカスハラ事案。会社が①苦情対応テキストの配布、②サポートデスク・エリアマネージャーへの連絡体制の整備、③レジカウンターへの緊急通報ボタンの設置と周知、④深夜2名体制の確保を実施していたことから、相談・通報体制が十分整えられていたとして安全配慮義務違反が否定されました。事前の体制整備と周知の双方が免責の決め手となった事例です。
横浜地方裁判所2021年(令和3年)11月30日判決・東京高等裁判所2022年(令和4年)11月22日判決(NHKサービスセンター事件)
コールセンター業務において顧客からわいせつ発言・暴言を受けた事案。会社が①わいせつ電話と判断した際の即時転送・保留ルールの策定と周知、②専門カウンセラーによるメンタルヘルス相談の実施、③ストレスチェックに基づく産業医面接の提供などを行っていたことを総合考慮し、安全配慮義務を怠ったとは認められないと判断されました。対策の「実効性」と「周知徹底」が免責の鍵となっています。

6-2.不適切対応により企業の賠償責任が認められた事例

甲府地方裁判所2018年(平成30年)11月13日判決(甲府市・山梨県市立学校教諭事件)
保護者から理不尽な言動を受けた教諭に対し、校長が問題を穏便に収めるため安易に教諭へ謝罪を求めた事案。この「その場しのぎ」の対応が不法行為と判断され、自治体の損害賠償責任が認められました。上司・管理職が被害者側に謝罪を強要することの違法性を示す重要な先例です。

カスハラの直接事例ではありませんが、以下のパワハラ・セクハラ事例の枠組みがカスハラ対応にも類推適用されます。

  • 大阪地方裁判所2020年(令和2年)2月21日判決(被害申告放置事件):職場環境整備義務違反が認定されました。
  • 名古屋高等裁判所2017年(平成29年)11月30日判決(ハラスメント制止義務事件):安全配慮義務違反が認定されました。

6-3.精神障害の労災認定に至ったカスハラ関連裁判例

広島地方裁判所2011年(平成23年)11月9日判決(発注者叱責・土下座強要事件)
工事のミスを巡り、発注者から「お前はクビだ」等の叱責を受け土下座謝罪を余儀なくされた事案。他の要因と合わせ労災認定されました。社外の発注者(顧客等)からの言動も心理的負荷として評価される基準を示した事例です。
札幌地方裁判所2015年(平成27年)5月15日判決(重要顧客クレーム対応事件)
重要顧客からのクレーム対応や後任人選の困難さを「強」ないしこれに近い心理的負荷と認定し、労災と認められました。顧客対応の長期化・困難性が労災評価の対象となることを示します。
札幌地方裁判所2020年(令和2年)10月14日判決(患者暴言事件)
看護師が患者から「あっち行け」「気持ち悪い」等の暴言を受け、担当を外されるなどの影響が生じた事案。心理的負荷を「中」と認定し、他の出来事と合わせて労災認定されました。医療・福祉分野でのカスハラリスクを示す事例です。

6-4.フリーランス関連

東京地方裁判所2022年(令和4年)5月25日判決(フリーランスハラスメント事件)
業務委託関係のフリーランスに対し、発注者の代表者が「結果が出なければ契約を終了させる」等の言動を行った事案。裁判所は「優越的な関係」を認め、不法行為の成立を認めました。カスハラ規制の射程が雇用関係外にも及ぶことを示す重要事例です。

7.企業に求められる実務対応ステップ

7-1.就業規則・社内規程の改訂(2026年(令和8年)10月1日までに必須)

  1. 就業規則の服務規律にカスハラ対処方針を明記する(カスハラの定義・禁止行為・対処方法・不利益取扱い禁止の旨)。
  2. 相談窓口の名称・連絡先・手続きを就業規則又は別途規程に明記する。
  3. 悪質事案への対処方針(警察通報・契約解除・警告文発出等)を顧客対応マニュアルに追加する。
  4. 改訂した就業規則は労働者代表の意見聴取・労働基準監督署への届出を経て全社員に周知する(労働基準法第89条・第90条)。

7-2.相談・エスカレーション体制の構築

  1. 相談窓口の設置・担当者の指定と周知。
  2. 窓口担当者向けのマニュアル(初期対応・記録・エスカレーション判断基準)の整備。
  3. 複数名での対応体制の確立(単独対応をなくすことで担当者の負担・リスクを軽減)。
  4. 外部弁護士・産業医との連携体制の事前確認。

7-3.従業員研修の実施

制度を整備するだけでは不十分であり、現場での実効性確保が不可欠です。管理職と現場スタッフで内容を分けた研修を実施します。

  • 管理職向け:エスカレーション判断・被害者保護措置の決定・法的責任の理解。
  • 現場スタッフ向け:カスハラの典型例と正当クレームとの線引き・報告手順・証拠保全方法・単独対応を避ける行動基準。

7-4.記録・証拠保全の仕組み化

  1. 通話録音・防犯カメラ映像の保存期間を延長する。
  2. 被害報告書のフォーマットを標準化し、発生日時・場所・内容・目撃者等を詳細に記録する。
  3. 相談窓口への相談内容・対応経緯を書面化し保存する。
NHKサービスセンター事件が示すように、「事前の体制整備」と「周知徹底」の双方が整っていることが安全配慮義務違反の否定につながります。体制があっても周知がなければ免責されません。

8.弁護士に依頼するメリット

8-1.法的適合性の確保

就業規則・マニュアルの文言は、指針の要求事項・関連裁判例に適合していなければ行政指導の対象となり、訴訟では証拠として機能しません。当事務所では文言レベルで精査し、法的に有効な規程を設計します。

8-2.悪質事案への具体的対処

悪質な顧客への警告文書(内容証明郵便)の作成・送付、契約解除通知、警察対応への助言、仮処分申立てなど、実際の対処行為を法的根拠をもって実行できます。法的措置の存在を示すこと自体が抑止効果を発揮します。

8-3.労災・訴訟リスクの先行管理

カスハラによる精神障害が生じた場合、労災申請・損害賠償請求の両面での対応が必要となります。証拠保全・事実調査・示談交渉・訴訟対応を一括して管理することが可能です。

8-4.経営層・取締役会への説明責任

上場企業においては、カスハラ対策の有無がESG・人的資本開示の観点から取締役会・監査役会・機関投資家から問われます。外部専門家の関与は「コンプライアンス体制の証明」としても機能し、ステークホルダーへの説明責任を果たす基盤となります。

8-5.中堅中小企業への実務支援

日本橋法律特許事務所では、以下の支援を提供しています。

  1. 就業規則・カスハラ対応マニュアルの改訂支援。
  2. 相談窓口フローの設計と担当者向けマニュアルの作成。
  3. 管理職・従業員向け研修(出張研修・オンライン対応可)の実施。
  4. 実際のカスハラ事案への即時対応・警告文書の作成・警察・裁判所への対応支援。
  5. 労災申請・損害賠償請求訴訟・労働審判への対応。

9.おわりに

2026年(令和8年)10月1日のカスハラ防止措置義務化は、企業規模を問わず等しく適用されます。「罰則がないから後回し」という判断は、行政指導・安全配慮義務違反・労災・ブランド毀損という多層的なリスクを看過することを意味します。

NHKサービスセンター事件が示すように、免責を得るためには「体制の整備」と「周知徹底」の双方が不可欠です。一方、甲府市事件が示すように、管理職が被害者に謝罪を強要するだけでも不法行為が成立します。就業規則の改訂、相談体制の構築、研修の実施、悪質顧客への対処方針の整備を、2026年10月1日までに完了させてください。

日本橋法律特許事務所では、カスハラ防止措置の整備から実際の事案対応・訴訟対応まで一貫してサポートします。経営者・法務・人事・総務担当者の方々からのご相談を随時承っております。

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